第4話 Sランク魔法士
「──なあ、ちょっといいか?」
「なに?」
俺がリオンの小さい背に声をかけると、彼女は振り向くことすらせずに素っ気なく反応する。
「お前、なんのために単独行動してるんだ? まさか俺と同じ目的ってわけじゃ……」
「お前じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで」
めんどくさいやつだ。俺はため息をつくと、ボソッと「リオン……」と訂正した。
「分からない」
「分からない……?」
「私にはハルトの目的が分からないから。それと同じかなんて分からない。──聞いても答えてくれなさそうだし」
「まあな」
成り行きで組むことになったとはいえ、こんな得体の知れないやつに俺の家族のことを話すわけがない。せいぜい不測の事態に備えた弾除けや、教師に見つかった時の言い逃れ要素としか見ていなかった。
あぁ、でもこいつはそういえばSランクらしいな。
Sランクというのは平たく言えば魔法士の強さのランクだ。魔法士は主にマナの総量に応じてS、A、B、C、D、E、Fと7ランクに分けられる。Sが最高でFが最低。要するにリオンは最高ランクのマナ総量を持っていることになる。ちなみに俺は最低ランクのF。
一般的に、マナの総量が多いほど魔法士は強いとされている。マナの総量が多ければ多いほど強力な攻撃を長い間持続させることが可能だからだ。
つまりは──こいつ、リオンは蝕と遭遇してしまった時にはこれ以上ないほど頼りになる……ということではないだろうか。
一応真偽のほどを確かめておくか。
俺は道を塞ぐように散乱している瓦礫を避けるように歩くリオンの背中に問いかけた。
「リオンは入学時に伝えられた魔法士ランクは──」
「──S」
「ん?」
「Sだけど?」
リオンはそれがさも当然であるかのように澄まし顔で足元に倒れている電柱をまたぐ。彼女の煌めくツインテールがふわりと揺れ、ビルの合間に微かに射し込んできた陽の光を反射して輝いた。
「そういうハルトは?」
「Fだ」
「へぇ……?」
リオンは意味深な笑みを浮かべた。その笑みの真意は測りかねる。というか、こいつの一挙手一投足がミステリアス過ぎて俺の常識は通用しなさそうだった。考えられるとすれば──
「なんだよ? Fランクが相方だと不安だって言いたいのか?」
「いや、やっぱりランクってあてにならないなーって」
「……?」
「こんなランク、勝手に上が決めているだけじゃない……いったいなんの意味があるっていうの?」
くだらないとばかりに吐き捨てるリオン。どうやら彼女の地雷を踏みつけてしまったらしい。
俺は彼女の問いかけに答えることができなかった。彼女もまた俺に答えを求めてはいなかったらしく、道端に落ちていた石ころを蹴りつけると、石は建物の塀にぶつかってコーン! と大きな音を立てた。
予想外に大きな音が出てしまったためか、リオンは少しだけ「しまった」といった表情をして身構える。いくらここが蝕の少ない場所とはいえ、大きな音を立てればそれに釣られた蝕が現れる可能性があった。もっとも、蝕の習性はまだよく分かっていない部分が多いのだが。
幸いというか不幸にもというか、リオンが立てた音に反応したのは路地裏で群れていたカラスだけだったようだ。バサバサバサと羽音を立てながら数羽のカラスが俺たちの後ろの方向に飛んでいく。
「──何やってんだよ」
「ハルトが変なこと聞くからでしょ」
小声で
リオンはあくまでも自分は悪くないといった態度だ。立ち止まってため息をついた彼女はふと、先程カラスが飛んできた路地裏に視線を向ける。そしてすぐに顔を
「──っ!」
釣られてそちらに目を向けてしまった俺も思わず言葉を失った。
路地裏には、ボロ布のようなものに包まれた赤黒い塊が落ちていた。それの正体を理解しかけてしまった俺はすぐさま視線を逸らし──リオンと目が合ってしまった。
「どうしたの? そんなに怯えた顔をして」
「お前は平気なのか……?」
「なわけないじゃない。──いくよ?」
「……あぁ」
再び商業施設の方へ足を向けるリオン。ついていかなくては、家族を見つける手がかりを探らなくてはと思いながらも、気持ちに反して足は重く、なかなか動いてくれなかった。
(くっ……考えてみれば壁内に入ったからには死体なんて見るのは当たり前だって覚悟していたはずじゃなかったのか! むしろ今まで遭遇してなかったのが不思議なくらいだ! なのにどうして俺はビビってるんだ!)
