3/6 新しい朝が来た!
「ではさっさと終わらせてしまおうか。背中に乗れ」
この子は何を言ってるんだろう?
「ちょっと、私、十六歳よ?」
「いいから乗れ。遅刻するぞ?」
背中に乗ったって遅刻するだろ。私は構わず自転車に乗る。
「おい、待て待て。わかった。軽く説明してやるからまずは聞け」
「なんなの? こっちはマジで急いでるんだけど!」
銀髪は悠然と歩いてくる。人差し指をまっすぐ立てて、子供博士みたいなポーズをし出した。上半身は裸だし、ずいぶんやばい子だ。
「まず自己紹介だ。私は大天使候補生の文兎[ふみと]だ」
やばい。ずいぶんと手に負えないやつだ。体が震えてくる。相手は子供なのに、平気で天使だとか言い出されると、怖い。上半身裸だし。
「ふん、大天使の名に畏敬の念を抱いてしまうのも無理はない。けど心配するな。まだ候補だ。どうすれば俺が大天使になれるのか。それはママ上から与えられた試練をクリアすることだ。その試練とは、天使としてお前を立派な人間にする。たったこれだけ」
やば、ほとんど聞いてなかった。人の家に勝手に侵入してあれやこれや私の知らない話をしているのって、怖すぎるよ。
「と言うことだ。そんなわけでお前を初日から遅刻、なんてことにさせるわけにはいかない。乗れ」
「いや、全然意味わからないんだけど。あっま変なことばっか言ってないでお母さんのところに帰りな。文兎くん」
「帰ってしまえば試験失格。そんなことするわけないだろう。それよりお前、俺を信用してないな。よし、じゃあ見せてやるから待ってろ」
銀髪の目つきが変わる。空気が張り詰めた。真っ黒な瞳に紅い光がさし、銀色の毛先が下からの風を受けてふんわりと浮き上がる。
そして、あろうことか、その風で男の子は空に浮かんだ。
わずかだけど確かに、地面から足が離れている。なんの冗談だろう? 何かのドッキリか、いやそんなはずない。確かに、男の子は浮いているの。
ドン、音を立てて地面に足をつけた。風が止み瞳の光が消えた。
「文兎くん、本当に天使なの?」
「ああ、そうだ。そうなんだけど……、 あれ?」
私はこの銀髪のお望みどおり、天使であることを半分くらい認めた。それと同時に、遅刻せずに済むと言う安心感に包まれる。ああ、神様、天使をありがとう。
だけど、雲行きが怪しい。なんかこう、文兎くんはとても曇った表情をしてる。遅刻、大丈夫なんだよね?
「あっ!」
とても取り乱した様子。あまり大きい声だから近所の人がドアをちょっとだけ開けて見てるじゃん。
私は軽く会釈する。
「ない! 石がない!」
「石って、あの赤い宝石?」
「ああ、あれがないと、俺は飛べない」
あの宝石にそんな力があるとは到底思えないが、文兎くんがこれだけ焦っているんだ。
私は一つ心配なことを聞く。
「それって、結局遅刻するってこと?」
文兎くんは苦虫を噛んだような表情になった。
「そんな事はさせない。今日与えられた試練は、〝問題なく一日を終える〟なんだよ」
ふーん。とりあえず、利害は一致していそうだ。
家の中をひっくり返さずとも、宝石は見つかった。しかし、それをネックレスにはめた所で、空を飛ぶ事はできなかった。
「あー、やっぱりダメだ。見た目だけ直しても、ちゃんと繋がってない。とりあえず別の方法で学校に向かうしかないな」
「どんなすごい方法なの!」
「は? まあ見ておけ。外に出るぞ」
文兎くんが家を出る。私はついて行くだけだ。はぁ、早く見せてくれ。その魔法ってやつを。
学校までは自転車で急げば三十分かからないくらいで、雨の日なんかはバスで行くんだけど、そうすると、自転車以上に早い時間に家を出ることになる。
バスの本数が少ない上に、いろんな駅を経由するからだ
バスが最短距離で学校に行くなら間に合うが、そんな都合のいい事はないんだ。
だから、私たちがやってるヒッチハイクは、確かに間に合う可能性がある。
「魔法は?」
「俺たちは、石がなければ何もできん」
「なんだよ。とりあえずこれ着て。その裸じゃ誰も止まらないよ」
うなだれながらも、ブレザーを着せた。もう、遅刻でいいのに。
「遅刻でいいのに、なんて考えるなよ。もし考えてるならそんな暇はない。笑顔で腕を差し出せ。俺のようにな」
文兎くんは、惚れ惚れする笑顔で腕を突き出している。
私も真似してするが、文兎くんの笑顔に敵う自信がなく、自己肯定感が失われて行くのを感じた。ただでさえ遅刻なのに。
そして、始めてから一分経たずで目の前に車が停まる。
「僕たち、どうしたのこんな所で?」
車からは、とても綺麗なお姉さんが顔を覗かせた。
「あの、僕たち凄い困ってて」
え、可愛いっ! いや、なんだこいつ。文兎くんの本気ってやつだろうか。子供らしい可愛さが溢れ出している。
この子、信用できないな。
「そうなの。かわいそうね。もう、どこまで行きたいの? お嬢ちゃん、行き先を教えて。私、結構時間あるから、どこまででも連れていけるの」
お姉さんが私に聞く。なんか、このお姉さんも文兎に負けず劣らず美しいな。
私は思わず笑ってしまう。なんて、なんでちょろいんだ。
車で直接行けば三分くらいの余裕はできる。これは、母の仕事が休みで且つ私が遅刻しそうな時に検証済みなのだ。
「ありがとうございます! ここの近くの、西月宮高校です」
「あそこか。分かったよ。訳は聞かないであげる」
はー、まじで人生こんな簡単に物事が進んでいいのだろうか。いや、いいのだろう。私、悪いこととか全然してこなかったし。
車はゆっくりと走り出す。車内には音楽が流れていた。寂れたギターの音。これは確か、Stairway to Heavenだったかな。母がよく聞いてる曲だ。
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