明日、地上1mの貧乏人は埋まります
ちびまるフォイ
てんさいが とても りかいできないほど すくいのない状況
ドアを開けようとしたがびくともしない。
ついに壊れたかと、今度は窓から外に出ようとする。
「……こんなに地面近かったっけ?」
窓を開けるとすでに地面が高めの段差になっていた。
1階だとはいえ、窓よりも地面のほうが高いなんておかしい。
それよりも早く会社にと疑問を考えないようにし、駐輪所へ向かう。
駐輪所で止めていた自転車は地面に埋まっていた。
かろうじてコンクリの表面にハンドルだけが見えていた。
「な、なにが起きてる!?」
電車も線路が地面に飲み込まれたことで運行不能。
新しい地殻変動かなにかかと思ったが原因はわからないまま。
『ひとつわかることは、地上から1mが地面に飲まれたということだけです』
テレビに映る専門家はそれだけ言った。
ドリルや工具で必死に地面を掘る人もいたがすべて効果はなかった。
失われた地上1mを取り戻すことはできない。
「明日自転車買わないと……」
そのときはせいぜいその程度の危機感しか持っていなかった。
翌日に地上2mまでが地面に埋まると知るまでは。
目が覚めると、体は地面の上に寝ていた。
昨日まで寝ていたはずのベッドは地面に飲み込まれてコンクリの上で横たわっていた。
「また地面がせりあがってる!?」
もしもベッドではなく敷布団だったら、寝ている間に地面に飲まれていただろう。
昨日に続きふたたび地面が持ち上がってそれまで地上2mまでにあったあらゆるものを飲み込んでいた。
外に出ると、住宅街の1階がほぼ埋まっていて地面から電柱が生えている。
「このままじゃまずい、明日には地面に飲まれてしまう!」
昨日でまた地上2mが飲まれたということは、
明日には地上3mまで。翌々日には4mとどんどん高くなっていく。
慌てて近くのビジネスホテルへと向かった。
フロントロビーはすでに地中の中。
2階の窓から侵入して上層階の部屋を目指す。
地上から高さがあれば飲まれることはない。
しかしどの部屋もいっぱいになっていた。
「くそ! どいつもこいつも自分だけ助かろうとしやがって!」
いっそ屋上で生活することも覚悟したが屋根がないのは辛い。
そのとき、ホテルの窓からはさらに高い高級ホテルが目に入った。
「あっちならまだ空いてるかもしれない……!」
より値段的にも高度的にも高いビルへと向かう。
受付は地中だが、仮設で2階に受付が用意されていた。
「このホテルの最上階に泊めてください」
「このホテルでは年収が一定額満たないお客様はお断りしています」
「はぁ!? なんで!?」
「部屋数は限られています。地中に飲まれるべきでない人間は限られる。
生き残るのであれば影響力のあるお金持ちを優先するのは当然でしょう」
「君は私が貧乏人に見えるのかね」
「はい、失礼ながら」
「ではこのアタッシュケースを見せよう。
私がそうでないことがわかるはずだ。もっと近くに寄って」
フロントマンが近づいたとき、アタッシュケースを振り上げてアゴを殴りあげた。
のびているフロントマンを突破して高層ビルの最上階へ。
最上階にはまだ1部屋空きがあった。
「た、助かったぁ……」
一部屋に3人も4人も詰め込めばもっと救われるかもしれないが、
わけわからない他人との共同生活なんて最後には殺し合いになりそうだ。
窓の外ではアリのように小さな人間たちがせりあがった地面の上で右往左往している。
「ひとまずはこれで安全だな」
地上が1m上昇しようが10日経って10m上昇しようが無縁の世界。
最初に感じた危機感はどこへやらでスイートルームでの悠々自適な暮らしを続けていた。
ある日、部屋の外が騒がしくなっていた。
「いったいなんの騒ぎです?」
「地上をのさばる下民共が、このホテルに乗り込もうとしてるんだ!」
「なんだって!?」
「低所得のくせに命だけは救われようとしているんだ。
このままでは金持ちへのやっかみで私達もどうなるか……」
上層階へ人がたくさん入れば今の生活は失われる。
正直、自分以外はどうなろうと知ったこっちゃなかった。
俺はレバーを引くと、階段から上がる廊下の間に防火扉が降りてきた。
「あなたは何をしてるんですか」
「これでこの階に登ることはできません。
貧乏人共に自分たちの生活圏を侵害されていいんですか?」
「そ、そうだ……そうだよ! 下民は地面に飲まれればいい!」
最上階は難攻不落の砦となった。
そんな日々も長くは続かず、ついに高層ビルでさえ地面に追いつかれるようになった。
「下の階はもう地面に飲まれたらしい……」
「それじゃ明日1mあがったらここも……」
「もう終わりだ……」
この場所より高い建物はもはや存在しない。
窓から外へ出ると一面のコンクリートだけが広がっていた。
ふと、見ると地面に細長い四角形の穴が開いているのが見えた。
「誰かが掘ったのか? いやでもこの地面は壊せないし……」
覗いてみると、最下層には土が見えた。
この四角い穴だけはどういうわけかせり上がる地面に飲まれていない箇所だった。
「このまま高い場所で逃げるように暮らしてもいつか終わりがくる。だったらこっちの安全圏のほうがいい!」
両手と両足をめいっぱい伸ばして穴をゆっくりと降りていく。
最下層にたどり着いて見上げると、四角い空から陽の光が入っていた。
「こんな安全圏があるなんて思わなかった。まったく俺はついてるぜ!」
きっと融通のきかない金持ちどもは高い場所で右往左往しているに違いない。
そのまま地面においやられて空気が薄くなるほど上にあがるといい。
一方で俺はこの穴の中で地面に飲まれることもなく自由に暮らせる。
「ふふふ。やっぱり俺は勝ち組だな」
もう一度、穴から見上げると太陽の光がなにかに遮られていた。
目を凝らしてみると四角形の細長い棒が穴を塞ぐようにゆっくり空から降りてくる。
「おいおいおい!? ウソだろ!?」
穴から脱出しようと壁面に手をついて上がろうとしてもすでに遅かった。
穴の入り口に細長い棒が入り込み、ズリズリと地面に向かってその体をねじこんでいる。
細長い棒で穴に入る光が塞がれてどんどん真っ暗になっていく。
「こんなはずじゃ……」
地面の人間を押しつぶし、細長い棒はぴったりと地面に収まった。
細長い棒が穴をすべて塞いだとき、地上を埋めていたすべての地面が消えた。
地面に埋まっていた人が解放されると、
今度は空から金持ちが急速落下して地面に赤い花を咲かせた。
明日、地上1mの貧乏人は埋まります ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます