第18話 大地の女神クレド

 ゼリアの故郷、惑星アルマ。そこは地球と比較して、人としての生物種が多すぎる。この疑問をゼリアに質問してみた。


「一つ聞いていいか。人種というか生物種というか、俺たちから見れば、かなり異質な者同士が同じ星で共生してるんだよね。それは俺たちからすれば驚愕の事実なんだけど」

「確かに、ここ地球では人類と言えば人間だけですね。僕たちの星では人間と獣人と魚人と昆虫人がいます。種族よりも信仰で結ばれている感じになります。姿かたちが違うことで、差別とか諍いは起こらないと言われています。もう数万年以上も前からの習慣なのだそうです」

「逆に言えば、信仰の違いは諍いを起こす可能性があるんだ」

「ええ、あの猿人達がそうなんです。アルマ帝国内で彼らは自治領を築き暮らしていますが、サレストラ系獣人は信仰形態が異なっていて、周囲とのトラブルが多いと聞きます。宇宙軍においても、彼らは周りとそりが合いません。今回の部隊には、サレストラ系獣人が多く配属されていたので何か怪しいと感じていたのですが、こんな事になるなんて思ってもみませんでした。申し訳ありません」


 またまた頭を下げるゼリアであった。


「謝らなくていい。ゼリアは悪くないよ。と言うか、逃げださずに一生懸命戦ってたじゃないか。立派だと思うよ」

「ありがとうございます」

「悪いのはそのサレストラ系の奴らだろ。全員死んでざまあみろってな」

「二人は生き残ってます。正蔵さんと出会った場所で縛っていた二人です」

「おおそうかそうか、忘れてた」

「それに大尉の部下の技術将校も数名亡くなられてます。喜んでいられません」

「そうだな。じゃあ次は艦砲射撃しやがった奴をやっつけてやろう。それならいいか?」

「ええ、そうですね。ガツンとやってやりましょう」

「そうだそうだ。やってしまえ! ですわ」


 突然出現した椿さんだった。今日の衣装は、女の子っぽい白いワンピースと白いニット帽だった。足元は素足にサンダルを履いていて、初夏らしくて涼し気だ。


「椿さんいつの間に来たんですか?」

「ちょっと前ですけど、お話に夢中で気付いてくれないんですの」


 俺の手を握り不機嫌そうに首を振る。


「ごめんごめん」

「無視されるのが一番傷つくんです。分かってますか?」

「分かってるよ。ごめんね」

「ならいいです」


 俺の手に頬ずりをしてくる。その椿さんをじっと見つめる少年の目線が痛い。


「あの、椿さんに聞きたいことがあるんですが、いいですかね?」

「ええどうぞ」


 椿さんは俺の隣、ベッドに腰掛ける。ゼリアはベッドの横のパイプ椅子に腰かけ、俺たちを交互に見つめている。


「クレドって何?」

「それは僕から説明します」


 ゼリアが説明を買って出てくれた。


「クレド様の本当の名前はアルマ・ガルム・クレドといいます。何万年も前から帝国内での信仰を集めている女神様なのです」

「さっきアルマ教団の神様はカーン・アルマって言ってたけど、違う神様なの?」

「ええそうです。カーン・アルマ神は、創造主として信仰されている偉大な神様です。人間はその姿を見ることができません。クレド様は、そのカーン・アルマ神が地上に遣わされた大地の守護神なのです。人間にも見て触ることができる存在だと聞いています。皇帝と共に、アルマの大地を守護して慈しむ女神だと言われています」

「椿さんは女神様だったの?」


 ゼリアの質問に頷きつつも、椿さんに話を振ってみた。


「そういう風に信仰を集める存在でしたけれども、実際は専守防衛を旨とする兵器なのです。侵略者に対して容赦のない制裁を加える鬼神なんですよ」

「絶対無敵の防御兵器だと聞いております。祖国の防衛には欠かせない重要な方であると」


 椿さんの言葉にゼリアが付け加えた。これで納得した。椿さんがやたら強気で実際に強くて、よく分からない魔法を使ったり敵の攻撃を事前に予測したりする理由が。俺は複雑な心境になり椿さんを見つめる。こんな無邪気な女の子が、防御兵器だったなんて惨い話だ。


「あら、私の事心配してくれてるんですか?」

「え? まあそうです。俺は戦争体験はないんけど、女性が戦うなんてむごい話だと思ったんだ。ゼリアもそう思うだろ?」

「ええ、そう思います。僕はクレド様のお姿を知らなかったので。こんな可憐で可愛らしい方だと知っていれば、戦場へなどとても送り出せない」

「あら、正蔵様もゼリア君も気にかけてくれるのね。ありがとうございます。でもね、気にしなくていいんです。私は人間ではないのですから」

「しかし、椿さんはとても人間らしいじゃないですか、人間ではないなんて言わないでくださいよ」

「でも事実なんです。私は元々……」

「椿さんちょっと待って」


 俺は椿さんの言葉を遮っていた。これ以上聞くと理解の範疇を超えそうだ……と言うか既に超えている訳だし、椿さんに言いにくい事を告白させるようで、それが嫌だった。


「言わなくていいです。椿さんは人間みたいな、いや、人間よりも美しい意識体を持っているんです。それが椿さんなんです。それでいいと思うんです」


 俺は椿さんを見つめながら熱く語っていた。椿さんも俺を見つめる。二人の視線が熱く絡み合う。


「こほん」


 ゼリアが赤面しながら咳払いをする。目の前で俺たちが見つめ合うのに耐えられなかったのだろうか。ゼリアの視線に気づかなかった俺も恥ずかしい。


「では、クレド様が地球に来られた事情についてお話します」


 俺を見つめるゼリアの視線が痛い。そりゃそうだろう。彼の祖国では女神と崇められている存在が、俺に対して親し気にしていて、恋人のように振る舞っているのだ。真剣な眼差しでゼリアが話し始めた。


