第7話 ツン強めのモフモフウマ耳娘をもふもふしました

 美少女とのキス。

 今まで経験したことがない、未知なる感覚。


 (な、なんだこれ…)


 柔らかい?

 暖かい?

 少し塗れている?


 頭がくらくらして、身動き1つ取れない。

 色々なことに対する知識はあれども、まだ早いと思っていた僕にとって、刺激が強すぎる体験。


 「ん…」

 

 永遠とも思える数秒が過ぎ、ライラは僕の唇から自分の唇を離した。

 その後、恥ずかしそうに視線を下に向け、ウマ耳を落ち着きなく触る。


 「こ、これでおあいこなんだからね…アタシだって初めてだったんだから、光栄に思いなさいよ…」

 



 というわけでー、




 「えええええええええええっ!?」


 僕と彼女のファーストキス体験は、あっさり終了した。



 ****



 「はい、これで終わり!」


 驚きの声を上げる僕を尻目に、彼女は落ちていたアイテムBOXや杖を拾い直して出発の準備を整えた。

 アイテムBOXから3ゴールドを取り出して僕に握らせる。


 「ポーションの代金も支払っておくわ。これでアタシとあなたの関係は完全にチャラよ」

 「ちょ、ちょっと待った!色々聞きたいことが…」

 「勘違いしないでよね。アタシは【ウマ耳族】のライラ・スカーレット。さっきもいったけど、あなたとキスしたのは【ウマ耳娘】の掟だから。命を助けてくれた人に感謝の挨拶を捧げる必要があるってだけ」

 「ってことは、君も【ウマ耳娘】?ここから遠く離れた草原に住むという…」

 「そうよ!何か文句ある?」

 「ひいいいい!ありません!」


 ライラの怒りに反応して、特徴的な耳がピンと屹立する。

 よく見ると、お尻の方から髪の色と同じ茶色の尻尾も伸びており、耳と同じくまっすぐになっていた。


 「分かればいいの。助けたくれたことには、感謝してるわ。じゃ、アタシバイブリーに用事があるから」


 ふん、と鼻を鳴らして去っていこうとするライラに対し、僕は反射的に彼女の肩を掴もうとした。


 …他意はないよ?

 ただ、『モンスターが近くにいるかもしれないから危ない』と伝えようとしただけだ。

 それだけなんだ。


 しかし、その手は彼女の肩を空振りし、驚く間もなくー、




 「あ」

 「ひゃああああん!?」


 彼女の尻尾の根元をわしづかみにした。




 …柔らかい。

 もふもふで、すべすべとしていて、それでしっとりとしている。


 「ちょっとこの変態!…離し…くううううんん!」


 いや、ちょっと待ってくれ。

 

 僕は変態じゃない。

 ただ昔飼っていた猫のことを思い出しただけだ。


 名前はアクタンと言って、丁度ライラのように茶色の毛並みをしていた。


 「この!【ウマ耳娘】が尻尾と耳が弱いのを知って…ちょ、耳まで触るのらめえええええええっ!」


 その子は尻尾も耳もとてもモフモフで、寝る前に毎日触って感触を楽しんでいた。


 あの時の感触と似ている。


 とても可愛がってたから、突然いなくなった時悲しかったなぁ。

 何度も探したっけ。


 「あ、だめ!根本をグニグニするの反則…緩急付けられると、力、抜けちゃう…」


 もちろん、匂いをスンスンするのも欠かしたことはない。


 「息吹きかけられるの嫌ぁ……ひうううううん!」


 懐かしいなあ。


 そう、これは変態行為じゃない。


 子供のころの記憶を巡る旅なんだ…

 まだ16歳だけど。


 「ううう…えぐっ…パパ、ママ。アタシ、もう【ウマ耳族】の里には帰れないよぉ…」


 ん?


 そういえば、何かを忘れている気がする。


 「そうだ!モンスターが他にいるかもしれないから危ないよ!」

 「ごめんなさい…もう、しませんから、許して…」

 「あ、あれ?」


 へなへなとライラは脱力し、こちらに寄りかかってきた。

 慌てて支えようとするがー、




 「ふんぎぎぎぎぎぎっ!」


 やっぱり重っ!

 そのまま自分も倒れこんでしまいそうになるが、なんとか踏ん張って彼女を支え、地面へと降ろす。


 何がこんなに重いんだ?

 ライラの全身を見渡してみるとー、




 脚に履いているブーツの下部に、U字型の金属が貼り付けられていた。

 鉄ではない黒色の輝きを放っており、随分と頑丈そうに見える。


 そういえば、【ウマ耳族】は【蹄鉄】という特殊な金属をはめたブーツを武器とし、脚を使った戦技で戦うと聞いたな。


 頑丈なモンスターの皮膚や岩をも砕く強力な戦技らしい。

 しかし、彼女はどう見ても【魔術師】エンチャンターだ。


 何か事情でもあるのだろうか。


 「ぐすん…」

 「えーと…立てる?」

 「無理に、決まってるでしょ…」 

 「じゃあ、一緒に行こう。どっこいしょっと」

 「え…何を、きゃっ!」


 とにかく、彼女を安全な所まで連れて行こう。

 いわゆる【お姫様抱っこ】という奴だ。


 「重く、ないの?」

 「君は軽いけどブーツがちょっとね。別に恩を売るつもりはないよ。ただ、経験値を稼ごうと思って」

 「良く分からないけど、もういいか…そういえば名前を聞いてなかったわね。なんていうの?」

 「ルデル・ハートだ。ルデルでいいよ」

 「いい名前ね」

 「どうも」

 「ルデル。ちょっとだけ、あなたに、歩みを任せるわ…」


 会話はしばし途絶え、彼女は借りてきた猫のように大人しくなる。


 「すー…すー…」


 眠りについた彼女を起こさないよう、ゆっくりと歩いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る