5/6 新しい朝が来た!
※※※
灰谷のやつ、走るのが早いな。
「おい、ちょっと待て」
俺が言っても、届いてないみたいだ。そしてとんでもない速さで四階まで駆け上がり、教室に飛び込んだ。にしても、早い。
「だめだ。全然見つからない」
周りが騒ぐ様子にも全く気がつかず、窓の外を凝視している。
「おい、本当に見つかると思ってるのか?」
優しい俺は灰谷紅奈に教えてやった。まず、見つかるはずがない。
「見つけるの」
駄々をこねる子供のようだ。全くくだらない。
「そもそもな、死のうととしているものの定めを変えようなんておこがましいんだよ。それにお前にはな、〝問題なく一日を終える〟って試練があるんだ。さあ、教室に向かうぞ」
灰谷は黙り込む。嫌な静けさだ。
※※※
「ふざけないでよ!」
思わず大声を出した。文兎くんはそんな私をじっと見ている。
「人が死ぬって分かってて、それを放置したまま、〝問題なく一日を終える〟って、そんなの不可能でしょ!」
とにかく、窓からは見つけられない事は重々承知した。後は外に出て直接探すしかない。教室を眺めると、教卓にメガホンが置いてある。このクラスの担任は体育教師なのだろうか。まあ、今はそんな事どうでもいい。
「ごめんなさい。借ります。誰か後で伝えておいてください。人助けに使いますって!」
「お、おっけー」
何人かの先輩たちがそう返事をするのが聞こえた。
※※※
灰谷がメガホン片手に学校を出て、息つく間もなく、こんなことを言い出す。
「ちょっと、自転車貸してください!」
遅刻確定の男にそんな提案をしていた。男はとても迷惑そうに見える。なのに、少ししてからこう返事をしたのだ。
「ああ、いいよ。ちゃんと返せよ」
やはり、遅刻をするような人間は、ものの貸し借りの管理がいい加減だったりするのだろうか。
おそらく、二人は面識がない。なのに、そんな相手に物を貸すだろうか。ましてや、自転車。そんな大事なものを。
「ありがと!」
灰谷は自転車に乗るが、椅子が高くてうまく乗れていない。すると、自転車の持ち主がすぐに椅子を低くした。
「なんかよくわからないけど、急いでるんだろ。ほら行ってこいよ」
学校のチャイムが鳴った。ああ、遅刻確定だ。最悪のスタートだ。思わず唇の裏を噛んでしまう。
「あと、御免なさい。この子を預かっててもらっていいですか?」
「お、おう。任せてくれ。とにかく急ぎなよ!」
「じゃ、ありがと!」
灰谷は猛スピードで消えて行った。あいつ、勝手に俺を知らない男に預けやがって。
「君、名前はなんて言うの?」
男は背が高く、肩もしっかりとしていた。変に逆らうのはやめたほうがよさそうだ。石の力がない今は。
「あの、文兎っていいます」
「俺は佐野冬弥[さのとうや]って言うんだ。よろしくな」
その名前は頭の中を過ぎて行った。それよりも俺は重要な違和感を感じていた。
それは生のにおいなくなった事だ。そして気がつく。灰谷は、物凄い強い生の匂いも持っていると言うことに。
※※※
メガホンで覚えている限りの車の特徴を叫びながら、自転車を疾走させる。
たまに目撃情報をくれる人がいて、感謝しながら進み続けた。
そして一時間もしないうちに、その車にたどり着くことができた。なんの変哲もない駐車場にいた。
運転席には誰もいない。後ろの席はカーテンが閉められ、中が見えなかった。とにかく窓を叩いた。割れてもいい。
「お姉さん! お姉さん!」
焦る私の感情とは裏腹に、後ろの席のカーテンが開き、すごく普通なさっきのお姉さんが顔を出した。
ゆっくりと窓が開く。
「あら、さっきの娘じゃない。学校はどうしたの?」
拍子抜けするほど、普通なすがた。コレから死のうとするなんて考えづらい。もしかして、文兎くんが私の騙したのか?
なんて思っていたけど、お姉さんの奥に不自然な黒い塊があった。
きっと私があからさまに息を飲んだからだろう。お姉さんはそれに気がついた。
「あら、もしかして気がついてたの?」
お姉さんが笑っていう。違う、私は今でも気がついていないんだ。
「でもね、そういうものなの。信じられないかもしれないけどね。私はこの気持ちをあなたに説明する気はないし、変える気もないんだ。あなたには落ち込んで欲しくないんだけどね」
「えっと……」
言葉が出てこない。一つ気がついた事は、この人は、もう死ぬから優しいんだということ。
「私、もっと遠くに行くから。じゃあね、また会いましょう」
黙り込む私をよそにそう言って窓を閉めようとする。
けど、また会いましょうなんて、そんな嘘、聞きたくもなかった。よく考えれば、このお姉さんはわがままだ。
これから死ぬのなら私を車に乗せたりするなよ!
それに、文兎くんの言ってた通り、わざわざ目に見える場所にあんな真っ黒な塊を置いて、なんだか自分勝手だ。
そう思うと、今まで悲しい気持ちが怒りに向かって行った。締まりかける窓にメガホンをぶち込む。
音量を最大にして、私は言ってやった。
「じゃあ、明日も迎えにきてください! 明後日も! 返事は聞きません。私、待ってますから」
お姉さんはギョッとしてる。そのままメガホンを車内に放り込んで、私は逃げるように自転車を漕いだ。
私も充分に自分勝手だと気が付きながら。
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