第6話 実績解除しつつ【ウマ耳族】の娘とキスをしました

 「あれがバイブリーの街か。大きいなぁ」


 城壁を備えたバイブリーにたどり着いたのは、レベル10を目前に控えた10日目の早朝だった。


 =====



 スキルシート(337日目)


 名前:ルデル・ハート

 種族:人間

 レベル:9

 クラス:【荷物持ち】ポーター

 ランク:D

 所属パーティ:なし

 称号:【勇気ある者】

 レベルアップに必要な経験値:78566/80000


 HP:800/800

 MP:50/50

 攻撃力:95+5

 防御力:98+5

 素早さ:98


 スキル:【神脚】~一歩歩くごとに経験値を獲得。歩いたり走ったりしても疲れにくい。

 戦技:【ソード・ストライク】

 武器:【ショートソード】【皮の鎧】



 =====

 

 【神脚】スキルによって各種ステータスが100に近づき、HPも800に到達している。

 ほんの10日前と比べて6~30倍ほど成長している計算だ。

 

 今なら、自信をもって冒険者を名乗れる。


 「この時間はまだ城門も空いていないし、最後のひとっ走りでもするかな」

 

 そう思って遠回りのルートに向けて1歩を踏み出した時ー、




 

 







 「【エアライド】!」


 少し離れた平原で、誰かの叫び声が聞こえた。



 ****



 声がした方に目を凝らすと、一人の冒険者が、緑色の宝石を埋め込んだ杖を携えてモンスターと戦っている。

 何かしらの戦技を使っているのか、空中を浮遊していた。


 風や空気の魔法を使う【魔術師】エンチャンターなのだろう。



 「くっ…誇り高き一族の血を引くこのアタシが、モンスターにやられるはずがないんだから!【ウィンド】!」


 【魔術師】エンチャンターは軽傷とは言えあちこちに傷を負っているが、まったく怯む様子はない。

 モンスターが繰り出す触手攻撃を紙一重で交わしながら、風魔法を放っている。


 だがー、



 「ヴジュルルルル…」

 「そんな…効いてない!」


 複数のスライムが突然変異で合体して巨体となった【コロニースライム】にはほとんど効果がないらしい。

 恐らく、【コロニースライム】の討伐推奨レベル10に到達していないからだ。

 推奨レベルを満たさない者の攻撃の効果は半減する。


 「くっ、一旦距離を取って…きゃあああ!?」


 やがて【コロニースライム】の触手による攻撃がクリーンヒットし、【魔術師】エンチャンターは空中へと落下し始める。


 このままでは、地面に叩きつけられてしまう。


 (討伐推奨レベルを満たしていないのは僕も同じ…だけど!)


 同じ冒険者として見捨てるわけにはいかない。


 「こっちだうすのろ!」


 声を出して【コロニースライム】の注意をそらし、大急ぎで駆け寄っていく。

 

 丁度登り始めた朝日に照らされた人物が、僕と同じ歳ぐらいの女の子であると分かった。


 風の【魔術師】エンチャンターであることを示す厚手のローブの上を着こんでいたが、切れ長の緋色の目、ふさふさとしたツインテール、高い身長、ほどよく筋肉の付いた瑞々しい肢体、大きな胸がはっきりと分かる。


 (間に合ってくれ!)


 決して長いとは言えない両腕を精一杯伸ばしー、




 その体をぎりぎりで受け止めた。


 「大丈夫ですか?って重っ!おっもっ!!!」


 何仕込んでるのこの人!?

 クソ重いんですけど!

 

 ステータスがだいぶ強化されたはずなのに腕がプルプルと震えたが、なんとかこらえた。



 **** 



 「う…」


 【魔術師】エンチャンターの少女は意識を失ったままである。

 かすかに開いた口から、八重歯が伸びているのが見える。


 まだ死んではいないようだ。


 「ヴジュウウウウウ…」


 もちろん、獲物を横取りされた【コロニースライム】は怒り心頭である。

 2人で生き残るためには、僕自身が討伐推奨レベル10にならなければならない。


 ただし、そのためには残り1300歩ほどが必要である。

 強敵の攻撃をかいくぐり、謎の重さを持つ少女を抱えながら。


 どうすれば逃げ延びられるかー、




 「実績解放条件【重さ100キロ以上の物体を持つ】を達成。新たな称号【重荷を持つ者】を獲得しました」

 「ん?」


 その時、【スキルシート】が新たな情報を告げる。


 「称号の獲得により、【神脚】に新たな効果が追加。獲得経験値が増加します」

 「マジで?」

 「マジです」 

 

 試しに、一歩歩いてみる。


 



 レベルアップに必要な経験値:78569/80000


 一気に、3も上がった。

 

レベルアップに必要な経験値:78572/80000


 また一歩。


  レベルアップに必要な経験値:78575/80000


 また一歩。


 レベルアップに必要な経験値:78579/80000


 少し腕の力を緩めて脚への負担を増やすと、4まで増える。


 


 これなら…行ける!


