第19話「セラの真実」

 大小無数の打撲に擦り傷、低体温症。

 遭難によって衰弱しきっていたフレデリカを瞬く間に治療したのは、セラの『癒やしの奇跡』だった。

 

 その代償というべきなのだろうか、スイッチが切れたかのようになったセラが、今は俺の背中で眠っている。

 慌てるほどではないが、微かに熱もあるようだ。


「……知ってたんですね、シスター長。こいつが力を使うとこんな風になるの」

 

 暗い森の中を急ぎ足で帰りながら、俺は隣を歩くカーラさんに訊ねた。


「考えてみればおかしかったんだ。『癒しの奇跡』なんて力を持っているのに、どうしてシスター見習いなんてやっているのか。そもそもどうしてザントなんかに留まっているのか。その理由がこれだったんだ」

「……ええ」


 カーラさんは苦虫を噛み潰すような顔でうなずいた。


「正直に言うならば、まだ王都の本院へもセラの力は伝えておりません。セラが成長して、もっと体が大きくなって、力の制御が出来るようになってからだと、そういう風に考えておりました」

「……」


 責める気はなかった。

 その上でなお、セラを捜索に加えたことを

 それを俺に教えてくれなかったことも。

 カーラさんの立場を考えれば無理からぬ話だろう。

 

「…………ごめんなさい」


 俺の後ろを歩くフレデリカが、ぐずりと鼻を鳴らした。


 そんなの、こいつが起きてから言ってやれ。

 そう言おうとしてやめた。

 

 おまえのせいでセラはこうなったんだとか。

 セラより遙かに恵まれた立場にいるくせに、何してんだとか。 

 他にも言いたいことはあったけど、でもやめた。


 セラはきっと、こいつを許すだろう。

 だったら俺も、そうするのが筋ってもんだ。


「タルト・タタン」


 俺は足を緩めてフレデリカの隣に並ぶと、うなだれている頭をがしりと掴んで引き起こした。


「…………え?」

「昨日、俺が作ったお菓子な。あれには誕生秘話みたいなのがあるんだ」

 

 時は19世紀。

 フランスはパリ南方にあるラモット・ブーヴロン村に、タタンという名の姉妹がいた。

 小さなホテルを経営していたふたりはリンゴのタルトを作っていた時に、あるミスを犯した。

 タルトなのにも関わらずタルト生地を入れ忘れるという致命的なミスを、しかしふたりは上から生地をかぶせてオーブンで焼き、最後にひっくり返すというアイデアで切り抜けた。

 しかも出来上がりは素晴らしいものだった。

 底にたまった砂糖が自然にキャラメリゼされ、リンゴの香りを余すことなく閉じ込めた素敵なお菓子になっていたのだ。


「この話から得られる教訓はな、どんな状況からでもやり直しはきくってことだ」

「……それってもしかして、わたしを慰めてるの?」


 びっくりした顔でフレデリカが聞いてくるが……。


「違えよ。ただの昔話だ」


 ひらひらと手を振ると、俺は再び先頭に戻った。


「ちょっと、何よその態度っ。人の話はちゃんと聞きなさいよっ。ねえ……ねえったら!」


 フレデリカはその後もぎゃあぎゃあ騒いでいたが、俺は無視した。

 エマさんやカーラさんが目を丸くしてこちらを見てきたが、全部無視して歩き続けた。

 慣れないことはするもんじゃねえな、なんて思いながら。

 セラの重みを感じつつ。

 

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