第八話「大聖女、伝説級に会敵する」


 確かたおした魔物の証明に体内の魔石と討伐部位の確保、売り物になりそうなところをぎ取れば、なにがしかの報酬が得られるはずだ。


 例えば、今の狼型を含めて獣型は毛皮や牙が売れるはずだ。


 ガラクティカ様がその辺りをご存じと思っていたが特に指示がなかった。


 今のところ丸まま死骸しがいを収納してきている。


 もしかしたら解体はまとめてするお積もりなのか?



 討滅とうめつし続けて森の奥へ奥へと魔物を求めて進んだ。


 遠くに見えていた山々に手が届きそうな所まで来てしまった。


 たどり着いた森の奥に湖を見つけほとりに降り立つ。


 聖女宮の料理人に持たせてもらった昼食を食べるのに、丁度良いと思える。


 そこは森の背とも言える山々からのき水でできた湖のようで、魔物にも安息地オアシスとなる所だろう。



 みぎわたたずんで水面みなもに映る森の緑と空の青に見惚みとれているとにわかに水面が波立った。


「下がれ‼」


 何が起こったのかと呆けて見ていた私達にガラクティカ様が叫ぶ。


 水面からは触手と丸い頭をのぞかせる魔物が現れた。


 まごつく私たちは逃げる間もなく伸びてきた触手に捕まってしまう。


 私の探索では水中の魔物が判別できにくいようだ。


「はあああーっ!」


 ガラクティカ様は私に絡まった触手をり裂くと、返す刀でクリストの触手も両断した。


「助かりました、ラクティー様──」


「まだよ。引摺ひきずりこまれないよう下がれ!」


 悠長に礼を言っている場合ではなかった。


 獲物を逃がすまいと新しい触手を伸ばして魔物が陸に押し寄せてくる。


 失った触手に怒りを表しているのか威嚇いかくしているのか、波打つように黒い体色を変えて水上に姿を現す。


 それは頭の下から触手が生えたぎょうをしていた。


 顔とおぼしき所に飛び出た巨大な目玉が二つ、覗いているが鼻も口もなかった。


 つくづくれつな生き物だ。魔物だけに。


「なっ、何ですか? あれ!」


山烏賊セルポンダね──」


「「山烏賊セルポンダ?」」


 ガラクティカ様は、剣を下ろし仁王立ちで魔物──山烏賊セルポンダを見据え、その問いに答えて下さらない。


「クレスト、早く森の方へ!」


「ああ、逃げよう!」


 ぼんやりとガラクティカ様の体が赤い魔法光を放ち始めていた。


 体にいついた触手を引きはがせぬまま私たちはあわてて彼女のそばから離れた。


 魔法光を発する時はガラクティカ様が強力な魔法を放とうとしているからだ。


 這々ほうほうていで湖から離れた私たちがの陰から見ていると、からめ取ろうと伸ばしてきた触手を物ともせずガラクティカ様は魔法を練り上げていく。


 臨界に達し、その姿を輝かせ、するりと触手をけてつぶてのごとく山烏賊セルポンダの頭へ飛び出した。


 かかげた小剣も魔法光を放ち輝いていて、その攻撃で山烏賊セルポンダの頭を軽く貫くと思えた。


 が、体表に現れた魔法障壁とぶつかって火花を散らすにとどまり、その軌道きどうらす。


 空にれたガラクティカ様の輝線はそのまま上空に伸びると旋回せんかいし、直下に魔物をとらえる位置まで来ると降下の軌道を描き始める。


 地上ではその間にす早く体を回し、うねうねと触手を揺らして待ち受ける山烏賊セルポンダがいた。


 それを気に留めもせずガラクティカ様は降下する。


 剣を掲げた姿勢でそれに激突するが、またしても障壁にはばまれるとキンとかんだかい音を上げね飛ばされて、樹々きぎの中に消えてしまう。


「ラクティー様!」


 森ではぎ倒す音、枝葉を揺する音が木霊こだまする。


 隔絶した闘いを呆然と私たちは眺めているしかなかった。


 とは言え、頼りのガラクティカ様が離脱してしまい慌てる。


 樹の陰に隠れ探索魔法であるじの位置を探ると、かなり奥に反応があった。


 それが健在な反応で安堵あんどする。


「私たちにラクティー様の掩護えんごはできないかな……」


「ムリムリ。せめて物理攻撃なら何かしらできそうだけど近寄っても触手に捕まるだけだろ?」


「そう、だよね……」


 ガラクティカ様と魔物との魔法抗力は拮抗している。


 今は魔物に捕まらないで足手まといにならないようにしているしかない。


 できることは短剣を構えているくらいなものだが。


 幸い、山烏賊セルポンダが陸に上がり向かっては来ず水際で待ち受ける姿勢に変わりない。


 そこへヒュンヒュンと音を立てて森の中から炎の槍が山烏賊セルポンダに飛来する。


 ガラクティカ様が飛ばされた方向だ。


 数本が逸らされ飛散、いくらかは魔物の前で霧散した。


 ところが山烏賊セルポンダは激しく体を揺らしていかっている。


 体表には波立つ模様が表れて、その反応はあるいは動揺しているのかも知れなかった。


 炎の槍のわずかが突き立ったのだろうか。


 立て続けて炎の槍がしゅうのごとく撃ち込まれると、あらかた霧散しているが逸らされる物はなかった。


 障壁をすり抜ける炎の槍に恐れをなしたか、山烏賊セルポンダが重々しく水中へ後退していく。


 水際では分が悪いと分かったのか。

 

 山烏賊セルポンダの周りに魔法の残光がまとわりついて、その姿が良く見えなくなっていた。


 闘いの行方をうかがっていると香ばしい匂いが漂ってきた。


 山烏賊セルポンダが魔法の槍でげた匂いなのか?


 その触手の動きがぎこちなく、頭が苦しむように揺れているのは炎の槍が効いているのだろうか。


 乱撃のあと炎の槍の追撃はなく、山烏賊セルポンダにも動きがない時が過ぎる。


 攻防の推移が分からず水にぼっしつつある魔物の動向を見守る。


 気が付くと体表の色の変化が無くなり、モヤの薄れゆく中で山烏賊セルポンダけんに剣を突き立てたガラクティカ様がいた。


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