誰かの記憶に残るような青春を送ることをおすすめします。
taki
1学期
第1話 やべぇ……コイツどうやって倒すんだよ……
築10年のアパートの一室にて。
「……先生」
「………」
「先生、
「…………………」
「雨宮先生!! おい
「いてっ」
ドスッと背中を
後ろを見ると、スーツ姿の女性が俺を見下ろしていた。
「おい起きろ。そして書け」
「書けって……。
「大体前日になって徹夜するだろ? 心臓に悪いんだよ!
編集者であり、幼いころから家族ぐるみで交流があった7歳年上の
いっつもこんなに怒って、
「いててててて!」
黒いストッキングに包まれた
「何すんだよ!?」
「今お前、すげぇ失礼なこと考えただろ?」
ギロリ、と音が鳴るほど鋭い目で
「……いやぁ」
図星なので言い
「あのな、これでも社内ではモテるんだぞ?」
「へぇ……」
カタカタとキーボードを
「今月も何度もお
「ふーん。行けばよかったじゃないですか」
「おい。誰のせいで断ったと思ってんだよ?」
ドスが利いていた。
いや、行ってくれた方が助かるんだが。そっちの方が進むし、体も傷つかないし。
「……つかアンタ、さっきから一行書いては一行消してるぞ?」
「だってさ……」
パソコンの横に置いてある設定資料の山。その山の一番上にある紙を取る。
「コイツ、いったいどうやって倒すんだよ?」
菜月さんの目の前に突き付けた。
この俺、
とりあえず一生懸命書いたラノベを新人賞に応募したら、賞は取れなかったものの、編集者(菜月さん)の目に止まり、拾ってもらった。
決して身内
そして、何回も何回も何回もダメ出しをくらったのち、ついにデビューに
ペンネームは『雨宮キタロー』。深い意味はない。ただ、
補足事項だが、あまり売れていない。
否、全く売れていない。
そんな雑魚小説家の俺は今、俺は最大のピンチに直面している。
ラスボスが強すぎて倒せない。
俺が
アニメ化はされておらず、ドラマCDすら作られていない。コミカライズももちろんされていない。
アマゾンレビューも星2という、
つい先々月に打ち切りが決められ、大急ぎで話を
まさにカスみたいな小説である。
そして現在、最終話を執筆中であるが、ラスボスが強すぎて倒す方法が浮かばず、
ラスボスの名は魔王サタナエル。
俺がこの世から
魔王サタナエルは、善の心と悪の心が混ざった最強の生命体という設定で、
つまり、サタナエルが歴代最強の魔王となったのだ。
『歴代最強って(笑)』という
サタナエルのその強すぎる能力の名は、『運命の10秒』。
これがマジで
『運命の10秒』の内容は『時を10秒間止める力』、『自分の身に危険が迫るときに自動で発動する10秒先の未来予知』、『10秒前まで過去に戻ることができる力』の3つ。
もうこの能力を描写しちゃった本が出ちゃったし、
さらに厄介なことに、魔王の
『俺はまだ、能力を一つ隠し持っている』
ドヤ顔の挿絵付きで言わせてしまった。
元魔王に『なん……だと……』と言わせたいがために、
ごく少数しかいないファンの間でもサタナエルが隠し持つ能力を議論している。
そして俺は、サタナエルが隠し持っている能力が思いつかなかった。
思い付きで言わせた
そんな
大した腕っぷしもなく、弱小魔法しか唱えられないが、やたら女性にモテる男主人公、ヤマト。
偉大な魔法使いになるのが夢だ、とのたまう魔法力0の
良くいえば個性を伸ばした、悪くいえば火属性の魔法しか唱えられない落ちこぼれの魔女、ミリィ。
剣も魔法もからっきし出来ないが、分析なら得意と自称する一般人、ダニエル。
この貧弱すぎる4人でどうやってサタナエルに勝つというのだろうか……。
ちなみに和解という
主人公ヤマトと脳筋ジェシカは故郷を魔王軍に焼かれ、大切な人をほぼ全て失った。
落第魔女のミリィは魔王に偉大な魔女であった母を殺され、代々家に伝わる魔法の杖を燃やされた。ついでに生まれ故郷も燃やされた。
一般人ダニエルは魔王軍の進攻による通行止めで志望校にたどり着けず、受験に落ちた。故郷は燃やされなかった。
多かれ少なかれ、全員がサタナエルに憎しみを持っており、和解はありえない。
魔王城に殴り込みをかける前夜に、パーティメンバーでどんなことがあっても必ずサタナエルを殺すと誓わせてしまった。
これで和解になったら、完全に主人公サイドの
つまり、話の展開上、読者が納得するためにはガチンコで魔王に勝たなくてはならないのだ。
本来ならば、時間をかけてゆっくりと強くなっていき、サタナエルに立ち向かえるくらいに成長する予定だったのだが、打ち切りになったしまったため、微妙な力のまま最終決戦を迎えてしまった。
「はぁー……」
俺は大きくため息をついた。
「ため息をつくとアイディアが逃げるわよ」
「それを言うなら幸せだろ」
「お前の幸せはアイディアが浮かぶことだろ?」
菜月さんは冷たく言い捨て、本を読み始める。タイトルは『バカな部下を使いこなす技術』。バカな部下って、まさか俺の事じゃないよな……?
