第67話 2冊目『奇跡の石と鍛冶屋』後編
バケツの底には石が入っていた。
勢いよく水を汲んだ時に知らないうちに入っていたのだろう。
アルの握りこぶし1つ分の大きさだった。部屋の隅に置かれたままのバケツを見た祖母は毎日不思議に思っていたそうだ。そして、とうとうアルに尋ねた。
アルは全てを話し、祖母を連れて行けなかったことを詫びた。しかし、祖母は病弱で怖がりのアルが、自分のために暗い夜道を1人で泉を探しに行ったことを褒めてくれた。
アルは少なくなった泉の水と石が入ったバケツを祖母のベットまで持って行った。祖母は石を取り出し、大事そうに両手で撫でた。
アルはその様子を見ながら「祖母の病気がよくなりますように力を与えてください」と願った。石が少しばかり輝いた気がした。
数日後のことだ。アルは朝起きるといつものように祖母の部屋のカーテンを開けに行った。すると既に部屋のカーテンは開けられ、清々しい不空気が流れ込んでいた。
祖母はベットにはいなかった。その代わりに、もう何年も座ることのなかった1人掛けの椅子に座り、本を読んでいた。老眼鏡もしていない!驚きのあまり目をまん丸にしたアルは祖母に駆け寄り抱き着いた。
祖母は力強くアルを抱きしめ、アルを膝に座らせた。アルは祖母が壊れてしまうのではないかとすぐに膝から降りた。
『アルのおかげでこれ、この通り』
そう言うと、祖母は立ち上がり、くるりと回り、プリンセスのようなお辞儀をしてみせた。
アルはもう何が何だか分からなくなっていた。でも、祖母は20歳くらい若返ったようだった。そして、アルも泉を見つけた夜から喘息もなくなり、顔色もよくなっていた。
2人は奇跡の泉に感謝した。祖母が話してくれたのはアルが偶然持ち帰った石の事だった。暇があれば石を撫でていたそうだ。そして、夜になると石は輝き部屋中を淡い光で満たしてくれたという。
この話は、瞬く間に町中に広まり、泉の石を持ち帰る人々が増えた。しかし、アルが持ち帰ったような奇跡を起こす石はなかった。
アルが持ち帰った石だけが奇跡を起こし続けた。人々はこの石を『願い石』と呼び、アルの家を訪れるようになった。町中の人達が石を触りにやって来る。アルは幸せだった。皆に感謝され、祖母は元気になった。しかし、祖母には心配なことが1つあった。それは願い石のこれからのことだった。
争いの元にならないだろうかと…。
十年後
アルは泉のおかげで健康的で立派な青年に成長していた。兄と2人で鍛冶屋の仕事をしている。
願い石はと言うと、相変わらず人々を癒し続けていた。しかし、願い石に願ったところで、寿命を延ばすことができるわけではなかった。
アルの大好きだった祖母は3カ月前、天に帰った。眠るように安らかな最後だった。
祖母からの遺言は『争い事が起こる前に石を処分すること』だった。しかし、踏ん切りのつかないアルは願い石を巾着にいれ、いつも肌身離さず持っていた。
それがいけなかったのだろうか…。
ある晩2人組の男が
願いを叶える石を渡すことには抵抗はなかったが、祖母との思い出の石を渡したくはなかった。しかし、2人の男とやり合うだけの
あっさりと渡された2人の男は本物かどうか疑った。アルは石を取り出し握ってみせた。石は輝いた。次の瞬間2人の男は炎に包まれた。
(これが石の力?願い石…人を癒すだけじゃなかったんだ)アルは急に怖くなり、火だるまになる2人から目を逸らした。
熱さに苦しむ2人をもう1度みた。するとどこからか川のように水が工場に押し寄せて来た。
火は消え、男たちは膝から床に崩れ落ちた。片手に石を持ちながらアルは2人に近づいた。やけどが治るように知らないうちに願っていたのだろう。2人のやけどはきれいに治り、穏やかな顔になった。その途端アルの顔を見るなり化け物でも見たかのように悲鳴を上げて走り去って行った。
アルは祖母の言葉を思い出した。(早く処分しなくてはいけない)
力いっぱい振り上げると願い石めがけて振り下ろした。
何度も、何度も。
石は砂のように砕かれ、土間の土と区別がつかないほどになった。そしてアルは工場の灯りをつけたままどこかへ消えた。
その様子をこっそりと見ていた男がいた。それは長男のカイだった。カイは急いで粉々になった砂をかき集め巾着へしまった。
その後、集められた願い石の粉は30と1個の指輪になり、この国を揺るがすものへとなっていくのだった。
くるみは本を閉じだ。
まだ続きがあるが頭の整理をしたかった。ケイジロウがはめていた指輪はアルが持ち帰ったバケツの中の石からできた物だったのだ。この国の歴史を初めて知ったような気持ちになった。
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