5/7 走って、飛んで、春。
まさか、気が利かないなんて、そんなことないよ!
と、自分に言い聞かせていたつもりだけど、結局、そのことばかり考えながら、一日が終わろうとしていた。
「ああ、お前は気が利かないんだろう。だから俺がここにきたと考えられるしな」
文兎くんは当然のように私の部屋にいる。
「いつ入って来てんの?」
「普通にお前について行ってるだけだ。ほんとに、鈍感だな」
「ぐっ」
その言葉、今の私には重すぎる。
「ふん、ところでだ、情報は集まったか?」
「あー、それね。特に何も。はあ」
「どうした。ため息なんてついて。お前らしくないな」
「うわ、文兎くん、そう言うの直ぐに気がつくんだ」
「気がつかないのはお前くらいだろう」
「やっぱ、そうなのかなぁ」
文兎くんすらため息に気がついている。なんということだろう。なんとか、直さなくては。
「でもまあ、そう言うことに気がつかないのは、お前らしさでもあるからな」
なんて言いながら笑ってるけど、全然納得できない。
「まあいいや。文兎くんは何か手がかりは見つけたの?」
「もちろんだ。そもそも、お前にはあまり期待はしてなかったからな」
「そっかぁ」
「なんだ、調子が狂うな。まあいい。わかった情報を教えてやる。どうやら、音羽は誰かに言い寄られているようだ」
「え、音羽ちゃんやるじゃん。でも、なんで分かったの?」
そうか、でも、なんでため息なんかつくんだろうか。
「さっきまで俺は音羽を尾行していた。まあ、尾行とは言っても、姿を消せるから気づかれる心配はもともと無いんだけどな」
「ちょっと、変なことしてんじゃない!」
「鈍感女は少し黙っててくれ。でだ、音羽は帰り道に公園に寄って、手紙を取り出して読んでいた。俺はその手紙を一緒になって読んだんだが、それはそれは甘酸っぱい恋文だったぞ」
甘酸っぱい恋文だと! もらったことない!
「へ、へー。そうなんだ。やったじゃん、音羽ちゃん。けど、なんでそれでため息をついてるんだろう?」
「なぜため息なのかは分からんが、もう一つ教えておいてやると、明後日の放課後、その公園で手紙の男が待っていると書いてあったな」
なんと! じゃあ、音羽ちゃんはそのことを考えて不安になっているんだろう。
「なるほど。じゃあ、私は音羽ちゃんの恋のキューピットになればいいんだね!」
「ああそうだ。お前が相談役となって、音羽の信頼を得る。そして、ファンタジークレイも固体化させるんだ」
文兎くんの奴め。恋文なんて古臭い言い方するから、私だってキューピットなんてわざとらしい言い回しをしたのに、スルーしやがった。何が相談役だよ。
まあ、それにしたって、音羽ちゃんの不安の種がわかったからよしとしよう。
「音羽ちゃんのために頑張るぞ!」
そして翌日、私は下駄箱を開けると、そこには怪しげな手紙が入っていた。その場で開けると、あなたを好きですと、不器用そうな文字で書かれていた。
「恋文だな」
文兎くんのささやくような声が聞こえた。うっそ。私、それどころじゃ無いんだけど。
意外にも、気持ちが動くことなく、手紙は丁寧に鞄にしまった。
教室には、いつもと変わらぬ様子の音羽ちゃんがいる。
いや、まてまて、よく見るんだ、灰谷紅奈。なんだか、髪を表面を包み込んでいるキューティクルの様子が違うじゃないか。お手入れが、そう、お手入れの質が高くなっている。
「おはよう音羽ちゃん! あれ? シャンプー変えた?」
「え、どうして?」
「めちゃくちゃ髪がつやつやしてるからさ」
これは、ポイントが高いんじゃないか? 些細な変化に気がつくのは、信頼を生み出す! 気がする。
「うん。そうなんだ」
「でしょでしょ! 分っちゃうんだよね〜! 今日見てすぐ分っちゃったもん」
「あはは、そうなんだ」
うん、音羽ちゃん喜んでる。ファンタジークレイの様子は変わっていない。
そんなふうにしていると、夏帆ちゃんも話に加わって来た。
「二人ともおはよう。なに盛り上がってんの? 混ぜてよ」
どうやら、昨日の私の話を聞いて、音羽ちゃんのことを気にかけてくれているようだ。
「おはよ! 夏帆ちゃん。いや、実はさ、音羽ちゃんがシャンプー変えてみたいでさ……」
「あ、だよね。私も思ってたんだよね。一昨日くらいからだっけ? なんか匂いもいい感じでいいよね」
ん? 今、なんと?
