第二話 走って、飛んで、春。

1/7 走って、飛んで、春。

 文兎くんの手には、透明な液体が入ったビニールが吊り下げられている。ちょうど、夏祭りの金魚すくいで獲った金魚を入れる袋に似ている。

「お前が勉学に励んでいる間に、試験官に渡されたものだ。これは、感情に反応する粘土ってやつなんだ」

「粘土? 見えないけど」

「そうだな。基本的には、粘土状態であることが多いんだ。これは、そこにいる人間の信頼度によって固形化していく」

「つまりどう言うこと?」

「完全に液体化しているところを見ると、俺もお前も、あまり信用しあってないってことだな」

「当然でしょ! 今朝のこと、忘れてないから」

「全く、バカの割に記憶力はいいんだな。それでだ、今回の試練は、ファンタジークレイの固体化だ。これはな、お前が俺を敬えばいいだけだ。期待してるぞ」

「却下します」

「な!」

 はぁ、このマセガキはなんの根拠があって私にそんなことを頼んでいるのか。全く、ケーキのワンホールくらいじゃ足らないくらいだよ。

「もちろん、無料、とは言わないぞ。ほら、これを見たまえ」

 マセガキがうちの冷蔵庫を開けると、そこには一つ、ホールのケーキがあった。

「こ、これは一体?」

「ああ、お前への報酬だ。受け取れ」

 これは、畜生、嬉しい。けど、たったワンホールのケーキ如きで従うかっての。

 マセガキの手にあるファンタジークレイを見てみると、良かった。透明な液体のままだ。

 ほっとした私の表情を、マセガキは見たのちに、今度は冷凍庫を開けた。

「ただな、普通のケーキは日持ちしないだろ。だからアイスケーキってやつも買っておいた。これで長ければ一週間くらいはケーキを楽しめるんじゃないか?」

「はう!」

 二段構え、なんと隙のない男の子なんだろう。

「ふ、ふーん。ありがとね。でも、それくらいじゃ信頼できないな。手伝ってあげる気にはなれるんだけどね」

 マセガキは乾いた声で笑った。

「ははは、当然だ。これくらいのプレゼントでファンタジークレイが固形になってしまったら、ただのバカだよ。まあ、お前な素直なバカだから、すでにこうなってるけどな」

 わかってる。それは嫌になる程私の視界にも入っているから。

 すでに、ファンタジークレイやらは、名前の通り粘土状になっていた。私、単純すぎないか?

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