地図と錬金術の魔女と橋男、あるいは僕たちのエンドロール
五三六P・二四三・渡
僕たちのエンドロール ①
こうして僕たちの100年にも及ぶ旅は終わったのだった。
あまりにいろいろなことがありすぎて「それは夢のような出来事だった」とかそういうことは全くなく、瞼を閉じれば昨日のことのように思える。
星の鼓動のように激しく、夜の空のように静かだったあの戦いは今もそばにいるようだった。
すぐに時間は過ぎ去る。こうしている間にもすぐに。
僕は瞬きをした。そうすればあっという間に時間は過ぎ去るようだった。
かくしてその後、日本と言う国に来て14年間、それなりに新天地に根を下ろせはしたと思う。それでも、前の600年間の月日に比べればまだまだ短く、よそ者のような居心地を感じていた。
いずれ慣れるというのには、平均寿命までの残りの六十数年間というのは短く感じる。
現世と言うものは結局のところ僕にとってのエンドロールのようなものなのかもしれない。そうだからこそおざなりにするわけにもいかないので難しい問題だった。
学校から帰る途中、ハンバーガー屋の二階から、ぼんやりと線路を見下ろす。
線路が二つ並んでおり、ピーク時には開かずの遮断機となるが、今は回転率が速かった。
そして一週間前に、同郷の一人が死んだ場所だった。
たぶん耐えられなかったのだろう。数か月前から現世に馴染めないと相談を受けていた。僕より前の時間軸に飛ばされたようで、すでに結婚をして、子供もいたようだ。僕たちが彼の家族のために出来ることは何もなかった。ただ一時的に悔しさを感じはするも、手からこぼれ出る砂はすべて拾えないという言い訳のような気持ちばかり溢れ出てきて自己嫌悪に浸る。そして八つ当たりのように激辛ハンバーグに食らいついた。
チェーン店ではなく、少し変わり種のハンバーグを出す店だ。多分美味しいのだろう。ただあまり僕自身は味覚に優れているとはいいがたいので、とりあえずは、ネットで評判を見て、自分なりにしっくりくる感想と同期することにした。自分がないと言われても、その通りだと答えるしかなかった。
「あの、
僕は辛口のハンバーガーから顔を上げ、声をかけてきた人物に顔を向ける。
20代前半くらいの女性で、きっちりとしたスーツを着ていた。
彼女はそれを僕の視線を見て感じることがあったのか
「すみません、就活があるので時間はあまりとれないんです」
「いや、僕も門限があるので、ちょうどいいくらいです」
周りを見ると少し店内の視線を集めているようだった。男子中学生と女子就活生は若干目立つのだろう。まあ姉弟とでも思ってくれればいいだろう。僕は気にせず、やり取りを続けることにした。
「それで、前の世界で僕たちって面識ありますか?」
「いえ……多分ないと思います。多分国外で見世物小屋で働いていたので……」
「そうですか。メールで言ってた相談というのは?」
僕の言葉に彼女は黙り込む。
僕は不安になってきた。また救えないんじゃないだろうかと。この世界で『死にたい』と相談してきた人は10人くらいいて、今も生きているのは半分くらいだった。毎回全力で心のケアをしていたし、僕自身に手に負えないときは、頼れる仲間に協力をしてもらうことにしていた。しかし何度も同じことをしていると、結局救えるか救えないかの確率の数字が見えてきて、嫌になってくる。
「その……」ようやく彼女は口を開いた。「前の世界での性生活がかなり特殊でして……だから今の恋人との性生活のギャップがすごくて」
「えっ」
僕は視線を宙に一旦寄せて、手首の組み方を変える。
「性生活ですか……」
「はい」
「その、僕も確かに特殊なほうでした」
「あ、そうなんですか」
少し彼女の視線に興味が宿った気がした。
「それはやっぱり、魔女様と?」
「えっ、なぜそこで彼女が出てくるんです? 彼女とはそういった関係ではないですよ」
「そうなんですか……聞いていた話と違いますね」
何故だか露骨にがっかりした顔をしていた。
「だた今世の価値観でいうと間違ってはいますが、当時の僕の性は手段でした。だから、もういっそ今世では使わない可能性もあります。可能性ですが」
「なるほど」
「いやいや」僕は慌てる。「自分がそうかもしれないと言ってるだけで、そういった生き方を勧めているいるわけではないんです」
「そうですか……でも何となく分かれるのもありかなって、橋男さんの意見を聞いて思いました」
僕が原因で別れるとなると、少し言ってしまった言葉が後で重みを帯びてきたように感じた。だからといって言葉を続けて、それを撤回させても、僕の責任は同じだけある。
「やっぱり、あなたも性を手段として……?」
「自分が好きで特殊な快楽を得ることの手段としてであればそうです。前の世界では皆が退廃的な生活ばかりをとっていましたから」
「……」
「多分この相談をしなくても彼と別れていたと思うんです。やっぱり価値観が違いすぎる。橋男さんはどうしてるんですか。絶対的に価値観が違う人と会ったときは」
「どうもしませんよ。意見が食い違って、仮に絶対に相容れなくてもそれだけです。分かり合えないことはさみしいですが、寂しいというデメリットの一つでしかないです。悟ったわけじゃないんです。でもそうするしかなくて、耐えられないときも時間は流れていきます」
「私も……そう思う時はあります」
「そうでしょうとも。僕よりあなたのほうがこの世界での生活が長い。僕にできることは前世での功績を盾に、仲間たちと協力できるぐらいです」
「そんなに自分を下げることはないと思いますけど……そうですね」
彼女は腕時計を眺めた。そろそろ時間のようだ。立ち上がり頭を下げた。
「今回は相談に乗っていただきありがとうございます」
「こちらこそ、会ってくださりありがとうございました」
こうして挨拶もおざなりに彼女は帰っていった。
ふとハンバーガー屋の二階から、彼女が駅のホームに立っているのが見える。ふらふらとした足取りで、少し危なっかしい。しかし、飛び降りるということはなく、しっかりと列車に乗って去っていったのを見届け、ようやく僕はため息をついた。
時間が少なかったとはいえ、ふわふわとした酷い相談だったと思う。
しかし彼女がすでに別れを決めていて、誰かに話したかっただけであれば、その役目を買って出れたのなら少しだけ嬉しい。帰る途中に気が変わるか、それとももともと別れるつもりなどなく、自らの手段で別れないでいて、さらに問題にも解決したとしたら、それも嬉しい。
結局のところ、僕もまた相談を受けるふりをして、相談に乗ってもらっているだけだった。こうやって僕もまた、自分のことを他人に話すことで、生きていられる。
少しだけハンバーガー屋に残る。すぐに日が落ちて街が朱に染まっていった。部活帰りの同級生が、電車に乗り込んでいくのを眺めた。
退勤ピーク時を少しだけ避けた時間に電車に乗り込み、座ってまどろむ。600年間ずっと前の世界にいた。いまだに今世を元にした夢は見たことがない。
夢と現実が混じわる。過去と今が混ざり、目を閉じていたら、電車内に砂嵐が吹いているような錯覚に襲われた。そう、かつての旅は今もそばにある。
ふと今日の彼女が去り際に言っていたことを思い出す。
「そういえば、魔女様もまたこの世界に無事転生できたようです。会いに行ってはいかがですか?」
そうだ。僕は彼女に会いに行かなくてはならない。僕は彼女の従者だったから。
そう思いながら僕は記憶の世界に旅立っていった。
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