第15話 リオーネの給仕

 我の名前はリオーネ。


 誇り高きワイバーン一族の一人だ。



 人型時の特徴は黄金色のツインテール髪に緋色の瞳だ。



 今我は人間の食事処で給仕服なるものを着込んでいる。


 人間の服なんて着たことが無く、特にスカートというものがうっとおしくて脱ぎ捨てたくなるが、またあの村長さんとかいう人間に怒られるのでそれは出来ずにいる。



 そして今は激しい死闘(リオーネ視点)の末惜しくも敗れてしまい、我を下した勇者ノエルとその仲間の獣人に、何故給仕服を着込んでいるのか尋ねられている。



 なので順を追って話そうと思う。



 あれはノエル達が食事を終えて宿屋に戻った頃の話だ。



 たらふく食べて腹を満たした我は「昼寝でもしようかなぁ」と村の草むらで寝転んでいた所、村長さんが怖い顔をしてやって来た。



 その時の我、また怒られるのではないかと不安絶頂。




「な、なんだ? 村長さん⋯⋯我は今からお昼寝をする所なんだが」



「そうか、じゃあちょっとこっち来い。仕事だ」



「え、我の話聞いてた? お昼寝なのだが⋯⋯」



「お前の話を聞いた上での判断だ」




 といった具合で半ば強引にお昼寝を中断され、村長さんに連れられた先には無惨にも半壊した人間の家があった。



 ちなみに我が壊したとかいう訳では無い。




「村長さん、これは?」



「これは以前魔物に壊された家でな」



「わ、我は壊してないぞ!」



「誰がお前だと言った。建て直す予定もないから、この家の残骸を撤去して欲しい」




 村長さんは私にそうお願いしてきた。


 ワイバーンの力を持ってすれば、人間の家の撤去くらい容易に行える。



 ふふふ、人間の仕事とは案外ちょろいものだな?




