第96話 屈辱的な夜と引き換えに……
その夜はお城で開かれるパーティーに警備兼救護としてくるみたちは配備されていた。もちろん服装はBBで支給されている紺色の動きやすい隊服だった。
少しでもおしゃれがしたかったくるみはポニーテールの結び目に白いレースのリボンを巻いた。
もちろんミナトは始まりの国の王子として華やかな衣装を
何度も見てきたミナトの正装姿だが、今夜のミナトは特に華やかだった。3つ揃えの白いスーツは胸元に金糸で刺繍がなされ、結婚式の新郎を思わせるようなものだった。
(これが本当のミナトの姿なんだね。王子様……だね)
くるみは見とれながらもこんなに近くにいるミナトが、途方もなく遠くに感じた。
同級生のアニエスとエマがミナトと談笑しながらわざとらしく、くるみをちらちらと見ている。ミナトが別の女性に誘られダンスを始めると、2人はつまらなそうな顔でくるみのそばへやって来た。
くるみの隊服を足元からゆっくりと眺め、眉を少しばかり寄せると皮肉たっぷりに言った。
「素敵な服装ね。とっても強そう」
アニエスがグラスを回しながら嘲笑っている。
「何かあったら頼むわよ。私たちミナト王子のお
エマは胸元が大きく開いた深紅のドレスをこれ見よがしに見せつけた。
「これ、片付けておいてね」
2人は空いたグラスをくるみに押しやり去って行った。怒りなのか悔しさなのか分からない感情がくるみの心を覆い尽くす。
(どうしよう。涙が出そう)
くるみは俯く視線を前に向けた。するとその先に見えたのは、とても綺麗な女性と優雅に踊るミナトの姿だった。
(もう嫌だ……私はあそこにはたどり着けない)
くるみはグラスを乱雑に片付け定位置に戻ったが、涙をこらえきれず会場に背を向けた。
すると誰かがくるみの手を引いた。温かく力強い手だった。涙で前が見えなくてもフウマだとすぐに気が付いた。
フウマはくるみを連れてバルコニーへ出た。
「くるみには今日の仕事つらかったな。具合が悪いことにして帰ろうか?」
フウマはくるみの涙の訳に気が付いていた。
「大丈夫……、やれる。こんなことで落ち込んでいたらBBのメンバーに迷惑かけちゃう」
くるみは髪に巻きつけていたリボンを外した。ぐちゃぐちゃに握りしめ、無造作に胸ポケットに押し込んだ。
「くるみはミナトが好きなんだよな。わかってる、大丈夫だよ」
「……」
くるみは好きだと言ってはいけない気がしていた。たとえ幼いころから気の知れたフウマであっても、分をわきまえない発言をするのは恥ずかしいことだった。でもフウマは驚くことを言ってのけたのだ。
「俺はミナトが羨ましいよ。俺も王子になりたいな」
くるみはフウマの突飛な発言に思わず笑ってしまった。
「何で王子になりたいの?」
「だってかっこいいだろ!あの服」
「そうだね。きっとフウマも似合うよ」
2人は幼い頃、蝶を追って駆け回った中庭に目を落とした。
「くるみ、言っておくけどミナトを好きな気持ちを諦めてはいけないよ。ミナトだって……」
「何?ミナトがどうしたの?」
「ミナトにも考えがあるんだ。今はそれしか言えない。悲しくなったら俺が慰めてやるからもう少し強くなれ」
「フウマ、ありがとう」
「フウマ先生だろ。俺は今、お前たちの先生なんだけどな」
「すみません。フウマ先生。私、警備に戻ります」
そう言うとくるみは歩き出した。
「待って!」
フウマはくるみの腕をつかんだ。そして、くるみの胸ポケットからリボンを取り出し髪留めの上からリボンを巻いてくれた。可愛らしく蝶結びになっている。
「くるみ、負けるな!来週からはドートル湖の調査へ行くからな」
「はい!フウマ先生」
その夜、くるみはパーティーで涙を見せなかった。フウマがいつもいてくれることが知らず知らずにくるみを強くしてくれる。
しかしこの夜、2人の間に別の感情の種が蒔かれたのも事実であった。2人はその種が芽を出すことを恐れながらも今は進むしかなかった。
*
くるみは桟橋の上で隣に座るフウマとの関係を思い出していた。大人になったくるみでもやはりフウマに惹かれている自分がいる。
(私が勘違いしている事ってなんだろう?)
「あの日を思い出してごらん」
不意にフウマが呟いた。
「あの日?」
「そう、ドートル湖で朝焼けを見た日だよ」
そうだった。くるみはようやくフウマのコートに隠れ、2人で泣いた日を思い出した。
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