第36話 低すぎるソファー
「すみません。このソファー低すぎてびっくりしただけです」
くるみは恥ずかしさから顔が真っ赤になっていた。
「もう、スプリングが効いてないんだ。最初に言えばよかったね。買い替えろって言う人もいるんだけどね」
申し訳なさそうな顔でケイジロウが見つめている。
くるみは出された氷多めの麦茶を飲みながら気持ちを落ち着かせた。
ケイジロウはテーブルを挟んで向かい置かれた1人がけのソファーにゆったりと構えた。
「さっきの話の続きなんだけど、この店から旅行に行っている間はこちらの世界では君は存在しなかったことになる」
「えっ、忘れられるってことですか」
くるみの顔色が変わった。
「違うよ。存在していないんだから、何も弊害はない。君の持ち物は消え、君のことを誰も知らなくなる。仕事に行かなくても誰にも迷惑はかからない」
「そんなの嫌です!」
くるみは急に感情的になった。
「ごめん。はっきり言ってしまっただけで旅行が終わればまた元通り!だから安心してって言いたかったんだ…」
ケイジロウは早く、くるみに理解してもらいたかったこともあり説明が乱暴になってしまったことを反省した。
くるみは次から次へと聞かされる不思議な話を理解しようと必死だった。
「迷惑をかけずに好きな所へ行けて、お金は…お金は、どれだけかかるんですか?」
「お金はかからないよ。これは時計の神様からのプレゼントみたいなものだから」
ケイジロウは自分で言っていて少し恥ずかしくなった。でもくるみの反応は違った。真剣な顔でうなずいている。
「時計の神様っているんですね。本当ですか?」
「本当です!」
ケイジロウは真顔でこう答えるしかなかった。
くるみは嘘みたいな話だと思った。
(でも、信じてみたい)
ケイジロウがさっき言ってくれた言葉が耳から離れない。
「君が考えている世界が全てじゃない」
「僕が必ず連れて行ってあげる」
こんなにくるみの心を揺さぶる言葉を聞いたことがなかった。
店を出てから少し歩いたところで振り返った。真夏のオフィス街はアスファルトの照り返しもあり30度はゆうに超えている。
建ち並ぶビルの陰になってはいるが時代屋時計店は確かに存在した。
ケイジロウが言ったことは本当なのだろうか?
あの店に出入りしている客はいるのだろうか?
やっぱりからかわれているのだろうか?
ケイジロウの言葉のせいで、今まで押さえていた家族に会いたいという気持ちが溢れてくるのを止めることできなくなっていた。
くるみは疑心と希望の渦に巻き込まれながら会社へ向かった。
会社に着くとパソコンに向かう
何故か時代屋時計店の話をすることはできなかった。あまりにも突拍子もない話で、信ぴょう性にもかけたものだったからだ。
話すとしてももう少し調べてからだと思ったし、話さないかもしれない。とにかく、くるみも混乱していた。
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