第三章 不穏な週末

第21話 不幸体質の黒猫さん

 その日の夕方、俺たちは例の古い家へと戻っていた。椿さんに付き従えと命じられているゼリアは当然としても、ララと軍曹までもが付いて来ていた。そして本来、椿さんの護衛を命じられていると思われる黒猫とソフィアも、当然の如くここにいた。


 田んぼの中の一軒家。俺は、ここで椿さんと仲睦まじい学生生活を送れるものだと信じていたのだが、そうは問屋が卸さなかったという訳だ。


 数日間、俺たちが萩で缶詰になっていた間に、ボロ家の補修工事は済んでいたようだ。朽ちていた個所はきちんと修理されていて、そこだけ板が新しいのはご愛敬か。ボロ家の前には、黒猫が使っている綾瀬重工の黒いワンボックスカーと、新車のカローラEVが停まっていた。そして、俺専用の車両として、年代物のスーパーカブが用意されていた。


「正蔵の趣味に合わんかもしれんが、ガソリンエンジンのスーパーカブを用意した。110ccでタンデムシートも付けてある。当面はこれで我慢しろ」


 とは、黒猫の弁である。


「400ccの中型二輪車は現在物色中です。HONDA、水冷エンジンで良ければCB400スーパーフォアが用意できたのですが、正蔵さまがカワサキ車、かつ空冷エンジンをご希望されていますので、もう少しお待ちください。頼爺様より、『必ず用意するから首を長くして待っていろ』との伝言を預かっております」


 こちらはソフィアの弁である。メーカーは特にこだわるつもりはなかったのだが、頼爺が俺の好みをしつこく聞いて来るので「カワサキ」、「空冷」、「四気筒」と口走ってしまったのだ。こうなっては仕方がない。頼爺に任せてゆっくりと待とうじゃないか。


「正蔵さま。簡易的ではございますが、こちらの家屋は補修済みです。雨漏りなどはしないと思いますが、何かお気づきの点がございましたらこちらの工務店に連絡してください」


 ソフィアからA4のファイルを渡された。それには今回の補修工事の内容が記載されていた。また、工事に当たった市内の工務店の連絡先もあった。


「それと、電気、水道は使用可能となっております。冷蔵庫や洗濯機、TVとレコーダーなどのAV機器、エアコンも設置が済んでおります。その他の小物家電も購入し、動作確認も終了しております。NHKの契約、新聞の契約も済ませてありますのでご安心ください。朝刊は明日から、毎日届きます」

「ありがとう。ソフィア」

「いえ、どういたしまして」


 一礼したソフィアは、黒猫の手を引いて黒いワゴン車へと向かう。


「さあ黒猫さん。私たちは萩へ戻って熱い夜を過ごしましょうね♡」

「いや、萩に戻れという命令には従うが、お前と夜を過ごすかどうかは関係ないだろう」

「いえ、帝国最強のドールマスターを慈しんで差し上げろとの命を受けております。逃がしませんわ♡」

「え? 帝国最強は俺じゃないし、そんな命令を出すのは誰なんだ?」


 戸惑う黒猫。だが、椿さんはしゃがみ込んで笑っているし、ララは必死で口を押えて震えているではないか。


「ララ様? もしかして、ソフィアに余計な事を吹き込んだのはララ様ですか?」

「ス、スマン。ミサキ姉さまだ。ぷぷっ」


 ララも噴き出してしまった。


「え? ミサキ様?」

「さ、逆らえんだろ」


 ララは笑ってばかりでまともに返事もできないようだ。

 黒猫は助手席に押し込まれ、ソフィアの運転でワゴン車は颯爽と走り出した。


「黒猫……大丈夫か?」


 俺のボヤキにはララが答えてくれた。


「大丈夫だ、問題ない。それにな。あの男の女運の悪さは帝国随一だ。ソフィアをくっつけておけば最悪は防げる。まあ、あの自動人形は魔除けみたいなものだ。クククッ」


 自動人形……ソフィアの事か。一見、金属製のアンドロイドに見える彼女は、アルマ帝国では自動人形と呼ばれているのだろう。しかし、自動人形が魔除けになるなんて、どんな運の悪さなのか想像ができない。


「黒猫さんはですね。ちょっと酒癖が悪くて、酔っぱらうと変な女性に引っ掛かってしまうのです。一年くらい前にね」

「椿様。その話は」


 ララが止めようとするのだが、椿さんは構わずに続ける。


「問題ないですよ。実はですね。一年ほど前の話なんですけど、黒猫さんはある女性に引っ掛かったんです。その人は若かったんですけど、すっごく見目麗しくない女性でした」

「人を見かけで判断してはイカンのだがな」

「そうなんですけどね。アレはヤバイくらいでした」


 椿さんの言葉にララは笑いをこらえるのに必死だった。ヤバイくらいに容姿が悪かったのだろうか。


「確かにヤバかった。黒猫の不幸はな、その、見た目がヤバい女に引っ掛かっただけじゃなくて、そいつが魔導士だったって事だ」


 ララの話は続く。黒猫が見た目がかなりよろしくない女性に引っ掛かった。その女性は顔だけではなく体形もよろしくなかった。ふくよかを通り越し、かなりの肥満だったらしい。ある日、黒猫はその女性ととあるバーで出会い一緒に飲んだのだが、酔った黒猫がその女性の事を『可愛らしい』と言った。それがきっかけとなり、彼女が黒猫に付きまとい始めた。食事に誘われたり、プレゼントされたり、傍目には仲の良いカップルになっていたのだという。黒猫は当時、宇宙軍の機動部隊に所属しており、宇宙空間での演習に参加した。つまり、数週間会えなくなった。しかし、黒猫が受け取ったプレゼントの中に呪われたアイテムがあり、それは〝不幸の腕輪〟だったのだという。


「不幸の腕輪って?」

「黒猫さんがあの女性から離れたら発動するのです。一緒にいるときは幸福アイテムになります。それなのに、黒猫さんは演習で帝都を離れたんです」


 俺の質問に、椿さんが丁寧に答えてくれた。そして説明を続ける。


「演習中に、その不幸の腕輪が発動したのです」

「ワープカタパルトが誤作動したんだ。あいつ、一気に100光年くらいすっ飛んだらしいぞ」

「100光年も?」

「そうだ。100光年だ。私たちが椿様を地球に護送しているときにな、偶然、黒猫を見つけたんだ」

「偶然ですか?」

「偶然、通りかかった。本当に偶然だった。まあ、ワープ事故で帰ってこれたのだから、そこは幸運なんだがな」

「そうですね。そしてその、不幸の腕輪を解除したのがミサキ様なのです。だから、黒猫さんってミサキ様に頭が上がらないの。それでね。ミサキ様はちょっとS気質なので……えへへ。面白いでしょ?」


 なるほど。腕は確かだが女運がない。しかも、弱みを有力な皇族女性に握られており、その人はS気質、つまりいじめっ子だったと。


 俺たちが話している間、軍曹とゼリアは周辺の草刈りと、生垣の剪定に励んでいた。家の敷地内がすっかりのきれいになった所で、俺の携帯が鳴った。スマホの画面には、広畑大樹と表示されていた。あの、カメラオタクの大樹だった。

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