第97話 忘れちゃいけない約束



 ドートル湖の遺跡調査は地元の人達の協力もあり順調に進んでいった。


 150年前の神殿跡に残された指輪は複数あると言われていたが、最終日にようやく1つ見つけることができた。


 この島は別名『宝島』と呼ばれており、地上からは想像ができないほどの地下坑道が広がっている。その坑道の奥の奥、陽の光など全く届かない隠し部屋に指輪はひっそりと置かれていた。


 こころの指輪の適合者、隊長マサキは隠された指輪の発する想いを感じたらしい。


 その夜は1ヶ月にわたる調査の最終日と言うこともあり、村人が集まり、集会場はお祭り騒ぎになっていた。


 村人たちはミナトが王子だと言うことを知らずに接していたが、副隊長のナギは酔いが回りとんでもないことを口にした。


「この中に、実は……、始まりの国の王子がいまーす。さて誰でしょう!」


 この発言に皆が驚き、ざわめきたった。そして、一様にミナトとフウマに視線が集まる。無理もない。2人とも品があり王子と言われれば誰もが否定できないオーラがある。


 皆の注目が2人に注がれる中、ミナトが困り顔でフウマを見た。


「嘘ですよ、皆さん。彼女は酔うといつも冗談ばかり言うんです。さあ、ナギはもう休んだ方がいい」


 そう言うとフウマはナギを連れ出し泊まっているコテージへ連れ帰った。この後も宴は続いた。きっと明日は今日の記憶などないであろうナギをベットへ寝かせると、フウマは集会場には戻らず湖の畔を歩き始めた。


「夜明けが近いな。ここで朝を迎えるのもいいかもな」


 独り呟きフウマは倒木に腰かけた。1ヶ月の緊張から解放されたせいか押し込めていた気持ちがうずき出す。それはくるみ対する想いだった。


 自分とは7つも歳がはなれていること。

 くるみはミナトが好きなこと。

 ミナトもくるみが好きなこと。

 何より自分はミナトの幸せを守るのが仕事だと言うこと。


 さすがのフウマも湧き上がる恋愛感情を押さえつける方法を見つけられずに困り果てていた。しかし、この想いをくるみに悟られてはいけない事だけは分かっている。


 それを見せた瞬間にくるみはミナトへの報われない想いをフウマに向けてくるだろう。2人が結ばれたならミナトはどれほど悲しむことだろう。フウマを兄のように慕い、信頼してくれたミナト王子を裏切るわけにはいかない。


「俺さえ我慢すればまだ間に合う。間に合うんだ……。でも好きなんだ」


(こんな指輪の能力さえなければもっと自由に生きられたのに……。好きな子に好きと言え、好きな所に旅へ行き、好きな時間に眠る。自由になりたい……俺は自由になりたい)


 幼少より我慢してきた気持ちがドートル湖へ溢れ出す。フウマは頭を掻きむしり湧き上がる自分勝手な感情を抑えようとした。自分を見失いそうだった。


 しばらくすると湖を囲む山の稜線が薄紫色に光り始めた。フウマの感情とは真逆の静かな夜明けだった。


「違う、全然違う」


 フウマは突然目が覚めたように空を見上げた。


(俺は指輪の適合者にならなければ今頃は父と同じく羊飼いの仕事をし、薪を割り、水を汲み、こんなに華やかな世界を知らない井の中の蛙だった。ペンを持ち、本を読み、たくさんの学ぶ機会を与えられ、驚くほどの知識を与えてくれたのは指輪のおかげだ。俺は何を勘違いしていたのだろう。ごめん、俺の指輪)


フウマは涙を流し、拳ごと指輪を握りしめた。


「フウマ、探したんだよ。全然戻らないから……」


 突然林の方から声がしたので振り返った。そこには不安な顔で今にも泣き出しそうなくるみが立っていた。


 1歩ずつくるみが近づいて来る。フウマは慌てて涙を拭いた。


 くるみが見たフウマの顔は今まで見たこともないほど、あどけない少年の顔だった。


「フウマ、私気持ち分かるよ。私も同じなんだ。だからもう気持ちを隠さないで。私はミナトとは住む世界が違う。いい加減諦めたい。もう辛い。もうフウマを好きになりたい」


 くるみはフウマが座る倒木に腰かけた。そしてフウマの肩に頭をもたれかけた。フウマは振るえる程にくるみを抱きしめたい衝動を抑えた。


「くるみ、お願いだから俺から離れてくれ」


「どうして?辛い時は頼っていいって言ったよね」


「それはミナトのことで辛い時だけだ。俺のことを好きになってはいけないんだ」


「じゃあ私はどうすればいいの。大好きな2人をいつまでも見ているだけなの?」


「違うんだ!ミナトはいずれ結婚相手をめぐり国王と争うことになろうとも、王の座を従弟に譲ることになってもくるみと結ばれたいと思っているんだ」


 くるみは心臓を掴まれるほどの衝撃を受けた。


「それ本当のこと?」


「まだ秘密のことだけど、ミナトは俺にそう言っていた。ミナトは安易な気持ちで言ったはずじゃない」



 いつもくるみとミナトをそばで見守ってくれたのはフウマだった。いつも手の届く距離。くるみは自分の心に嘘をつくようにフウマに甘えてきた。時には兄のように、時には別の感情を抱いて。


 

 フウマは立ち上がり林の中に向かった。くるみは駆け寄りフウマのコートの中に潜りこんだ。フウマは何も考えずにくるみを抱きしめてしまった。


 くるみはこの陽だまりのような温かさの中にずっと包まれていたかった。フウマもまた、幼少の時から見守って来たくるみをいつまでも自分の腕の中にとどめておきたかった。


 紫色の空が朝を連れて来た。


「僕たちの恋は偽物だ。だから俺のことを好きな気持ちは今日でおしまいだ。いいね、くるみだよ」


 2人は泣きながら見つめ合った。


「俺たちって言ったよね、やっぱりフウマも私のこと……」


「好きだったよ。をね」


「さあ、そうっと部屋に戻るんだ」


「フウマは?」


「もう少しここにいるよ」


 そう言うと笑顔でくるみを見送った。少し進んだところで、くるみはフウマのもとへ戻ってしまう。


「ミナトへ気持ちを伝えるんだ。好きな気持ちも不安なことも。周りの声は無視しろ。くるみは気にし過ぎなんだ。俺の所へふらふら来てたら本当にミナトを失ってしまうよ」


 フウマの最後の言葉にくるみは心を決めた。


(失いたくない。ミナトを諦めたくない!)


 くるみはフウマの顔も見ずに走り出した。大粒の涙を流し、心の中でフウマに別れを告げた。


 残されたフウマは自分の役目を全うした安堵感、そして大きなものを失った喪失感で立ち尽くすしかなかった。


 静かな朝焼けに照らされフウマの頬には一筋の涙が輝いていた。



   *



 くるみは全てを思い出し隣に座るフウマのことを見た。


「ここで約束したね。思い出したよ、フウマ」


「そっか」


 少し寂しそうな顔でフウマは微笑んだ。


 その時物陰から人の気配を感じた。


「誰?」

 

 くるみはフウマを守るかのように立ち上がった。

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