 「やーい!女の子に襲いかかる変態スライム野郎!悔しいなら追いついてみろ!」


 僕は今にも襲い掛からんとする【コロニースライム】に背を向け、まだ人気のないバイブリーの街へと全力で走る。


 【神脚】スキルにより、彼我の距離を着実に離しながら。


 「ヴジュルルルルルルッ!!!」

 「おっと危ない!」


 巨大なスライムが怒りの叫びを上げて触手を繰り出すが、これまで上げてきた素早さ98を駆使して紙一重でかわす。

 向こうも追いかけてくるが、通常の【スライム】より巨大なため、動きは緩慢である。


 「脚だけには…自信があるんでね!」


 1年間、【荷物持ち】ポーターとして底辺をさまよった経験。



 今なら、それも必要な経験であったと自信を持って言える。

 


 **** 



 「経験値が上限に達しました。レベルが10にアップします」


 【スキルシート】からの報告を聞き、僕は歩みを止めた。

 彼女を降ろした後、【ショートソード】を抜いて【コロニースライム】と対峙した。


 「待たせたな!」


 そしてー、



 今度は逆向きに走り出す。 

 【コロニースライム】のコア目掛けて一直線に。

 一歩ずつ。


 「ヴジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」


 怒り心頭のスライムが触手を10本出し、僕を捕らえんとした。


 「はあっ!」


 一本切り捨てる。


 また一本。


 次は2本同時に。


 推奨レベルを達成した今、【コロニースライム】に僕を止める手段はない。 


 ぶよぶよとした胴体の中央に収まるコアまで、あと少し。


 「…ヴジュルルルルッ!」


 その時、【コロニースライム】は10体に分裂した。


 飽きるほど読んだ【冒険者の手引き】で見たことがある。

 コロニー群体、つまり群体である彼らは、危機を感じたとき【分裂】を発動できると。


 「【ストリーク・ストライク】!!!」


 だから、僕は新たに覚えた戦技を発動した。


 全身に力がみなぎり、同時に襲いかかる10体分のスライムが止まって見える。


 「【運び屋】ポーター根性を…」


 あとは、瞬時にコアを貫くだけ。




 「なめるなあああああっ!」


 一瞬の静寂の後ー、



 

 10体のスライムが、ほぼ同じタイミングで弾けた。



 **** 



 「大丈夫ですか?」

 「…あ」


 戦いが終わった後、気を失っていた少女にポーションを与える。

 体力が回復したのか目を覚ますが、驚きで目を見開いた。


 「…あ、あなた誰よ!?」

 「駆け出しの冒険者です。あなたと一緒です」

 「モンスターは…」

 「倒しました。あなたと協力して」

 「協力?」 

 「あー、ちょっと説明が難しいんですけど、間違いなく協力プレイってやつです」

 「ふ、ふん。もうちょっとでアタシ一人で倒せたのに。でも、ありがとう…」


 あまりご機嫌ではないらしい。

 ま、見ず知らずの他人同士だからな。


 「とにかく、一緒にバイブリーの街まで行きましょう。そこまで行けば安心なはずです」

 「…与えられた恩はちゃんと返すのが、誇り高き【ウマ耳族】の掟」

 「え?」

 「じっとしてて」


 彼女は立ち上がり、僕の肩に両手をかける。

 …ずっしりと重い。

 

 「アタシはライラ。ライラ・スカーレットって言うの。草原で生きる【ウマ耳族】の出身」


 平原に一陣の風が吹き、彼女の頭を覆っていたローブがはらりと落ちる。






 ぴょこり。

 長い耳が、姿を現した。


 「こ、これはその…【ウマ耳族】に伝わる感謝の儀式だから。勘違いしちゃダメなんだからね」

 「それってどういう…」

 

 瞳と同じぐらい頬を赤く染めたライラはー、 






 僕の唇に、自分の柔らかい唇をそっと重ねた。



 




 


 



 



 

 

 

 


 



 

 

 


 


 

 


 

 


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る