「私に出て行ってほしかったら、さっさとラスボスを倒すことだな」
他人事のように言って、本の世界へと落ちていった。
つってもなぁ……。アイディアが浮かばねぇんだよな。
そういえば、お腹が空いてきた。時計を見ると、丁度夕食時の時刻を示していた。
「たまには一緒に晩飯でもどう?
「もう買ってある」
本を読みながらぎっしり
「あの、俺がお腹空いたんですけど?」
「もう買ってある」
読みながらコンビニ袋を上げた。
「いや俺、チャーハンが食べたいんだよね」
「もう買ってある」
「
袋からチャーハンを取り出して見せた。しかも、おにぎり型じゃなくて皿型のやつ。
「マジかよ……」
菜月さんはパソコンをピシッと指差す。
つべこべ言わずに書けってか。くそっ。
※
そんなこんなで書き進めること1時間。
一向に進まない。
全然アイディアが浮かばん。
「なぁ、まだ進まないのか?」
菜月さんが俺の
「とりあえず書き進めろ」
「……と言ってもなぁ。なんか良いアイディアありませんか?」
「じゃあ、一度普通に戦わせてみろよ」
「
「白紙のままよりはマシだ」
☆☆☆
ヤマト達が
「サタナエルッ!」
「ほう……ここまで来るとは、正直予想していなかった」
サタナエルは魔王の長椅子にゆったりと座っていた。これから
「やっとたどり着いた。絶対にあなたを許さないから!」
「もう二度と、私のような人間を増やさない」
杖を構えるミリィ。杖の先には怒りの炎が揺らめいていた。
「僕のキャンパスライフを返せ!」
パーティより三歩ほど後ろで眼鏡をクイッとするダニエル。足はガクガクに
彼らの想いをサタナエルは、無表情に聞いていた。立ち上がる気配はない。サタナエルは彼らのことを、部屋に迷い込んだ
サタナエルの本心を敏感に感じ取ったヤマトが剣を抜き、サタナエルに向ける。
「いつまでも冷静でいられると思うな! 絶対に殺してやる! 覚悟し――――」
ヤマトの叫び声が映像をストップしたかのようにピタッと、不自然に止まった。
舞い散る
『運命の10秒』
制止した時間の中で、サタナエルはゆったりと立ち上がり、立てかけていた3メートル超の細身の大剣を持つ。
大剣を構え、横に
ピシッ!!!!!!!
空間に一筋の断裂が入った。
「予知なぞ、見るまでもない」
サタナエルは両目を閉じた。直後、止まっていた時が動き出す。
ヤマト達は倒れた。そして、二度と立ち上がることはなかった。
~完~
☆☆☆
「やべぇな、これは。
菜月さんが
「ね、やばいでしょ? でも、これが一番しっくりくるんですよね。基本サタナエルって
「舐めプしないとこうなるのか」
「いや、舐めプしてもいずれこうなりますけどね。だって、主人公達がメチャ
「なんでこんなザコいんだよ……」
「それがウリなんだからしょうがないでしょ。弱さを知恵と勇気と愛で乗り越えるのが、このパーティの良いところで読者にウケていたところなんですから」
まぁ、今回は知恵と勇気と愛じゃどうしようできないほど相手が強いわけなんだがな。いやぁ、時を止める力って、戦いにおいては強すぎるよな。
「うーん」
二人パソコン画面をじっと
「愛と勇気でゴリ押すってのは?」
「は?」
菜月さんの方を見る。
菜月さんも俺の方を向いていた。
あ、近い。
あと数センチで鼻先がくっつく。
「なに?」
顔が熱くなるのを感じた俺は、少し距離を取る。
「い……いや、菜月さんからそんな言葉が出るなんて」
「失礼な奴だ」
「私だって人並みに経験してるぞ。自分より体のデカい
「勇気はわかりました。愛の方は?」
「それは―――」
「告白された、とか無しにしてくださいよ。その先の話が聞きたいです。高校生では体験出来ない、オトナの話を」
口を開けて考えた菜月さんは、そっと口を閉じた。
少しして、
「…………バレンタインの日にチョコレートを貰った」
「誰から?」
「…………女子から」
「すごいっすね」
「うるせぇんだよ! つべこべ言わずに書け!」
「いてっ」
パンと肩を叩かれた。こういう暴力的なところが、恋人ができない
「ちぇ、役に立たなかったな」
「とりあえず役立ててみせろよ。愛と勇気って案をさ」
菜月さんがマジな顔をしている。
これは採用しないとキレるやつだな。
絶対にボツになると思うが、良い案も浮かんでこないので書いてみることにした。
☆☆☆
「覚悟しろ、サタナエル。俺達が―――」
叫び声がピタッと止まった。『運命の10秒』。ここはもう、サタナエルの世界となった。
間合いに近づき、大剣を構える。力強く握り、横に一閃—――
カキンッ!!!
