春風に身を任せて

イエスあいこす

第1話 春風は優しく吹いている

春風。

春に吹く穏やかな風。

きっと多くの人が優しいイメージを持つであろう言葉。

実際僕も持っていたさ。

けどこの日から僕はその認識を改める。

今日は、弱々しく風が吹く日。


「息子さんの余命は……あと、一ヶ月です」


……そんな日にその春風は穏やかに、僕の命を掠め取った。



………………



さっき医者から宣告された事が頭で反響する。

病室で一人にしてくれと親に頼んだから俺の周りに人はいないが、きっとさっき泣いてたまま外で泣いてるんだろう。

一方俺はと言うと、不思議と驚きはなかった。

だって、実感がないんだもの。

病気になるまでは普通に暮らして、それなりに頑張って偏差値を上げて高校受験はもう目の前。

そんな時に、突然僕の命は終わりへのカウントダウンを始めた。

それで一ヶ月後に死んじゃう実感なんて、何一つ沸いてこない。

だからといって事実は事実。

受け入れられなくても、受け止めるしかない。

だから僕は今、明日からどうするかだけを考えていた。

そして考えが固まった時、病室の扉を開いた。


「……父さん、母さん」




………………




「これから一ヶ月、ここが君の家になる。こんな小さい村だけど、のびのび過ごせる事は俺が保証する」

「はい、よろしくお願いします」


僕が考えた最後の日々のプラン。

それは、小さい田舎でのんびり暮らすこと。

最後の願いを僕の両親は聞き入れてくれて、父さんはこの村にいる大学の同級生だった友人に俺を預かって貰えるようお願いをしてくれて、母さんも僕がここに来るお金とかをすぐに用意してくれた。

本当に、良い両親の元に生まれてきたなとつくづく思う。

それで、今目の前にいるのがその父さんの元同級生である尾山一志さん。

父さん曰く優しいやつだから安心しろとの事。


「それじゃあ俺は畑を耕して来るから、風人君はそうだなぁ……まあ初日なんだし、村でも散策して来るのはどうだ?俺の事は気にしなくていいぞ」

「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらいます」


僕は昭和の家にありそうな戸を開いて外に出る。

ここに来る途中から感じていたけど、東京とは空気が違う。

鳥がさえずって、蝶が舞う。

日差しは心地よく僕を照らして、風が、風が……

春風が、穏やかに吹いていた。

別に風を忌々しくなんて思ってないさ。

風が何かした訳じゃないんだもの。

昨日吹いてた風がどうも印象的だった、それだけの話。

まあ良いや、歩こう。

僕は左を向いて歩き出す。

風は追い風、僕の背中を押している。

それは励まし?それとも死ぬことの催促?

そんなことを考えながらゆっくり歩いていると……


「あれ?」


どこからともなく誰かの声。


「ねえねえ、ちょっと」

「ん?」


声が聞こえる方を向いた先にいたのは黒い長髪に麦わら帽子を被せた少女。

まあ、同い年くらいかな?

そんな風に見える。


「君何歳?」

「十五、中三だよ」

「やった!同い年!」


そしてと思えば突然年齢を聞いてくる。

もしかしなくてもちょっと変な人だな。


「ここ同い年どころか年が近い人もいないからさ、嬉しいよ!」

「う、うん」


腕を掴んでブンブン上下に振る。

そっか。

今時小さい村や町だと若者は離れていくと聞く。

ここも、その例外ではないんだ。


「実はもう村中歩き回ってるけど、同い年は一人もいなくてさ、だからこれから一ヶ月間、一緒に遊ばない?」

「急展開だね」

「時間は有限なんだから、一分も無駄にしちゃいけないよ!」

「だとしても自己紹介からとかさ……」

「あ、ごめんごめん。……私は、都窪佑唯つくぼゆい。余命一ヶ月って宣告されて、最後はゆっくりしたいな~って思ってここに来たんだ。呼び方は佑唯で良いよ!君は?」


余命一ヶ月だって?

僕と同じ境遇。

なんて偶然だろう。

突然話しかけてきて変な人だなあって思ったし認識は全く変わらないけど、どこかシンパシーを感じる。

とりあえず自己紹介だな。


「僕は柊風人。僕も余命一ヶ月って宣告されて、ここに来たんだ」

「えっ!?そんな偶然あるの!?」

「僕だって驚いたよ」

「じゃあ尚更、仲良くしよっ!」


仲良く、か。

あと一ヶ月。

ここにただいたって、確かに暇なだけだ。

それに……何て言えば良いんだろう?

気持ち悪い言い方だけど、この出会いにどこか運命のようなものを感じる。


「うん、よろしく」

「よろしくね。それじゃ、今から何する?」

「今から!?……まだ村探索してる途中だし、その辺を歩き回りたいかな。」

「じゃあそうしよっ!やることが決まったら、まっすぐ進むベーしっ!」


そう言い、横に歩き出す。

風は、やっぱり追い風だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る