第4話 金髪と父親
ロゼットネビュラ専属執事、トール。
仕事に没頭し、中々別荘に顔を出さないご主人様、お嬢様に腹を立てながらも帰ってきてくれて嬉しい。しかし中々素直になれない。
それが俺に課せられた、コンセプトらしい。
「はぁ……」
「しお、じゃなかった。トール、ため息」
いつになく低い真澄の声に曲がってた背が伸びる。
顔を上げるとやはり違和感。金髪というチャラついた執事に嫌悪感を覚える。
「真澄……お前金髪に憧れてたのか……?」
「まさか。店長の趣味だよ」
先程の注意を反芻するようにため息を零す真澄。成程、彼女も苦労しているのか。
「つーか、お前は何で男装喫茶で」
「それより注文の仕方は覚えた? あと給仕と、お客さんの喋りかたとか!」
「お、おう……」
懸念を浮かべ、詰め寄る真澄にホッとする。外見が変わっても、やはり真澄は真澄だ。
「すみませーん」
「あ、じゃあ行ってくるね」
お客さんの声を聞き、ひらひらと手を振る真澄。何だか心配になってきた。
真澄は学園の王子様だとはやし立てられているが、それは所詮外見の話。
本当の真澄は小心者で、恥ずかしがり屋。そんな子がなぜ、ここで働いているのか。俺にはちっとも理解できない。
「トールくん、しっかり見ておきなさい。真澄ちゃん改めレイくんの働きっぶりを」
「は、はぁ……」
事務所から出てきた弥生さんは俺の頭を軽く気叩き、やけに自信満々に語っていた。
正直俺は弥生さんの言葉を半分も聞いておらず、真澄の心配をしていた。
しかしそれは杞憂に終わる。
アイロンでもかけたのか、これ以上にないほど背筋を伸ばした真澄は外面の良い笑顔でテーブルの前に立った。
「およびですか、お嬢様方」
「あ、えっと……このパンケーキを一つ、お願いします……」
「わ、私はパフェ!」
「かしこまりました、お嬢様。只今ご準して参りますので、暫くお待ちくださいね?」
「「は、はいっ!」」
まだスイーツは出ていないのに、甘い空気を感じる。
強く目をこする。あそこにだけ、少女漫画チックな背景が見えた。
まさに、王子様。俺の口は開いたまま塞がらなくなった。
「どう? あれがレイくんよ?」
「す、凄いですね……なんか、真澄じゃないみたい……」
俺の知ってる真澄はいつも何かに脅えていた。
手を伸ばしても手に入らないその身長も猫背で過ごし、俺の背中に隠れたら最後、離れない。
けれどそれは小さい頃の話だった。
今の真澄はもう、背筋なんか曲げない。俺の小さな背なんか必要ないことを、寂しく思う。
嫁入り前の父親って、こんな気持ちなのかな。まさか彼女が出来る前に、父親の気持ちが分かるとは。
「弥生さん、オーダー……紫音? どうしたの?」
「へっ⁉」
顔を覗き込む美形に心臓が跳ね上がった。
ち、畜生。相手が真澄と、女と分かっていても見惚れる程かっこいいな……。
「はいはい、オーダーね。いやぁ、さっすがレイくんね! この調子で夜の部も入ってよー!」
先程説明を軽く受けたが、この店には昼の部と夜の部があるらしい。
昼の部はあくまで喫茶店。男装執事というコンセプトを加えただけの健全(?)なカフェらしい。
一方の夜の部は喫茶店ではなくバー。お酒が出る。あと普通のメイド喫茶では昼夜問わずやっているチェキなどのサービスも行っているらしい。
「む、無理ですっ! 一緒に写真とか、壁ドンとか恥ずかしいですっ!」
まさかのお誘いに、顔を赤らめる真澄は両手を突き出し強く振る。ああ、安心する。やはり真澄は真澄だ。
「ええー。絶対売れるのにぃ」
ふてくされる弥生さん。真澄は更に強く手を振った。
「無理ですって! 第一私お酒飲めませんし!」
「未成年の大学生も働いてるよ?」
「だ、第一高校生の労働って十時までですよね⁉」
「それでいいよん。お昼路線の真澄ちゃんは完璧執事だけど、夜は照れ屋な執事がいいわね。おねーさんにたんまり貢いで貰えそうだわ!」
垂涎。完全に目の真ん中にお金が映っている。やはりこの人は悪い大人だ。
「弥生さん、真澄が困ってます」
「あらあらぁ、冗談よ! そんな怖い顔しないで、トールくん! 接客は笑顔よ⁉」
「……はぁ」
とても冗談には思えなかったが。
弥生さんは俺の頬を摘まみ、無理やり上げさせた。俺ってツンデレじゃないのか? ツンデレって、笑うのか?
数時間前からは想像も出来ない疑問を抱くと、入り口のベルが鳴った。
「さぁさ、トールくん。お客様よ? しっかりと、お給仕してね?」
ぱっちりとウインクして見せた弥生さんは楽観的に俺を見送る。
対して真澄は顔面蒼白で、口を動かした。
「し、紫音……! が、頑張って……!」
「おう。頑張るよ」
自分より焦ってる人間がいると、かえって落ち着く。真澄のお陰で俺は思いのほか冷静に動き出せた。
履きなれないローファーを鳴らし、戸に近づく。
ワンピース型の制服に白いリボン。透き通る青髪のサイドテール。緊張しているのか、俺よりも背の低そうな女子高生は伏し目がちに辺りとキョロキョロと見渡していた。
「い、いらっしゃいませ。え、えと、お、お嬢様」
生まれてこの方初めて口にする単語に頬がひきつる。今すぐ鏡が欲しい。ちゃんと笑えてるかチェックしたい。
「あ、え、ひゃ、え、えっと……わ、私……」
いきなり声をかけたのがまずかったのか、女の子はビクリと肩を震わせ、目線を下げる。手持無沙汰な両手を重ね、指を絡ませながら何かをブツブツと唱えだした。
気まずい空気が流れる。お、思い出せ……。数分前に頭に叩き込んだマニュアルを……。
「お、おひとり様、ですか……?」
「ひゃ、あ、はい……」
目線はまだ上がらない。けれど会話は成立した。
「ではこちらに、ご案内します。お嬢様」
「お、おじょっ……あ、は、はいっ!」
「⁉」
びっくりした。何のスイッチが入ったのか、未だに伏し目がちの女の子は途端に声を上げたのだから。
お客さんや店員の目線がこちらに集まる。そのせいか、女の子は必死に両腕で顔を覆った。
「あ、あう……そ、その……」
「あ、案内しますよ、お嬢様?」
「は、はい……」
女の子はそのままの体勢で俺の後に続いた。
癖のある客。それが彼女に対して抱いた第一印象だった。
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