第20話 渦巻く策略

 一息ついたところで、再びゼリアの話が始まった。


「僕たちの部隊が得ていた情報では、クレド様が地球に来られた際に、日本の綾瀬重工に匿われた事は判明しておりました。皇帝陛下が秘密裏に行動を起こされたため、親衛隊ですらクレド様の動向を掴めていなかったのです。そこで第7機動群司令部は、情報戦の専門家であるゲルグ・ガラニア大尉にクレド様の探索と護衛を命じたのです。日本と帝国は友好関係にあり、クレド様の亡命に関しても日本政府とは合意していたと言われています。戦闘部隊は最小単位で、海兵隊の精鋭が一個小隊と皇帝警護親衛隊から数名が配置される予定でした」

 

 ゼリアの話に頷きつつも、俺は疑問を隠せなかった。


「しかし、サル助が配置され、親衛隊や海兵隊の精鋭は来なかったと」

「はい」

「それはおかしいな」

「そうです」

「いや、そもそも大尉が派遣されたこと自体がおかしいんだよ」

「えっ?」

「日本と帝国が友好関係にあり、ウチのような大企業が関与しているならすでに話は通っているはず。椿さんが日本に来たのは1年前だ。今頃になって探索するとか行動が遅すぎる。もう帝国からは護衛役の人員が派遣され、配置についていても不思議じゃない」


 そう、あの黒人の黒猫とアンドロイドのソフィアが、椿さんの護衛ではないのか。黒猫の態度から、彼がその役割である事は明白だった。


「それはそうですが」

「つまり、反帝国派でいいのかな? 例のサレストラ系の連中に騙されたんだよ。君たちは」

「え? まさか第7でそんな」

「親帝国の軍組織に反帝国派が紛れ込んで何か画策してるんだろうな」

「その通りだ!」


 少女の声がしたのと同時に、バン! とドアが開いた。そこには金髪で小柄な女児と、黒髪でスタイルの良い女性がいた。

 金髪の方は見た目が小学4年生位の小柄な少女である。その輝く黄金の髪を、短めのツインテールにしている。目の青い白人だ。もう一人は黒髪で東洋系。高校生位と思われるのだが、なかなかスタイルが良く豊かな胸元が眩しい。二人とも紺のブレザーとチェックのスカートを身に着けていた。これは地元の竜王学園の制服だったと思う。


 二人の顔を見たゼリアは、驚いて席を立あがり片膝をつく。そして、左手を床に右手を胸に当て頭を下げる。彼らが取る最敬礼のポーズだ。


「よい。直れ」

「はい。ララ様、ミサキ様」


 ララと呼ばれた少女はズカズカと目の前に歩み出て、ゼリアの座っていたパイプ椅子に腰かける。もう一人のミサキは、俺の目の前を悠々と横切ってから俺の右隣に座る。俺はベッドの上で椿さんとミサキに挟まれる形となった。ゼリアは下がって直立不動の姿勢を取る。


「少年、ミサキ姉様の椅子を」

「不要です。私はここがいい」

 

 そう言って彼女は俺の右腕にしがみつき、豊かな胸を押し付けてきた。椿さんも負けじとすり寄ってくる。二人の巨乳美少女に挟まれ、俺は昇天しそうな幸福感に襲われてしまった。


「ミサキ姉さま! 正蔵から離れてください。不要な揉め事はご遠慮願いたい。正蔵も鼻の下が伸びてるぞ」


 ララと呼ばれた金髪少女がミサキに苦言を呈している。この二人、見た目は全く違うのだが姉妹らしい。そしてララは俺を呼び捨てにしている。つまり、俺の事はよくご存知なのだろう。


「やっぱりダメ?」

「ダメです。姉さまの横槍でご破算となっては陛下に顔向けできません。さあ離れて」 


 渋々俺から離れ、ゼリアが用意したパイプ椅子へと座るミサキだった。彼女は座る場所の無くなったゼリアに向かって、ポンポンと自分の太ももを叩く。


「ねえ君、ここに座る?」


 ゼリアは直立不動のまま首を振る。


「貴様も座れ。正蔵の隣が空いた。楽にしていいぞ」

「はい。ララ様」


 ゼリアは頭を下げ俺の隣に座った。


「どなたですか?」

「金髪のかたが、アルマ帝国第4皇女のララ様です。黒髪のかたが第3皇女のミサキ様です」


 椿さんが紹介してくれた。第3皇女と第4皇女。つまり皇帝のご令嬢なのだ。先ほどからのゼリアの態度で結構な身分の人だとは思っていたが、これは最高ランクじゃないか。


「初めまして。綾瀬正蔵です。こっちの少年はゼリアです」

「うむ。正蔵、椿様をよろしく頼む」

「え~っとご存知なので?」

「スマンが先ほどから外で会話を聞いていてな。入るタイミングを逃してしまった……立ち聞きしたのは悪かった。そういう事だ正蔵。椿様をよろしく頼む。大事な事なので二回言ったぞ」