「その前に、アルマ星間連合についてお話しする必要があります。アルマ星間連合とは本来、アルマ帝国と信仰を同じくする国々の集まりだったのです。宗教的な理想を共有する大変調和された連合であったと聞いています。それが時代を下るにつれ、経済的、軍事的な意味合いを持つ連合体へと変化していったのです。倫理観の高い国々だけではなくなり、様々な価値観を有する国の集まりへと変貌しました。その一例がサレストラの加盟です。過去においては連合の盟主であるアルマ帝国が指導的立場であったのですが、加盟国が増えていくに従い単なる議長国へと格が下がってしまいました。発言権は弱くなり、多数決という名の数の暴力も横行していると聞いています。連合各国は、宇宙空間での安全保障に関しては連合宇宙軍という形で実現しています。各国は独自の軍組織を持っていますが、宇宙軍に関しては連合宇宙軍に属するように定められています。ゲルグ・ガラニア大尉の部隊はその第7機動群に属しています。この第7機動群はアルマ帝国とその信奉国家の部隊です。大尉の任務はクレド様を探索することでした。発見出来た場合は、クレド様の護衛が任務となります」

「なるほど。では逆に、サレストラの連中は椿さんを手に入れたい、それが無理なら破壊したいって事だね」

「多分そうです」


 俺の言葉にゼリアが頷いた。


「それで問答無用の艦砲射撃をやってくれたのか。まだ仲間がいるのに全滅させたかったわけだ」

「そうだと思います。クロウラの中には大尉の部下とサレストラ系の兵士も何人かいたはずですから」

「味方に殺されるってのも惨いな。俺はご免だ」

「僕もです」

「ところで、艦砲射撃ってどこから撃ってきたの?」


 この質問には椿さんが答えてくれた。


「上空約2万キロメートルからの、ビーム砲の射撃でした。ビーム砲で良かったですよ。あの程度で済みましたから。質量弾だったら山大周辺が壊滅しています」

「それは核兵器みたいだ。恐ろしいな」

「そうですね。砲弾が重力で加速されますから、威力は数倍になるかと。逆にビーム兵器は大気で減衰されるので威力が下がります。ちなみに撃ってきたのは連合宇宙軍第3艦隊所属の巡洋艦です。サレストラ系の艦ですよ」

「椿さん何で分かるの」

「ちょっとした千里眼みたいなものなんですよ。照準を合わされた瞬間にビビビって感じるんですね。その時に相手が見えるんです。それで艦籍もわかります」

「すごいね椿さん。万能なんじゃないの?」

「いえ万能ではありません。直接私か、私の周辺を狙った場合は探知できるのですが、そうでなければ分からないのです。例えばあの時刻に、萩の綾瀬重工開発部を狙われたなら、気づくのは着弾後になるでしょう。今の私は絶対無敵ではありません。かなり限定的な力しか発揮できないのです」

「何故?」

「先ほど申し上げた通り、私は惑星アルマの防御兵器です。しかし、私自身が防御兵器の全てではないのです。アルマ・ガルム・クレドのインターフェースと言えば分かり易いかもしれません。この3次元空間において人と接触する部分が私なのです。兵器としての大部分は惑星アルマの高次元世界に存在しています」

「インターフェースか。パソコンで言えばマウスとキーボード。これが無ければただの箱……。そうか、椿さんを支配下に置けば本体部分は思い通りに操れる。例え破壊したとしても別のインターフェースを接続出来れば同じ事だよね。そうかそうか。椿さんは鉄人28号のリモコンみたいな存在なんだ」

「まあ、間違いではないですね。リモコンは、ちょっと寂しいですけど」

「じゃあ、マジンガーのパイルドライバー!」

「正蔵様、わざとですか?」


 椿さんが明後日の方を向いてげんなりする。


「間違ったかな?」

「大間違いです」

「正解はホバーパイルダーです」


 椿さんに続いて、ゼリアが横から回答てくれた。


「マジンガーにもZを付けなきゃ不正解です」

「厳しいな」

「はい。少年の憧れであるスーパーロボットに対し、いい加減な呼称は許されません」

「ああ、悪かった。マジンガーZのホバーパイルダーだ」

「そうです」

「操縦者は流竜馬ながれりょうまだったけな?」

兜甲児かぶとこうじです」


 二人同時に間違いを指摘される。俺はその後、日本の古いアニメに対する認識が甘すぎる件について、ヒアデス星団からの来訪者二人にたっぷりと説教されたのだった。

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