第四話 獣人の少女ルア

「お願い! 飛んでください!」



 ボクと少女はホウキに跨る。


 ボクの願いに呼応するかのように、ホウキはふわりと宙に浮く。


 そしてボク達を乗せて物凄い速度で飛び立った。




「ノエルっ!? 逃げる気か!?」



「勇者様、このままじゃ獣人が逃げてしまいます!!」



「分かってますが、魔法で逃げられては⋯⋯!」




 去り際にリュウオウと八百屋の悔しそうな声が聞こえた。ざまあ無い。



 それよりもこのホウキ飛んでくれたのはいいんだけどコントロールが効かない。一体何処まで飛ぶんだ。




「うわわ⋯⋯! ぶつかるんですけど!」



 目の前に壁が立ちはだかる。


 窮地を脱出できたのはいいけどこのままじゃ壁にぶつかる。ホ


 ウキの勢いからしてぶつかったら最悪二人とも死ぬ。




「うわぁぁぁ!! 止まってぇぇぇぇ!」



「きゃぁぁぁぁぁ!!」




 僕も少女も悲鳴をあげる。ちなみに後者の可愛らしい方が少女だ。



 幸い、止まっての声にホウキが呼応したのか壁にぶつかる既のところで止まり僕達は地べたへと落下する。




「いった⋯⋯⋯⋯あ、大丈夫ですか?」



「あ、え、なんで⋯⋯?」、僕の問いかけに少女は困惑している。



「ん、何がなんでなんです?」



「どうして私を助けたんです⋯⋯? 人間なのに」




 少女はボクたち人間を敵とみなしているのか警戒しきっていて光のない眼差しをしている。


 きっとこの街で希望なんて物が無くなる程差別をされたんだろう。




「まず言わせてもらいますとボクは獣人を差別する主義はありませんしそもそも差別の類は大嫌いです。なので彼らも大嫌いです。だから貴女の味方をしました。以上です」



「てことはお姉ちゃん⋯⋯いい人ですか?」



「いい人かどうかは分かりませんけど、少なくとも貴女に危害は加えませんよ」



 少女はボクが信頼に値するかを見定めるように、じっと見つめる。



 その間ずっと少女の獣耳がぴょこぴょこしていて可愛い。




「そういえば、貴女の名前を聞いていませんでした。良ければ教えてくれませんか? もちろん悪用しません」



「名前⋯⋯ルアです。ご覧の通り獣人です。去年獣人狩りに捕まって、何処かへ連れていかれている間になんとか脱出して、この街に来ました」



「獣人狩り?」




 ボクの問いかけに少女、いやルアさんは頷く。


 街の人の扱いからして獣人を捕らえて奴隷などに使う気だったのか、勝手な憶測を立ててみる。




 ルアさんは元々この街出身ではなく故郷から誘拐されたということか。


 大まかなルアさんの名前やこの街に来た経緯がわかったところで、ルアさんは話を続ける。




「なんとか逃れてこの街に来たんですけど、獣人差別が酷くて⋯⋯。ろくな仕事にも就けない上に住むところも食べるところもなくて。


 挙句の果てに、さっきは殺されそうになっちゃいました。あはは、だから助けてくれてありがとうございます」



「どういたしまして。あとあははじゃないです。笑えません」




 ルアさんは、深々と頭を下げる。


 身なりは薄汚れたボロ布一枚、身体も痩せ細っていて髪は目にかかるほど伸びきっている。


 本当に住む所も食べる場所もなかったんだろう。



 そんな悲しそうに愛想笑いをされると、放って置く気になれない。




「よし決めました」



「はい? まさか処刑とか⋯⋯」



「いや、違いますから。ボクをなんだと思ってるんですか」




 怯えるルアさんを他所にたまたま目に付いた露店へ向かって歩く。


 こちらの世界ての人生初買い物だ。



「すみません、帽子ひとつ下さい」



「あいよ、五百ジェルね」



 ボクが立ち寄ったのは、帽子を売っている露店だ。


 何の気なしに陳列してある麦わら帽子をひとつ指さす。


 ジェルという単位は分からないけど王から頂いた袋を開けてみると、五百と数字が書かれた硬貨があったので、一枚取り出して支払う。



「毎度あり」



 購入した麦わら帽子を持ってルアさんの元へ戻る。



「これ、差し上げます」