「ん? まさか怖気付いたんじゃないでしょうね?」
「はっ、まさかな」
リオンは、なかなか歩き出せない俺を少し
「カラスはアレに群がっていたわけね。でもアレは蝕にやられたわけじゃない。なぜなら──」
「──蝕にやられた人間は跡形もなく消滅するから」
リオンが確認するように一言一言紡いだ言葉。俺はそれを引き継ぐように続ける。
どういう理屈か分からないが、蝕にやられた人間は血の一滴残さず消滅する。つまり、人間の死体があるということは、ここら辺に蝕がいないという証拠でもあるのだ。やはり教官が言っていた「ここら辺には蝕が少ない」という情報は確かのようだ。
ふと視線を前に戻すと、既にリオンは商業施設の入口に立って、ガラス張りの扉越しに中の様子を確かめているようだった。急いで彼女の元へ向かうと、どうやら扉はなにか板のようなもので塞がれているらしいということがみてとれた。
「中に逃げ込んだ人達が入口にバリケードでも作ったんだろうな……」
「てことはここに蝕が来たのは間違いないみたいね。でも今は見当たらない。──どこに行ったんだと思う?」
「バリケードが破れなくて諦めたとか?」
言ってから、これはないなと思い直した。入口と扉は経年劣化以外の損傷は見られず綺麗だ。こじ開けようとした形跡すらない。
「蝕が鉄板を楽々と破るって授業で習わなかった?」
「──だな。でも授業聞いてなかったリオンがどうしてそれを知ってるんだ?」
俺が首を傾げると、リオンは俺の問いかけには答えずにすぐさま自分の考えを述べ始めた。
「これだけガラス張りだったら、わざわざ律儀に入口から入らなくても、どこかのガラスを割って入れば……」
そう言いながら辺りを見回していたリオンの視線が一点で止まる。5階建てほどの商業施設の5階付近──とにかく上の方の窓ガラスが一部割れていた。
「──ビンゴ!」
「お、おいいきなりどこに行くんだ!」
途端に駆け出したリオン。
慌てて後を追うと、彼女は商業施設の周りを回るように走っていく。
「どこかに荷物搬入用の裏口があれば……」
「入口塞いでた人達が裏口塞がないわけないだろ?」
「分からないよ? 立てこもるにしても逃げ口は用意しておきたいから」
一理ある。もしバリケードが破られた時のために裏口は開けておきたい。──あくまで蝕が裏口から侵入してこないという前提の上だが、奴らの知能はそこまで高くはないという話もある。純粋に人間の体温や匂いを追ってきているのだとしたら、わざわざ裏口に回るということは考えにくいだろう。
「ここから入れる」
建物の裏側で壁を探っていたリオンは、小さな鉄の扉を開けようとしていた。だが、扉はビクともしない。
「鍵がかかってるんじゃないのか?」
「うるさい。いいから手伝って」
リオンを退けた俺がノブを回して力いっぱい引いてみると、扉はギギギと耳障りな音を立てながら開いた。どうやら彼女の腕力が足りなかったらしい。そんなことでよくあんなに大きなギターケースを背負って素早く走れるなと感心していると、扉の先の狭く暗い通路に踏み出したリオンが振り返った。
「何やってるの。いくよ?」
「──一人残って入口を守るという手もあるぞ?」
「なに? 怖いの?」
どうやら拒否権はないらしい。
「いや……確かにまだ生存者がいるかもしれいからな」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、俺はリオンの後を追った。
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