第17話 異星の少年

 俺は萩に移送された。そして、どこかの病院のような施設に入れられた。恐らく綾瀬重工関連の施設だ。丸二日間、事情聴収と検査ばかりだった。異星人の顔見知りであるゲルグ・ガラニア大尉、レイダー軍曹、ゼリアも同様に調べられていると思うのだが、俺とは別口のようで顔を見ていない。椿さんも紀子博士のところでメンテナンスを受けているようで、ここにはいなかった。


 聴収には素直に応じた。特に追及されることはなく、事実を淡々と話しただけだ。そこからはすぐに開放されたのだが、検査の方は色々ねちっこく徹底的にやられた。体の隅から隅まで調べ上げられた。目や耳や鼻の穴などの粘膜部分は、特に重点的にほじくられた。未知の細菌やウィルスがいないか、感染していないか、寄生虫はついていないか、とにかく徹底的に調べられた。しばらくはこの施設で缶詰めになるらしい。まあ仕方ないだろう。異星人と接触したし、戦闘もあったのだから。


 ここに来て三日目になる。朝食を取った後に新聞を読む。この部屋にはTVもなく情報源は新聞だけだった。携帯も家に置きっぱなしだ。最近はネットの普及で新聞の需要は激減しているらしく、紙の新聞を見かけることは少ない。しかし、この部屋には毎日律儀に朝刊が届けられている。俺は暇であり物珍しさもあり、新聞を隅から隅まで読んだ。実際に読んでみると活字の量は半端なく多い。全て読み終えるのに3時間位かかってしまうのだが、ちょうど良い暇つぶしになった。俺たちの遭遇した事件に関しての情報も多少は拾えたが、内容は至ってシンプルなものだった。

 山大近辺で多くの自動車やパソコン、携帯端末、家電、事務機器、ロボットなど、ネットに接続した機器は全て異常停止した。三日前の午後4時過ぎのことだ。通信不能となり停電も発生した。ところが障害は午後9時ごろ突然復帰した。ウィルスの感染や基地局へのテロ攻撃などが疑われたが、その痕跡は見つからず原因は不明のままだ。同日の午後9時ごろ、平川の大スギ付近に隕石が落下した。付近に火災が発生し天然記念物である平川の大スギも火災に巻き込まれ半焼した……とこんな感じだ。

 宇宙人がどうのこうのUFOがどうのこうのという話は一切されていない。実際、目の前で体験した当事者からすれば物足りない気もするし、詳しい報道をされると後々非常に面倒になるのはわかりきったことなので、このくらいがちょうど良いのだろう。


 新聞を読んでいるとドアをノックされ、女性の看護師と赤毛の少年ゼリアが入ってきた。俺の着せたジージャンを持っていた。


「洗濯しました。ありがとうございました」


 律儀に頭を下げる。ほのかに洗剤の香りのするそれを受け取り脇に置く。赤毛の白人にしか見えないこの少年も、いわゆる宇宙人なのだ。宇宙人などという得体のしれない言い方は改めた方がいいのかもしれない。俺たちも他所の星へ行けば宇宙人なのだ。


「正蔵君、検尿は済んだかな?」


 看護師に聞かれ、俺は頷いた。


「そう、なら今日はもう検査はないわ。この子の面倒を見てあげてね」


 40代であろう女性の看護師は手を振りながら出ていく。今日はゼリアと過ごすのか。退屈しないで済みそうだ。

 冷蔵庫からオレンジジュースと缶コーヒーを出し、ゼリアにはジュースを勧める。パック入りの小さいものだがゼリアは喜んでくれた。


「これ頂いていいんですか?」

「ああ、遠慮しないでいい」

「ありがとうございます」


 また、律儀に礼をする。彼の嫌味のない、素直な態度は好感が持てる。


「ところで、大尉と軍曹はどうしたの?」

「二人とも昨日までは検査ばかりしてましたけど、今日は現場検証とかで早朝から出かけてます」

「そうか、ゼリアは置いてけぼりだな。寂しい?」

「いえ、大丈夫です。今日はお休みだから、ゆっくり休養しろと指示されました」

「じゃあ、俺とおしゃべりしよう。良いかな?」

「はい。地球の事とか色々聞きたいです」

「じゃあ俺の話からするよ」

「ええどうぞ」


 俺は自分の身の上を素直に話した。ここ萩市で生まれ育ったこと。親は大きな会社を経営していること。今は大学生で、バイトに励んでいたこと。突然誘拐されそうになり、椿さんに助けてもらったこと。大学周辺でPCなどの障害が発生し、二人で事件を解決しようと出かけてゼリア達に出会ったこと。