「え⋯⋯?」




 ルアさんの桃色の髪をした頭に、ぼふりと麦わら帽子を被せる。


 麦わら帽子を被ったルアさんの獣耳は完全に隠れいて人間の女の子にか見えない。




「これを被っていれば人間の女の子にしか見えないので、安心かと」



「ありがとう⋯⋯ございます。こんなに良くしてくれる人間の方はいなかったので嬉しいです」



 帽子を被せるという行為は本来の獣耳の付いたルアさんではダメ、と否定している気分になったが喜んでくれたならせめてもの救いだ。



 これでどのお店にも立ち寄ることが出来るはずだ。




「ルアさん着いてきてください。


 その身なりを何とかしましょう」



「わ、私は別にこれで全然いいんです! そこまでしてもらう義理はありません⋯⋯」



「理不尽に嫌な事をされたんですから、理不尽に良い事もされてください」




 という、ボクの持論をルアさんに押し付ける。



 本当は直ぐにでも食事を摂らせて上げたいけどなんせルアさんの着ているボロ布⋯⋯ごほん、服だと飲食店で目立つ可能性がある。



 まずは服を買いに行こう。


 ついでにボクの服も何着か買っておこうかな。旅の途中毎日同じ服は嫌だし。




「ルアさん、お洋服買いに行きましょうか?」



「いやいや申し訳なくて⋯⋯もう助けて貰ってる上に帽子まで買ってもらってるのに」



「んー煮えきりませんね。本当に気しなくていいんですけど」



「で、でも⋯⋯」



「でもじゃなでいです。そろそろ面倒くさいので行きますよ!」




 そろそろ遠慮されるのにも飽きてきた。


 自分だったら見ず知らずの人間にここまでされると、遠慮どころか怪しいの域に達すると思う。


 けど生憎ルアさんの心情を汲んで時間をかけて打ち解けるまで接する程、ボクはお人好しじゃない。



 ルアさんの手を少し強引に取り、街を歩き始める。


 この見た目なら手を取ったくらいではセクハラにはなんないだろう。




「あのちょっと⋯⋯!?」



「ボク、何処に服屋があるか分からないので案内してくれると嬉しいです」



「えっと⋯⋯その、真っ直ぐ歩けばある事はあるんですけど⋯⋯中々にお高いお店でして」




 遠慮するルアさんの瞳をじっと見つめたら、ルアさんは観念した様に服屋の場所を教えてくれた。


 多少高価でも王から頂いたお金があるからなんとか支払いは済ませられるだろう。


 足りなかったら、最悪ホウキで逃げればいいだけの話だし。



 ボクはルアさんに言われるがまま歩く。


 途中洋菓子店や防具屋等が視界の隅に入り、街の一部分にファンタジー要素が散りばめられているのが分かった。




「あの、今通り過ぎました 」



「え、マジですか。すみません、気が付きませんでした」



「あの、私が言わなかったせいで⋯⋯すみませっ⋯⋯!」



「いや平気ですから。そんなに謝らないで下さい」




 ルアさんは目に涙を溜めて頭を下げる。


 気にしていない事で謝られても、こっちも気を遣ってしまうだけだ。



 思えばボクも現実世界だと変な奴だと思われない様に、いつも気を遣っていたっけ。


 周りと決定的に違うから意見を言いたくても否定をされるんじゃないかと思って、気も弱かった。



 夢の中だしいいかと思って、今のボクは好き 勝手やっているけどルアさんはそうもいかないよね。




「まあ、あれだけ否定されてたら殻に閉じこもっちゃいますよね」



「は、はい?」



「いえいえこっちの話ですので。あとお店ここであってますか?」



「合ってますけど、本当に入るんですか? 貴族みたいな人達しか入ってる所見たことないですよ?」



「貴族でも奴隷でも、店側からしたら同じ客ですので」




 店の外から覗くショーケースの中には高級そうな服ばかりが並んでいて、ルアさんの言いたいことは分からなくもない。


 ボクは無事にたどり着けたお店のドアに手をかける。


 横目でルアさんがあわあわしているけど、そんなに挙動不審だと怪しまれてしまいそうだ。




「いらっしゃいませ。何かお探しのお召し物はございますか?」



