第48話 エピローグ:2年後



 あれから2年の月日が流れた。

 殿下……いや、リュドリュークの言った通り私に貰い手はいなかった。


『婚約破棄された女』という肩書は例え背景がどうであれ私の想像以上に体面が良くないらしい。


 だけれど、だから何だというのだ。

 普通の貴族令嬢と違い、私には打ち込むものがある。軍師としての仕事、公爵家としての仕事。結婚をしていなくとも行き遅れのレッテルを貼られようとも、私は何も気にしない。家族だって気にしていない。


 それで十分だった。

 2年前を思い起こすと、婚約破棄の行動は随分と感情的で自分でも幼かったと反省しているけれど。


 2年という歳月は多くの人を変えていった。


 カイル様は以前のように熱心に仕事に打ち込むようになった。カイル様に憧れて魔導所に入る魔導師が増え、以前よりは人手不足問題が解消されている。

 加えて、ミリアさんのように中々治療にかかれないような人々を救うためにボランティア団体を立ち上げ、様々な活動を行なっている。

 その評判は国を超えて他国にまで届いているようで、同盟国のセラ・アルバなどにも活動の幅を広げている。


 ベネダ家は罪を償った後、グライフ・ベネダがまた先頭に立ち一から商売を始めた。

 元々の品質の良さ、独自に開拓していた貿易ルートを再び駆使し元の評判を取り戻せるように画策しているようだ。

 今回の件で、市井の人たちから最も反感を買っていたのは直接的に影響を与えていたベネダ家であった。

 2年経った今でも苦言は途絶えない。

 だが、本当に少しずつだが彼らを評価する声も上がっている。

 元に戻るのは随分と先のことだろう。グライフさんの生きているうちには成し遂げられないかもしれない。それでも彼は……彼らは決して諦めないだろう。


 オルドロフ様を刺してしまった少年は、未成年ということで減刑され1年の禁固刑とその後5年間騎士団の監視下に置かれることとなった。彼の母親は回復したが、オルドロフ様を刺し殺したという事実に絶望した。自身の行いに喜ぶと思っていた少年は、そこで自分のしたことの大変さを理解したという。少年は釈放されたのち母親とベネダ家に謝罪に行った。ベネダ家は彼を許したのか、それとも許さなかったのか。私にはわからない。だけれど、騎士団の監視下に置かれているという制限のもとではあるが、ベネダ商会で仕事をしているらしい。


 私は今でもオルドロフ様の最期の光景を昨日のように思い出す。あの生々しい感触を忘れられない。真っ赤な血の色も。

 思い出しては自分の無力さを思い知らされる。その度に、あんな悲しみを生み出さないようにと平和な世界を願って仕事に励む。最期まで自分の罪に苦しんだ彼が、少しでも浮かばれるように。


 お兄さまとシエちゃんはロンド地区でその才能を存分に発揮していた。お父様の期待に応えるように、お兄さまの軍師としての知略とシエちゃんの戦闘力でルジエナの進行をかなり押し返した。戦闘地区ということもあり貧困を極めていた村も著しく発展を遂げ、死者数を大幅に減らした。その功績が認められ、お兄さまは再び次期公爵として認められた。しかし、まだ出来ることがあるとロンド地区に残っている。2人の婚姻はまだ少し先になりそうだ。


 お兄さまの功績の中にはスパイの捕縛も含まれている。

 そのスパイとはリュドリューク・アレグエッドのことだった。彼は王位継承権を無くし、まだ辛うじてあった王族の地位までもなくした。スパイ行為はかなり重罪で、陛下もこれには温情をかける価値はないとして王族の称号を剥奪した。つまり、彼はもうリュドリューク・アレグエッドではなく、ただのリュドリュークとなったわけだ。


 これには随分と笑わせて貰った。

 あの日のリュドリュークだって、思い起こすと随分滑稽だったというのに、まだそれ以上の愚行があるのかと!


 強制労働の炭鉱に落とされて随分先まで出てこない。私はもう彼のことを聞くことはないだろう。


 そう思っていたのに、彼はなんと期待を超えてきた。


 炭鉱からの脱出を目論んだのだ!

 無論、捕まったけれど。


 脱獄を図ったものは問答無用で炭鉱の最下層に落とされる。最下層は凶悪犯罪者などの集まり、年間多くのものがそこで命を落とす。労働がキツくて、という理由ではない。頭のいかれた者たちが殺し合うからだ。


 最下層は這い上がってはこれないが、その分こちらの管理も行き届かない無法地帯。しかし、生きて日の目を見ることのできない者たちだ。何が起きても特に問題はない、というのが国としての方針だろう。


