第16話 葦

地方での新生活にあこがれ、美緒みおは広告会社を退職した。


若者にありきたりなことだと思われるかもしれないが、大学卒業と同時に入社した企業では、自分が思い描いていてた人生設計と異なるものだったからだ。


激務なスケジュールと人間関係の悩みから思い切って行動したのだ。


しかし、地方での生活を甘く見すぎていた、と彼女は思い知った。


「みーおちゃん!そっち終わった?」


同じ憧れを持ち、建設コンサルティング会社を退社した茉咲まさきは、そんな美緒の感情とは裏腹に、陽気な声で美緒を呼んだ。


美緒と茉咲は高校時代からの親友であり、大学も同じでお互いに励まし合いながら就職活動をした仲だった。


この地区に来る前の茉咲は、陰鬱という言葉当てはまるほど、精神を病んでいた。


美緒が茉咲と愚痴を語り合おうとして電話をしたところ、「全て吐いて楽になりたい。死にたい。」という、携帯の受話口から聞こえたその声が、美緒の別の人生を踏み出すための引き金となった。


忌まわしい生活から離れるために、どこの地方に住むのか、どんな空き家なら二人で住むのに十分か、お金は十分にあるか、二人はやるべきことを考えた。


そして、二人で何とか住める空き家が湿地の多い土地に立っているものだった。


そこには、誰も家に入ったことがないことを訴えるかのように雑草が生い茂っていた。


「あのさあ……、茉咲ちゃん、今更なんだけど……、ここって人が住む様なところじゃないよね?」


「まあ、だよねー。」


今二人は、人が通れるような形にはしておかないとということで、雑草を刈り取っていたのだ。


だが、どう考えても今日中に終わる量ではなかった


美緒が作業にうんざりしていると、「ねえ。これ、アシって言うんだっけ?」と茉咲が作業中に話しかけてきた。


「あんまりよく分かんないけど……。なんで?気になるの?」


「なんか同じ方向に向いているような気がするんだよね……。」


確かに、皆同じ左方向に傾いている。


形の違う雑草は乱雑な向きをしているが、この雑草だけ同じ向きをしていた。


「妙だね。そういう特徴があるんじゃない?」


「うーん。そうかなあ?あ、そういえば、アシって響きが良くないからという言葉が良くないので、ヨシっていうことばに変えたそうだよ。これ、豆知識だよ。」


どや顔する茉咲に対し、美緒は「なんでそういうのは知ってるの?」とクスっと笑った。


「私もこの雑草と同じく、規則正しく同じ方向を向くっていう、普通の人がしなくちゃいけないことができなかったのかな……?」


さっきまで自信たっぷりだった彼女が急に重い話をするため、美緒はいささか面食らってしまった。


「茉咲ちゃん、それはないでしょ。」


「いやあー。だってさあ……、あれ?」


左側に傾いていたアシが右側に傾いていた。


「そういえば、役所の人が言ってたけど、ここって悲しい伝説があるんだって。なんか体半分が壊疽してしまってなくなってしまった女性がいたんだけど、生きたいという思いが強かったらしくて、怨念?っていうのかな?それがこの地に宿っているらしくて、生えてくる植物が片方にしか傾かないんだって。」


「美緒ちゃんも好きじゃん!そういう話。でも、私が聞いた時、観音様の体半分が埋まってるからそうなったとか聞いたよ。他にもあるみたいだけど…、わ、なにこれ!?」


気づくと、二人の周りを取り囲むように、アシがいっぱい生えており、それ以外の雑草は何処にも見当たらなかった。


全てのアシが同時に、ウェーブをするかのように左右に動いていた。


変な気分になったが、恐怖心は二人に湧かなかった。


「美緒ちゃん、これも伝説のせい?」


「いや、そんなもんじゃないでしょう。」


アシといえども、たくましく生きていることは容易に分かった。


(本来だったらいろんな方向に自由に成長していくはずだったんだよね。でも、こいつらは、こいつららしく、きちんとした自我を持っていきてるんだよね。雑草だろうとそんなの関係ない。私たちも負けられない。陰鬱な気持ちなどなっていられないんだ。)


美緒はそう感じると同時に、何だかそれが妙におかしくもなった。


この家の雑草は残しておこうかな、と美緒はアシに親しみを覚えていた。


多分茉咲も同じことを考えている。

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