 思い切ってドアを開けて入店すると数々の華やかなフリルの着いた衣装と共に、直ぐに店員にエンカウントされた。



 店員はそこそこのお年を召した女性で全ての指に大きな宝石の着いた指輪をはめており、派手な身なりをしている。



 流石高級店、無駄に店員も着飾ってますね。



 そして店員さんはボロ布⋯⋯じゃなくて、質素な服を着ているルアさんに目をやった。



「この子はお嬢様の奴隷か何かで⋯⋯?」



「は? 奴隷ですか? 何のことです? 」



「その随分と質素な身なりをしていたので⋯⋯何かお気に触る事を言ってしまいましたでしょうか?」



 奴隷という差別偏見嫌いなボクにとっての地雷ワードを聞いて、つい強い口調を使ってしまった。


 店員はボクの機嫌を伺ように下から目線で見てくる。



 横を見るとルアさんが暗く俯いている。


 これ以上彼女を乏す様な発言は勘弁してもらいたい。




「やっばり私なんかが来るところじゃなかったんですよ⋯⋯」



「⋯⋯そんな悲しい事言わないで下さい」




 あまりルアさんに上手い言葉を掛けられずに、ボクは店員さんに向き直す。多分ボクの出来ることはこれだろう。



「奴隷なんかじゃなくてルアさんとボクは対等な立場ですので。今日はこの子に似合う服を用意して貰いにきました」



「左様ですか、かしこまりました。んー、ちょっとお嬢様こっち向いてくれる?」



「えっ、あ、はい⋯⋯!」



「桃色の髪と瞳も綺麗ね、何よりも顔が良いわ。素材はいいし後は私の最高なコーディネートを足せば光るわよ! この子!!」



 店員さんは緊張して背筋を伸ばすルアさんの顔を覗き込む。


 やがて店員としての意識よりコーディネーターとしての本能が勝ったのか、敬語を忘れて暑く語りだした。




「ではコーディネートお願いできますか?」



「もちろんよ! 逸材よ! 少し待っていなさい、直ぐにキュートな洋服を持ってくるわ!」




 店員さんは熱量高々に店奥へと駆け込んで行った。他に客はいなく、ボクとルアさんだけが店の中にポツリと取り残される。



 改めて店内を見回してみて、お姫様みたいな衣装が多いなぁ⋯⋯ボクも着たいなぁ⋯⋯なんて一人心の中で願望を垂れ流す。



  「あのっ、ノエルお姉さん⋯⋯」



「はい? 何か御用ですか?」



「さっき対等だって言ってくれて、本当に嬉しかったです。私この街に来てから下にしか見られてこなかったから、同じって言ってくれる人初めてで⋯⋯」



「そうですか。本当嫌な街ですねぇ。あとボク、お姉ちゃんじゃなくて男の娘なんですけど⋯⋯」



「え、男⋯⋯? ノエルさん、男⋯⋯?」




 本来なら当たり前の事なのに、ルアさんの中で感謝に値する言葉になっているのが、この街に対しての嫌悪感が増す。



 そしてさらりと性別を公表してみたら、案の定ルイさんはボクの顔を見ながら、狐につままれた様な顔をしている。



 長い銀髪に可愛らしい顔に空色の瞳、背丈だってルアさんと差ほど変わらない小柄だ。



 正直「実はボク女の子じゃないんです!」、なんて言われても信じる人の方が少ないだろう。



 まあ性別の事はゆくゆく慣れてもらうとして何やらドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。


 服の用意ができたんだろう。うるさい。




「お待たせした⋯⋯服の用意が出来ましたわ! あとそちらの銀髪のお嬢さんの分も用意したので良ければ是非!」



「はい?」




 店員さんは熱量高々にルアさんの洋服を差し出してくる。



 そして、何故か僕の分の洋服も。



 受け取ってみると、可愛らしいフリルのついた白い服⋯⋯え、ゴスロリ? これを僕に着てと?



 チラリと視線をルアさんに流してみると、「似合うと思いますよ」と呟かれた。



 正直着たい⋯⋯今のこの身体ならルアさんの言う通りきっと似合う。



 でもどうしてもあの時言われた「気持ち悪い」が僕の身体を鈍らせて、胸の中を恐怖心で溢れさせた。




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