剣が止まった―――否、止められた。一本の剣に。
「なに………!」
サタナエルは生まれて初めて人間相手に驚いた。
剣を止めたのは、金色のオーラに包まれたヤマトだった。
「お前だけの世界、冷てぇな。でもよ」
「僕達の愛と勇気で溶かして見せます!」
ダニエルはヤマトの背中と剣を持つ腕に手を当てている。
パリンとあらゆるものが制止した世界が崩れ落ちた。
「馬鹿な……!」
☆☆☆
「馬鹿だろお前。どこ採用してんだよ」
「菜月さんが採用しろって言ったんすよ」
「そこじゃないから。愛と勇気の方だから。なんでバレンタインの方を採用するかな? さてはお前、嫌がらせだろ」
「いやぁ、そんなことはないっすよ。一つの可能性として採用しただけですって。次は愛と勇気だけ採用しますから」
10割嫌がらせである、とは言わなくても菜月さんはわかっている。
「もういい。どうせチープになるだけだ」
そりゃあそうだろう。今まで知恵を振り
書いた文章を消し、振り出しに戻す。
二人仲良くパソコンの画面を睨む。
その後も、俺や菜月さんが思いついた案で書き進めてみたものの、上手くいかず、結局魔王と対峙する場面に戻る。
食事を
案はもう浮かばないので、今度は二人で
サタナエルの『運命の10秒』を無効化する、もしくは自分達のものにする特殊アイテムを持っていないか探すためだ。
6巻あるうち、前半3巻を菜月さん、後半3巻を俺が読むことになった。
明日は学校がある。
宿題も終わっていない。
本当なら行き詰まっている時こそ気分転換のために宿題に取り組みたいが、菜月さんがそれを許さない。
「…………」
ぜってー今日中に書き終わんねぇって、これ。つか、あと3日で書き終わるかすらもわからねぇ。
そう心の中でぼやきながら、4巻を読み進める。
自分で言うのもなんだが、結構強引な展開ばかりだな、俺の小説。
見ていて恥ずかしい。
特に主人公とヒロインのラッキースケベシーンとかは読めたもんじゃない。
俺の心の奥底にある
つーか読み直したら
菜月さんを見る。うげぇ、と胃がもたれた顔をして読んでいる。
なんだろう。菜月さんにそんな顔されるとシバきたくなる。アンタがその小説にGOサインを出したんじゃないか。
「キタロー、良いアイテム見つかったか?」
「ミリィが海辺で
「却下だ。使い物にならん」
特に反論もせず、俺はページをめくる。貝殻など、せいぜい波の音がするだけだ。
他にも小さな村でしか通用しないクーポン券を貰っていたが、貝殻よりも使い道がないため、伝えなかった。
少しして、菜月さんが声をあげた。
「お、見つけた」
「何を見つけたんですか?」
「
「はい?」
「字の間違いだよ。うわぁ、やっちゃったなぁ。……まぁ、いいや。この本どうせ売れてないし、今まで会社にクレーム来なかったから大丈夫でしょ」
「は?」
この女、今聞き捨てならないことを……。
しかも1巻の誤字だし。
あー、こんな物語のラスボスごときに悩むの、
いっそ主人公達全員に
そうすりゃあ俺のストレスも発散できる。
「お、見つけたぞ」
「誤字じゃないですよね?」
「脱字が」
「おい!」
「冗談だよ」
ケタケタと菜月さん笑った。完全に深夜のテンションだ。
それから二人で『脱落勇者とドロップアウトパーティ』を読み進めた。
しかし、使える物が見つからず……。
結局、俺達の精神が擦り減っただけだった。
時刻は午前1時。時計の針を見るだけで気が滅入る。
「どうして貝殻とか、クーポン券しか受け取ってないんだよ。こんなん
菜月さんが力なく愚痴を言うが、俺は返答する気力もなかった。
「ぼやいても仕方ない。やれることはやるぞ」
菜月さんが気合入れるも
小説の
『お前強すぎ』
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