EAT 悪魔捜査顧問ティモシー・デイモン
田中三五/富士見L文庫
プロローグ
そのとき、かの『我が子を食らうサトゥルヌス』が頭を過ぎった。
目の前に広がる光景が、フランシスコ・デ・ゴヤによって描かれたあの悍ましい一枚にあまりにも似ていたからだ。
眼前に聳え立つは、一体の怪物。
製薬会社が所有する倉庫の中で、8フィートを超える巨大な生物が暴れ狂っている。
太い腕がすばやくこちらに伸び、ミキオの隣にいた男の胴体を鷲掴みにした。
隊員は悲鳴をあげながら拳銃を数回発砲したが、攻撃は一切効いていない。
ガバメントの銃弾を受けてもなお平然としているその化け物は、大きな口を開けて隊員の頭部に噛みつくと、そのまま胴体から喰い千切ってしまった。バリバリと音を立てて頭蓋骨を噛み砕き、骨ごと脳髄をごくりと飲み込んだ。
頭を失くした同僚の死体が地面に力なく転がる。
彼には妻がいて、生まれたばかりの娘もいた。
無残な姿を目の当たりにした瞬間、顔も名前も知らない彼の家族のことがミキオの頭を過った。
愛する夫が、心優しい父親が、こんな最期を迎えるなんて想像できただろうか。
さらに怪物は別の隊員を捕まえると、その四肢を引き千切り、倉庫の壁に向かって投げつけた。
辺りに同胞の肉片が飛び散り、ミキオの体にも生温い血飛沫が降りかかった。
これは悪夢以外のなにものでもなかった。
隊員たちは皆、言葉を失い、次は我が身だと震えている。顔はひどく青ざめ、誰もが戦意を喪失していることは明らかだった。
特殊部隊の精鋭が、その怪物の前ではまるで生まれたばかりの赤子同然であった。
これまで数多くの凶悪犯を制圧した実績を誇る彼らが、次から次へと、一体の怪物によってあっけなく殺されていく。
ある者は体を半分に引き千切られ、ある者は虫けらのように踏み潰され――怪物は虐殺の限りを尽くした。
そこはまさに地獄だった。
大量の鮮血が飛散し、強烈な死の臭気が蔓延している。あまりのおぞましさに、ミキオは強い吐き気を覚えた。どうか悪い夢であってくれと祈った。
全員が瞬く間に殺され、気付けば自分だけがその場に残されていた。ミキオは怪物に向かって何度も発砲した。拳銃も、ライフルも。手榴弾も投げた。武装した銃火器すべてを駆使し、応戦した。
しかしながら、すべては無駄な抵抗だった。
絶望的な戦況にミキオは打ちひしがれた。心はとっくに折れていた。どう足掻いても敵う相手ではない。
遅すぎる撤退に移ろうとした、そのときだった。
後ずさるミキオの腰を怪物の腕が捉えた。そのまま持ち上げ、大きな口へと引き寄せようとする。
化け物が、今にも自分を喰らおうとしている。
ミキオは装備しているナイフをとっさに引き抜き、その怪物の右目に思いきり突き立てた。
ミキオの反撃に怪物が悲鳴をあげる。まるで地響きが起こったかのような怒号が辺りを包んだ。
怪物は痛みに喘ぎ、怒りにまかせてミキオを力一杯叩きつけた。
硬く冷たい地面に激突し、全身に衝撃が走る。
体が大きく撓り、頭を強く打ち付けたミキオは、そのまま気を失ってしまう。
遠退く意識の中、自らの死を覚悟しながら。
――そこで、いつも目が覚める。
そして、ミキオは気付く。
また、あの日の夢を見たのだと。
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