「はい、承知いたしました」

「うむ。水入らずで同棲生活を楽しむがよい。面倒ごとは私が全て引き受ける」


 皇族とはいえ、こんなお子様では何もできないのではないか。ゼリアと年恰好は変わらないじゃないか。不審に思う俺の意図を察したのか、ララは席を立ち俺の顔を見つめながら近づいてくる。


「私こそが皇帝警護親衛隊隊長のララ・バーンスタインである。椿様の護衛役としては最適だ。何か不満があるのか?」


 この小柄なララが親衛隊隊長? この見かけでは、身分だけでその地位につき実力は伴っていないと判断するのが妥当なのだが……椿さんを見るとにこやかに頷いていた。


「ララ様は近接格闘戦において、無双の実力をお持ちです。過去2回、御前試合において優勝を収められ、圧倒的な支持を得て親衛隊隊長へと推挙されたのです。レイダー軍曹だと、約3秒でKOされます」

「KOって。軍曹が3秒でノックアウトされるんですか?」

「そうです。ララ皇女を怒らせると命がいくつあっても足りませんよ」


 椿さんの説明に対し、ララはプイっと横を向く。気に入らなかったらしい。


「椿様。その紹介の仕方はどうかと思います。私はこれでも乙女なのですから」


 今度はジト目で椿さんを見つめている。


「ごめんなさい。ララ様の実力を誇張することなく、正確に伝えたかったのです」


 アレで誇張していないのか。しかし、あのレイダー軍曹を3秒でKOするとはどんな強さなのか想像がつかない。


「わかった。ただし、私一人では手が足りん場合があるからな。ミサキ姉様にも手伝ってもらう事とした。それと入ってこい!」

「失礼します」


 ゲルグ・ガラニア大尉とレイダー軍曹が入ってくる。


「この二人も暇そうなので招集した。貴様らはしばらく、皇帝警護親衛隊の隊員だ。一応、帝国随一のエリートである親衛隊の隊員になったのだからな。喜べ」

「その様な辞令は聞いておりませんが」


 訝し気に大尉が返事をする。


「たった今私が決めた。原隊にも連絡してやるから心配するな」

「はい!」


 二人は敬礼し返事をする。


「それから少年」

「はい」


 ゼリアが立ち上がり返事をする。


「貴様は未成年なので親衛隊には入れられん。正蔵に預かってもらえ。幸運にも見た目は地球人と同じだ。不都合はあるまい。椿様に常時付き従え。頼むぞ」

「はい」

「ただし、二人の睦事の邪魔はせんようにな。お主も経験がなかろうが其処は十分に注意せよ。いいな」

「はい」


 顔を赤くして敬礼するゼリアである。睦事の意味を正確に理解していると見た。侮れん少年だ。


「ところでララ様。質問してもよろしいでしょうか?」

「なんだ正蔵」

「先ほどの話の続きなのですが、親帝国の軍組織、第7機動群ですか。そこに反帝国派が紛れ込っで何か画策してると言う話です」

「そうだったな。その通り。しかし、詳細は掴めていない。黒剣が動いているので報告を待て」

「黒剣とは?」

「日本でいえば公儀隠密、御庭番。米国ならCIAやFBI。ロシアではKGB。英国ならMI6。イスラエルならモサドだ」

「ララ様、日本だけ時代錯誤ですが……」

「ん? そうか? まあ意味は同じだ。黒剣、つまり帝国の諜報組織、そこの超恐ろしい姉御あねごが動いている」

「シルビア様ですか?」

「椿様。知っているのですか」

「ええもちろんです。つい先日もお会いしましたわ」

「むむむ。姉御を知っておるとは流石です。今後名前は出さぬようにお願いします。バレたらこれですから」


 ララは手刀を首に当て、命はないぞとのポーズを取る。その表情は少し青ざめているようだ。


「皆良いな。その名は口にするな。ミサキ姉様は大尉を連れて綾瀬重工の開発部へ行って下さい。軍曹は私についてこい。邪魔したな」


 颯爽と部屋を出ていくツインテールであった。ミサキ、大尉と軍曹も彼女についていった。


「椿さん。その姉御さんって怖いんですか?」

「ええ。人類最恐ではないかと。冷酷で冷血で残忍です。ララ様の天敵かもしれませんね。うふふふふ」


 そんな空恐ろしい話題をこやかに語る椿さんである。ゼリアは顔面蒼白で震えていた。目に涙を溜めている。


「ごめんなさい。ちょっとちびりました」


 泣く子も黙る、いや、泣く子がちびる恐怖の女王様ってところか。


「私の周りでは、あの方の名を口にすると死が訪れる、その名を耳にすれば災厄に見舞われると、そのように聞いております。椿様、勘弁してください」


 顔面蒼白で震えながら話すゼリアだった。ちょうどその時、正午のチャイムが鳴る。


「ゼリア。着替えて来いよ。そしたら昼飯にしよう」

「はい分かりました」


 ゼリアは部屋を出ていく。


「今日は晴天なので、お弁当を買って外で食事しませんか?」

「そうだな。そうしよう」


 戻ってきたゼリアと共に表へ出る。椿さんが売店で幕の内弁当を買って来てくれた。春の暖かい日差しを受け弁当を食べる。桜はすでに葉桜となっていたが、その黄緑の葉もまた美しいと思った。

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