第18話「神様のギフト」

 セラが手をかざしたところがほんのり暖かくなったと思うと、驚くべき変化が起こった。

 何かに引っ掛けてついたのだろう無数の切り傷の内側から、ピンク色の肉が盛り上がってきたのだ。

 肉の隆起が収まるとすぐに薄皮が張り始め、一瞬後には元の形を取り戻していた。

 まるで、傷なんて最初から無かったかのようだ。


 奇跡は立て続けに起こった。

 セラが手をかざすたび、太股の青あざが、指先や手の平の無数の傷が、瞬く間に消えていく。


 凍えていた手足も暖かくなった。

 痺れるような感覚も無くなり、普通に動かせるようになった。


「……」


 わたしは息を詰めてそれを見ていた。

 セラの小さな手と、瞳の奥で淡く瞬く超常的な光を。


 神様のギフト。

 そう呼ばれる能力を持った人間が、この世にはいる。

 知識としては知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。

 ギフト持ちを自称する人間なら何人か見たことはあるが、たいていが大道芸人崩れみたいな者ばかりだったから、セラもきっとそのたぐいだと思っていたのだが……まさか、本物だったなんて。

  



「ふうぅぅーっ」


 ため息とともに、セラの瞳から光が消えた。

 ちょっと目が大きいだけの、普通の女の子に戻った。


「これがギフト……これが癒やしの奇跡……」


 呆然としたまま座り込んでいるわたしの頭を、セラが叩いた。

 小さな手で、ぽこんと。

 

「こら、ダメでしょっ」


 って、小さな子供にするみたいに叱ってきた。


「ひとりでこんなとこ来て、危ないでしょっ」

「な、なによあなた、偉そうに」


 正論なのはわかってたけど、助けられたのは事実だけど、セラに言われるのはしゃくだった。


「ちょっと助けたからってさ、調子に乗って」

「あーっ、素直じゃなーいっ」


 そんなやり取りをしていると、遠くから人の声が聞こえて来た。

 カーラさんと……エマと……男の声は、きっとジローのものだろう。

 

「あ、ジローだ! おーい! おおーい!」


 セラが立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

 見ると、数個のカンテラの灯りがこちらに近づいて来ている。


「……なんで来たのよ」


 聞くなら今のうちだろうと思い、声をかけた。


「ん? うーんとね、フレデリカの金髪が月に輝くのが見えたの。んでも、倒れた木が邪魔でみんな真っすぐ来れなかったの。セラだけがくぐれたから、真っすぐ来れたの」

どうやって・ ・ ・ ・ ・じゃなく、どういう・ ・ ・ ・理由で ・ ・ ・わたしを助けに来たのかって聞いてんのよ。だってわたしは、あなたのことを……」

「……っ」

「いやいやいや、『あ、そういえば!』みたいな顔すんのやめなさいよ。え、本気で忘れてたの? はあー、信じられない奴……」

「うーん……? ううーん……?」


 セラは腕組みしながらうんうんと唸った後、「あ、そうだ!」みたいな顔をした。


「あのね? おとーさんが言ってたの。『山では人は無力だから、無力な者同士助け合うんだ』って」

「ああー……」


 そういえば、こいつは猟師の娘なんだっけ。

 だから山の中でもこんなに元気なんだ。


「あとね~……」


 体の後ろで手を組むと、セラはゆらゆらと体を揺すった。

 いったいなんの踊りなのかと思って見ていると……。


「同じかなあーって思ったの。セラと」

「……は? あなたと、わたしが? 同じ?」


 こくりとうなずくと、セラは両手で顔を覆った。

 指と指の間からこちらを覗き込むようにして、どうやら恥ずかしがっているらしいのだけど……。


「あのね、大丈夫だからね? フレデリカもいいコにしてれば、きっとおとーさんに会えるからねっ?」


 ………………あ。


 そこでようやく気が付いた。

 こいつ、さっきのわたしのつぶやきを聞いてたんだ。


 ──おうちに帰りたいよぉ……。お父様に会いたいよぅ……。


 今まで生きてきた中でも最悪の、これ以上ない弱気発言を。


「違うのっ。違うのよっ」


 わたしは立ち上がると、必死になって否定した。


「あれは言い間違ったというか、たまたまそういう文字列が口をついただけというか……っ」

「ふうーん……? ふうーん……?」


 にやにやと目を細めるセラ。

 なんとかごまかそうと思ったわたしは、勢い余って……。


「だ、だいたいあなたとわたしは一緒じゃないからっ。わたしはともかくあなたは……」


 途中まで言いかけて、ハッとした。

 恐ろしいことを考えた自分にゾッとした。


 ──あなたはいいコにしてても帰れないじゃない。

 ──わたしと違って、お金欲しさ・ ・ ・ ・ ・で売られて ・ ・ ・ ・ ・来たんだも ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 わたしはその瞬間、様々なことに気がついた。

 今までの自分の行いと、その醜さと。

 そして……。


「あれ、どうしたの? まだ痛いとこあるの?」


 胸をかきむしるようにしたわたしを見て勘違いしたのだろう、セラは急に慌てた顔になった。


「大丈夫? 治そうか?」


 って、覗き込むようにして聞いていた。

 こんなわたしのために、心の底から心配して。


「違うの……」


 その場に座り込んで、無性に泣きたくなった。

 情けない衝動に耐えているわたしに、さらにセラは訊ねてきた。


「ええー? でも辛そうだよー?」

「違うって言ってるでしょ? これは体じゃなく心の痛みに耐えてるところなの」

「心ぉー? それはさすがに治せないよおぉー」

「だから治さなくていいってば。ほら、みんな来たからこの話はもう終わりっ」

「ええー? どういうことぉー?」

「あと言っとくわ。今までごめんなさい、以上っ」

「えー? ううーん?」

「うるさいっ、うるさいっ、もう二度と言わないからねっ」

「ううー? ううーん?」

「うるさいっ、うーうー言うなっ」

 

 顔を真っ赤にして、拳を握って、声を荒げて。

 とにかく必死にごまかしていると……。


 突然、ぐらりと。

 セラの頭が傾いた。

 

「え、なに。ちょっ……?」


 わたしの体にしがみついたかと思うと、そのままずるずる滑り落ちた。


「なんで? なんで? いったいどうしちゃったのよ? ねえ、セラ? あなたさっきまであんなに元気にしてたのになんで……」


 なんで急に座り込んで、苦しげに目を閉じたりしてるのよ……。 

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