「正蔵さんは恵まれた環境で育ったんですね。これは嫌味とかじゃなくて、良い意味で幸福の象徴と言いますか、そういう幸せな人が沢山いる国は平和で豊かで幸福な国だと思います」

「そうかもな。日本はそういう国なんだろうな。実際住んでいるとよく分からないんだけどね」

「ええ。でも僕は恵まれてなくて、境遇は悪いんです。だからここはすごく平和で幸福な国だって事がわかります。正蔵さんの事はすごく羨ましく思うし、応援もしたいんです。将来はこの大きな会社を継がれるんでしょう?」

「うーん、まだ決めてないんだよな。出来ればやりたくないというか、そういう感じ」

「優柔不断はダメです。僕は、正蔵さんの使命はそこにあると思います。正蔵さんならきっとできます」

「どうしてそう思うの」

「だってあの時、正蔵さんは家でじっとしていれば良いのに、わざわざ僕たちの所へ来た。そして困っている僕たちを助けてくれた。自分の尻は自分で拭けと見放されても仕方ない状況だし、あの障害の元凶でもあった。それなのに進んで協力してくれたからです」

「そうかな」

「そうです。正蔵さんには大きな組織を率いていく気概があると思います。それは自己中心的な心ではなく、何か大きなものに使命をささげるような、立派な覚悟だと思うのです」

「ありがとう。子供に元気づけられちゃったな。ところでゼリアはどこで生まれたんだ。ここから遠いのか?」


 ゼリアは俯いて黙り込んだ。これは聞いてはいけない事だったかと反省する。


「あ、スマン、話したくなければ話さなくていいぞ。大尉や軍曹と同じ星なんだろ?」

「ええそうです。アルマ、聖なる大地という星です。そこを統べるアルマ帝国が僕の故郷です」


 ゼリアはゆっくりと話し始めた。


「僕たちは、地球から見ればおうし座の頭にあるヒアデス星団から来ました。距離は約150光年です。そのヒアデス星団を構成する星の一つが僕たちの母星です。この星はいくつかの国家や自治領がありますが、それらは全てアルマ帝国に統治されています。惑星アルマがアルマ帝国という認識で良いと思います」


 地球とは違い、惑星一つが一つの政治で統一されているのか。


「良くまとまってるね。地球では考えられない」

「それは恐らく、宗教的な問題だと思います。地球では、大きな宗教が三つあるんですよね。その中のキリスト教とイスラム教の仲が悪くて揉め事が多いと聞きました」

「その通りだ。良く知ってるね」

「アルマ帝国では、カーン・アルマ神を信奉するアルマ教団がほぼすべての人々の信仰対象となっています」

「星の名、宗教、国名が全て統一されているのか。宗教色の強い国家だと認識していいのかな?」

「ええそうです」

「それなら平和なんじゃないかな。宗教的ないがみ合いが無いわけだから」

「そうでもないんですよ。アルマ帝国では、古くから帝政を敷いています。それは身分の差を生み所得の差にもつながっているそうです。それがトラブルの原因になっていると聞きました。貧富の差、経済格差から対立しているのだと。僕は貧しい家に生まれました。学校に行かず働いている所をゲルグ・ガラニア大尉に引き取られたんです」


 ふむ、日本ではあまりお目にかかれないのだが、貧しい国では学校に行かない子供も多いらしい。ゼリアの国でも同じなのか。


「学校に行かなかったのは経済的な理由なの」

「ええそうです。帝国内では貧しい家の子供は学費免除になる制度がありますが、僕の場合は働いて家にお金を入れないと弟たちが飢えてしまうんです」

「親が働けないのか」

「そうです。父は早くに死にました。母は病気がちでほとんど仕事ができません。働けるのは僕だけなんです。帝国軍では、そういう働かざるを得ない子供を軍属として引き取り、仕事と給料を与えてくれる制度があります。学校へ行かない代わりに、部隊内で教育を受けられるんです」

「それでゲルグ・ガラニア大尉の所にいるのか」

「はいそうです。大尉は博識で教養レベルが高く、専門知識も抜きんでています。そういう立派な人の元で学べる事は大変有意義だと思います」


 なるほど。貧しい家庭への支援も大事だろうが、あくまでも当人の力で自立していくことを重視している制度なのだと感じた。それにしても、この少年はしっかりしているなと感心する。しかし、気になることがある。人種というか生物種というか、同じ星で違い過ぎるんじゃないかと思うのだ。大尉はバッタ、軍曹は犬、ゼリアは白人。そしてサル助のような猿人。多様性と言うには多すぎる気がした。

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