「そうだね。あ、そういえば、今日の一時間目ってなんの授業だっけ?」
音羽ちゃんがあからさまに話を逸らしている。これは、やっちまっているらしいな。
一昨日から、シャンプー変えてたんだね……。
ちらりと夏帆ちゃんを見るが、状況をすぐに察したらしい。晴れて私たちは、誰も興味がない一時間目の国語授業の話で朝の時間を終わらせてしまった。
昼休み、音羽ちゃんのいる図書室に向かう。が、扉の前には三人の男子が集まっていた。
なにかささやくように喋っている。盗み聞きをするつもりはなかったが、話の内容が耳に入って来た。
「おい、どうなんだよ。あの子は」
「どうだろうな。よく分かんないけど、昨日は公園に来てたぞ。多分、明日も来るだろ。ウケるな」
「はは。俺はすでに負けてるからいいとして、お前はどうしたんだよ」
「俺? 俺も今朝仕込んだよ。今時、手紙なんてって思うけど、それがツボ、なんだろうな」
ケタケタと男たちが笑っている。ったく、邪魔なんだよな。
「通りまーす」
私は怯むことなく図書室の扉に向かった。
男子たちは白々しく捌けていく。
音羽ちゃんは図書室の一番目につく場所で分厚い本を読んでいた。けど、難しい本じゃなくて、私でも名前だけは聞いたことがある海外のファンタジーだ。
「紅奈ちゃんだ。珍しいね、ここに来るなんて」
「そうなんだよ。実はさ、音羽ちゃんに相談があってさ。聞いてもらっちゃってもいい?」
音羽ちゃんは怪訝な表情で私を見ている。やばい、何か感づかれたか?
と思ったが、その後すぐに周りを見渡して一言。
「全然いいよ。ただ、場所変えようか」
静かな図書室に、私たちの声だけが響いていた。
音羽ちゃんについて行き、職員室がある二階の廊下に設置されている椅子に二人で座り込んだ。
「相談なんだけどね……」
私の作戦はズバリこうだ。私がの恋の相談をする。そうして、音羽ちゃんの恋文の件を聞き出し、いつの間にか私が相談を聞く役に回る。と言うわけだ。
「実はさ、気になってる人がいてね、声をかけようかどうか迷ってるんだよね」
「うーん、そうなんだね」
音羽ちゃんが俯く。じっと何かを考えているみたい。
言葉を待っていると、音羽ちゃんが喋り出す。
「どうなんだろう。その人は紅奈ちゃんのこと知ってるの?」
ほわー。そこまで考えてないんだよな。まあ、適当に適当に。
「いや、知らないと思う。私の一目惚れって感じかな」
「ねえ、一目惚れって、どんな感じ? それって、誠実?」
え、っと……、実際私、一目惚れとかしなことないんだよな。
「うーん、そうだね。誠実っていうか、運命って感じ?」
「運命、かぁ。でも、実際は顔だけじゃないの?」
「いや、全体の雰囲気とか。そりゃあもう、一目惚れした人にしか分からないんだよ。ビビッと電流が流れる感じ!」
と、どこかで聞いたことがあるような、ありきたりな一目惚れ像を話す。
終始曇っていた音羽ちゃんの表情が和らいだ。
「それって、すごいよね。いいじゃん。運命」
「音羽ちゃんは一目惚れとかしないタイプ?」
「したことはないかな」
「そっかぁ」
やばい、そもそも悩んでないから、話が続かないな。
どうしようかと悩んでいると、音羽ちゃんから口を開いた。
「実は、私も聞いてほしいことがあるんだけど、いい?」
「もちろん、どうしたの?」
「実はね、私に一目惚れしたって人から、お手紙を貰っててね……」
来た来た来た。これ、このお話を待ってたの。あとは、音羽ちゃんの不安が無くなるように、背中を押すだけ。私がついてるからと、安心させてあげなくちゃね。
ファンタジークレイは着実にその粘度を高めていた。
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