 正直、リュドリュークに対しては面白く思ってしまったけど、最下層に堕ちてしまったならば今度こそ彼のことを聞くことは2度とないだろう。

 その時は、彼が死んでしまったときか。


 なんであれ、かなりの自業自得だが。


 まあ、ともかく何だっていい。

 私とはもう関わりのない者のことなんて。


 エルシエル様は正式に王位継承権を取り戻し国政に加わっている。ライオットさんが直々に教え込みながら、次期国王となるために日々励んでいるようだ。

 それに加えて、カルクレア自然同盟国でしてきた様々な研究も引き続き行っていた、半年に一度はカルクレアを訪れている。

 エルシエル様が直々に優秀な研究チームを発足し、国がより豊かになるようにと彼なりに考えているようだ。その研究チームには、ハルさんも所属している。


 これから、もっと国は発展していくだろう。

 貧困は解消され、人々が豊かに幸せに暮らせるような国になっていれば良い。


 その時に、あの事件はどのように語られているのだろう。リマさんは、その周囲のものは、私は、シルフレアは、それを退治した神はどのように語り継がれるのか。

 長く語り継がれていくだけ、その分神々は信仰心を力に変えて世界の均衡を保つために力を尽くしていくのだろう。


 本当は、全てが彼らの思惑だったのではないかと思う時がある。


 あれから、私は1度もあの会合に呼ばれたことはない。私やオズウェルが参加出来たことは本当に特例だった。


 この国である宰相のライオットさんや外交の担当となっている東国の外交官、夏目さんとは何度も会っているが、それ以外の神々とも交流がない。


 もしかしたらセラ・アルバとは同盟を組んでいる関係上、いつか顔を合わせるかもしれないが、それがいつになるかわからない。


 特に、ルジエナにいるジュファとはもう会うことはないだろう。ルジエナは、かなり好戦的で絶対に同盟など組むことはないだろう。そして、私の生きているうちに世界から争いが消え去るとも思えない。


 だけれど、もしも彼らが何かを企てたとしたら私は真っ先に巻き込まれるのだろう。私は彼らの存在を知る数少ない人間の一人なのだから。


 神々とは違い、メルガーは良く姿を現してくれる。

 変わったことといえば、話をするようになったことくらいで、それ以外メルガーは今までと大して変わらない。


 リドルもたまにメルガーと共に現れることがある。

 相変わらず悪態をついてくるので、来てくれなくても良いのだが。どうやら、私やオズウェルにちくちく言うことが彼女の楽しみらしい。随分と悪趣味だと思うが。


 メルガーとは対照的にニコラスが姿を見せる頻度は減ってしまった。ふらっと現れて二言、三言会話をしては去っていく。ただ、私のことは気にかけてくれているらしい。毎度、暴走しないように気を付けろと釘を刺してくる。


 私だって、十分に気をつけているつもりなのだけど。


 あぁ、そうだ。

 ルナベル姉さまが子どもを産んだ。元気な男の子だ。これで私もれっきとしたオバさんというわけだ。


 姉さまとディオンさんの幸せな様子を見ていると、結婚というものが少し羨ましくも感じる。


「結婚、か。」


 私は、そう呟きながら窓の外を眺めた。

 それが出来るのはあと何度季節を巡った頃だろう。


 そもそも、随分と不名誉な肩書を持つ女を娶ろうという勇者は私の思いつく限り1人しかいない。


 オズウェルだ。

 だが、彼は一向に副団長の座から昇格してはくれない。


 セネドアさんが元気なうちは誰にも譲らない、と何故か変に意気込んでいるのだ。

 セネドアさんが引退する頃には、破竹の勢いで功績を挙げ昇格し続けるダァくんに追い抜かされはしないかと冷や冷やしている。


「すまない、待たせてしまったか。」


 オズウェルが申し訳なさそうな表情を浮かべながら現れる。


 私は、これから2年前にルジエナと交戦したサシャ峠要塞へ視察に行くため、その護衛をオズウェルに頼んでいて、彼を待っていたのだ。


 一体、彼はいつまで待たせる気なのだろう。


「私、あんまり気は長くない方なの。」

「えっと……怒って、いるのか?」


 今のことを言っているわけではないのだけど、私の皮肉は全然伝わっていないようだ。

 しょんぼりとした大型犬のようで、私はクスッと笑ってしまう。


「怒ってないわよ。さぁ、行きましょう。」


 私が歩き出すと、オズウェルも後をついて歩き出した。


 気は長くないけれど、生憎私には時間がある。

 隣に私が立つことをオズウェルが望んでくれるその日を、のんびりと待ってみても良いかもしれない。


 例え、彼が最終的に私を選ばなかったとしても、歴史の中に生涯独身を貫いた偉大な女性はたくさんいる。

 私もその中の1人になればいい。


 何だって良い、私の幸せは私が決めるのだ。

 私の選択が私の人生を決めていく。


 決められたシナリオなんてない。

 決められた役割もない。


 リュドリューク・アレグエッドは私の考えたシナリオだと言い放った。しかし、そうではない。

 出雲 梨真は私を悪役だと決めつけた。だけれど、私は決して悪役などではない。例え、彼女の中でそうなのだとしても。


「団長が俺を次の団長に推薦してくれる、とのことだ。」


 オズウェルの唐突な言葉に、私は「えっ!?」と驚きながら振り返った。


 オズウェルは、一大決心をして言ったというように顔を真っ赤にしている。


 それが何だか面白くて、私は「それで?」と続きを促した。オズウェルは予想していなかったようで目を泳がせながら戸惑いつつ「えっと、その……。」と言葉を続ける。


「まだ、2年前の言葉は有効だろうか?」

「あら、どんな言葉だったかしら?」


 とぼけてみせると、オズウェルは口をキュッと結んだ。だいぶ、精一杯だったらしい。


「団長になったら、ね。」


 私がそういうとオズウェルは顔を明るくした。


 独りでも良いと思っていながら、私は彼の隣で共に歩んでいく幸せに想いを馳せていた。


 それが今、私が選択したい未来。


 本当に団長になったら、お祝いしなくちゃ。

 なんてことを思いながら私は笑みを浮かべた。


 そして、私たちは再び歩き出した。



               ー Fin ー

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