第69話 キャンディー
店の前におめかしした2人が不自然に並ぶ。
どちらもいつ現れるか分からないミナトに意識を集中するあまり会話どころではない。
10時ともなればそれなりにマーケットは賑わいを見せる。アジアや欧米の人のようにも見えるが実に様々な人種の人々が行き交う。
マーケットの中央にある勇者のモニュメントには光が当たり、なおも勇ましい。明らかに観光客だと思われる人たちが写真を撮る姿も見える。
そんな様子を見ながら2人はどこから、どのような格好で現れるかもしれない王子を待った。
「あんた、さっき王子のことミナト君なんて呼んでいたけど、そんなに仲がいいのかい」
最初に沈黙を破ったのはマーサだった。
「久しぶりに会えるんです」
くるみは自信なく答えた。
「ふーん、そうかい。私は毎年お城のフェスティバルで見かけるけど、ますますいい男になっていくねぇ。まぁ、今の国王にはかなわないけどねぇ」
マーサは少女の顔で微笑んだ。
その時だ。両手に袋をいくつも抱えた人がこちらへ向かって来る。派手目のバケットハットにシャツを羽織るようなスタイル。
まさかねぇ…と言う気持ちでマーサとくるみは顔を見合わせた。
その人物は、人にぶつかるたびに頭を下げ、なかなか前へ進めない。薄い茶色のサングラスや帽子のせいで顔はよく分からないが。すらっと背が高く姿勢の良い姿は、まさにミナトだった。しかし、あまりにも想像とは違う。
「あれはミナト君ですかね…。」
くるみはマーサに確認した。マーサはなかなか返事をしない。
「よく考えたら、王子の正装でここには来られませんよね」
やはりマーサの返事は帰って来ない。
(王子って顔も知られているわけだし、その辺を1人でウロウロできないし…。警護の人とかも必要になるのかもしれない。だから変装して来るのは当たり前なのかな…。)
そうこうしているうちに、彼を見失ってしまった。くるみはマーケットの端々に目を走られた。
「いた!」
また何かを買おうとしている!くるみは静かに歩き出した。ドキドキしながらも、荷物をたくさん抱えた男性に話しかけようと後ろに立った。
男性はキャンディー屋の店主からちょうど商品を受け取ろうとしたところだった。しかし、もう持つ手が空いていない。くるみは思い切って話しかけた。
「荷物持ちましょうか?」
その男性は懐かしいくるみの声にすぐに気が付いた。
「すみません、そのキャンディーの首飾りをこの女性に掛けてください」
ミナトの言葉に、店主は店先に姿を現した。熊のように大きな体の店主は汚れていたわけではない両手をエプロンで拭いた。
「お客さん、いいんですか?私なんかが掛けてしまって」
「いいんだよ。僕からのプレゼントだから」
ミナトが言うと、何も分からないまま赤や黄色のキャンディーが括り付けられた首飾りを掛けられたくるみがいた。甘い香りが広がる。
「ありがとうございます」
くるみは自分の首に掛けられた可愛らしいキャンディーの首飾りを手に取り、にっこりほほ笑んだ。
「お礼なら彼氏に言いな!」
熊のように大きな店主は拍手をした。すると、周りにいた人々もくるみに向けてたくさんの笑顔と拍手を送った。
「何ですか?」
くるみは驚きを隠せなかった。
「いいから、黙って笑顔でお辞儀をして!」
くるみはミナトに言われるがままにお辞儀をした。
「お幸せに!」
「仲良くね」
「今日は記念日ね!」
まるで結婚式のような祝福の声と、指笛が響いた。
「行こう。マーサの店へ」
ミナトはかがんでくるみの耳元で囁いた。まぎれもなくミナトの声だった。
ミナトは軽くお辞儀をすると、その場を逃げるかのようにマーサの店へ向かった。
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