「いいか、今から指定する場所に撤去した残骸を移動させてくれ。後で燃やす」



「ほう、それは何故だ? ここで燃やせばいいじゃないか」



「隣の家に火の粉が飛んだら大変だからな。燃やしても問題ない場所まで運ばないといけない」




 なるほど、村長さんは火の粉が燃え広がる事を恐れているのか。


 まあ我は言われた通りの命じられた仕事をするまでだ。



 それにしても酒代というのは一体どのくらい働けば返せるのだろうか。


 村中の酒を奪っていった身として、とんでもない借金を背負ってしまったのではと今になって後悔する。




「考えていても仕方ない! 仕事に取り掛かろう!」




 本気を出したワイバーンにとって、半壊した家を撤去する事などやはり容易く、魔法を使えば一時間とかからずに終わってしまった。




「ふう、随分と早く終わってしまった。また我の優秀さを見せつけてしまったな」




 与えられた仕事を俊敏に終わらせられる自身の圧倒的な力に酔いしれつつも、自分の実力はまだこんなものでは無いと、何処か物足りない自分がいた。



 きっと村長なら、「与えられた仕事をこなした程度で付け上がるなよ」とでも言うはずだ。



 つまりは、与えられた仕事以上の事をこなす必要がある。




「とすると、壊れてはいないけど隣の家も解体して運ぶべきか?」




 そう思った我は、良かれと思って隣の家も解体して残骸を置く場所へとせっせと運んだ。



 解体途中、家の中から「助けてくれー!」と家族と思われる人間達が飛び出て行ったが、まあ気にする事はないだろう。



 何故なら我は仕事をしているんだから。




 ⚫




「で? 人が住んでいる家まで撤去したと?」



「うむ! 求められている仕事以上の事をするのが我々ワイバーンだ!」



「馬鹿か! お前のせいで家を失った人達が出ているんだぞ!」



「え⋯⋯?」




 我は大いに混乱した。


 絶対に褒められると思って、胸を張って答えたはずがまさか「馬鹿」呼ばわりされるなんて。


 思わず我が耳を疑ってしまう。



 しかし、冷静に考えてみると「馬鹿」は人間でいう「最高」の意味を持つ言葉なのかもしれない。


 それだったら納得が行く。




「馬鹿か、普通に怒ってるんだよ」



「あ、あうぅ⋯⋯何故⋯⋯」



「うちの村の人間が住む場所を無くして困っているんだ、怒るのは当たり前だ」




 ここまで言われて我、ようやくしでかした事の大きさに気付く。




「いいか、新人なんだから勝手に行動をするな。せめて上の人間に聞け、分かったな?」



「は、はい⋯⋯心得た⋯⋯」



「ったく⋯⋯今まで誇り高きワイバーンとか言って全て力に任せて、ろくに働いて来なかったんだろ?」



「な、何を失礼な! お母様の手伝いとかはそつなくこなしていたぞ!」



「仕事舐めんな! 家の手伝いとは違ぇんだよ!」




 村長さん大激怒。


 顔はまさしく鬼の形相、声を荒らげらると流石の我も肩が震える。


 我は初めこんな恐ろしい人間に上から物を言っていたのか⋯⋯。




「偉そうにする事しかワイバーンは取り柄がないのか?」



「そういう訳では⋯⋯ないだろ⋯⋯」



 完全に我、弱腰の姿勢。



「すぐに何が出来るか出てこない辺り、本当に何も取り柄がないみたいだな。ん? 違うのか?」



「っ⋯⋯⋯⋯!」



「なんだ? 違うのなら何か言い返してみたらどうだ?」



「うう、うわぁぁぁぁん⋯⋯!」




 といった具合で初めのお仕事は残念ながら失敗に終わった。


 そして初めは人間たちに畏怖の念を抱かれていた我も、無事に人間に泣かされるという無様な結果に終わった。



 ワイバーンは十五歳で成人扱いで、我も今年成人を迎えた訳だが、やはりそこそこ歳をいってる大人に怒られるというのはキツイものがある。




「うぅ⋯⋯ひっく」



「はぁ、もう泣くな。お前には別の仕事をしてもらう事になるが、さっき母親の手伝いをしていたと言ってたな?」



「あ、ああ⋯⋯それがどうしたのだ?」



「母親の手伝いという事は料理もできるのか?」




 我は家事全般はそこそこ出来る。


 人型になって食事をとる時は人間と似た様な食事をとっていたし、よく一人でも料理を作っていた。




「料理なら出来るが⋯⋯」



「人間が食べる料理は作れるのか?」



「人型の時は人間らしい食事を摂るから、作れると思うが⋯⋯口に合うかどうか⋯⋯」



「それは食べて判断する。とりあえず作ってみろ」




 という事で我は食堂の厨房に立たされ、適当に用意された食材で料理を作る事になった。


 もし口に合わなかったらと思うと、少し怖かったがとりあえず何品か作ってみた。



 数々の完成品をみて村長さんは我の作ったクリームシチューに目を付ける。




「見栄えはいいな。食べてみてもいいか?」



「うむ、食べてみてくれ。一応味付けは少し人間に合うように変えてみたんだが」



「うん、美味いじゃないか!」




 村長さんからは意外にも好評だった。


 その勢いで村長さんは他の品にも手をつけていったが、どれも「美味い」と褒めてくれた。



 また怒られるのではと身構えていたのはどうやら杞憂だったようだ。




「お前、やれば出来るじゃないか!」



「えと⋯⋯我、役に立てそうなのか?」



「少なくとも食事処では働けそうだな。もちろん他にも色々やってもらおうと思ってるが」




 それから我は掃除洗濯買い出し諸々やらされた。


 元々のハードルが低くなっていたのだろうか、何かをこなす度に村長さんは「やれば出来るじゃないか!」と褒めてくれた。




「一通り家事ができるというのは本当みたいだな。リオーネ、これを着てみろ」



「これは何だ?」



「給仕服だ。これからはこれを着て働いてもらう。それに、ワイバーンとはいえ女なんだから布切れ一枚身に纏うだけは良くないぞ」



「村長さん⋯⋯!」




 という訳で我は村長さんから頂いた給仕服に身を包んだ。



 中々に可愛らしいデザインだ。


 こういった機会が無いと一生着ることがないんだろうな。




「村長さん、着てみたぞ!」



「まあ⋯⋯中々に似合ってるじゃないか」



「当たり前だ! 我が着ているからな!」



「ふっ、よく言うぜ」




 ⚫




 といった具合で、リオーネさんは給仕服を着ることになった経緯をようやく語り終えた。


 そして話終えるのを待っている間、すっかり用意された料理が冷めきって行くのを感じた。


 



「という事だノエル! 分かったか?」




 リオーネさんは熱量高く話していたせいか、少し息が切れをしている。


 分かったかと言われても正直な所、話は長いし後半は完全に冷めてゆく料理の心配しかしていなかった。



 なので、ボクからの答えはこれだ。




「ああ、すみません。殆ど聞いていませんでした」





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