第三話 もう1人の勇者
「うわぁぁん!! 王様、兵士さん助けてぇぇぇ」
「ああっ⋯⋯将来の娘。勇者リュウオウ! そこまでやって、良心が痛まないのか!」
ボクは敢えて喉を意識して作った甘い声で、年甲斐もなく泣き喚き、王と兵士に助けを求めた。
結果、決闘を許可したはずの王が物凄い手のひら返しをしてくれた。
それにさっきまで睨みつけていた兵士たちも、ボクを同情する目で見ている。
「け、決闘を許可したのは王じゃないですか⋯⋯!」
王からの予想外のバッシングに、リュウオウさんのボクを締め付ける手が、一瞬緩んたのをは見逃さなかった。
全ての力を振り絞って羽交い締めを抜けて、リュウオウさんの腰に携わっていた剣を見つけて引き抜く。
そしてその剣先をリュウオウさんの喉元へとぴたりと当てる。
「何をするっ⋯⋯!」
「はいボクの勝ちですね。気は済みましたか?」
勝負ありだ。
大人しく丸腰で来ていたら自分の剣を利用されて負ける事なんて無かっただろうに。
「しょ、勝負ありだ! 勇者ノエルの勝利!」
王の掛け声で正式にどちらか勝者か決まったみたいだ。
敗北の屈辱に塗れているリュウオウさんを無視して、ボクは城を出ようとする。
「まて、勇者ノエル。旅に出る前に役立つであろう武器を授けよう」
「武器ですか?」
「うむ、王家に伝わる魔法の杖だ。そして勇者リュウオウには王家の大剣を」
ボク達は王から各々の武器を授かった。
成程、僕は魔法使い系の勇者ということか、それなら戦闘も可能かもしれない。
まあ戦う気はないが。
「さあ勇者たちよ。姫を救うために魔王討伐へ旅立つがいい」
あれ、王がもう旅立てムードを醸し出しているけど。
餞別って王家の古臭い杖だけ? 旅にかかる当面の費用はまさかの自己負担だとでも? お?
「あの、王様。冒険するにもお金が必要なんですけど」
「え、ああ⋯⋯。じゃあいくら欲しいんじゃ?」
「んー、ある分だけ下さい」
一応王様だし、お金はあるだろうと思って言ってみたが、案外そうでも無い様で「わしのへそくり分なら⋯⋯」とボクの両手に収まる程度の大きさの袋を貰った。
「ありがとうございます。では旅立っていきます」
「うむ。嫁に隠れてコツコツ貯めたヘソクリを全て渡したんだ。それ相応の働きはしてくれよ」
王家の世知辛い事情を聞かされながらも、王、すなわち国家からの期待を一心に背負ってボクは城を出た。
城を出た直後に、後から追ってきたリュウオウさんに話し掛けられる。
「ノエル、さっきは完敗だったぜ。まさか俺の羽交い締めを抜け出すなんて」
「一つ言っていいですか?」
「なんだ?」
「あの羽交い締め凄く痛かったんですけど。というか体格差考えて貰えますか? 圧倒的ボクに不利なんですけど。というかそれだけボクに不利な状態で戦って負けるって、余っ程リュウオウさんは雑魚なんですね。魔王討伐とか向いてないんじゃないですか?」
あの理不尽な決闘を「いい戦いだった」で終わらせる程僕はお人好しではない。
久しぶりに早口で思っている負の感情を全て吐き出して伝えた。
「ノエル⋯⋯そんなことを言って、澄んだ空色の瞳が濁っているぞ!」
「くそ失礼ですね。元からこういう瞳ですよ」
「よくそんな可愛い顔から毒を吐けるな⋯⋯」
「ボクは好き勝って生きるって決めたので。ではさようなら」
ボクはリュウオウさんに背を向け魔王討伐へと歩き始める。
とりあえず歩いてみたがどこに向かっていいか分からない。
恐らくこの街を出たら次の街へと繋がる草むら的なのに辿り着くだろうか、そこを目指そう。
まあゲームからの知識を参考にしているだけだど。
そして歩きながら考える。
夢だと思っていたが、普通に痛みも感じるし何もかもがありえないくらい繊細だ。
現実とまるで遜色がない。
ありえない仮説だがもし本当に事故でボクが死んだのなら、男の娘として異世界に転生したとか。
「流石にそれは⋯⋯。いやなんか否定できなくなってきた⋯⋯」
これ以上考えても結論は出ないだろうし一旦やめよう。
それよりも貰った杖だ。
これ、振るったら魔法とか出るのかな⋯⋯。
「えい!」
可愛いらしい掛け声共に、適当に杖を振り下ろしてみる。
杖先からは炎の塊が放出された。
初めての魔法に感動しつつも、城から出たここが普通に街の中だと言う事に気が付く。
周りにいる街の人達が「ひぃぃ! 魔法使いが暴れてるわ!」「お嬢ちゃん、怪我人が出たらどうするんだ!」等と大混乱に陥っている。
「す、すみませんでした⋯⋯!」
ボクは頭を下げて、慌ててその場から立ち去った。安易に場所を考えて魔法を使うと、街の人達のお叱りに合うみたい。
「はてさてお金もあるしそろそろこの街を出発しましょうか。防具屋とかに行った方がいいんでしょうけど荷物になりそうですしねぇ⋯⋯」
ボクは、ぶつぶつと呟きながら街を歩く。
ファンタジー作品では、防具屋に行って武器を揃えたり、薬草などの回復アイテムを揃えるのが定石だと思うけど、実際それをやったら荷物が凄い事になる。現実的な案じゃない。
「おいっ、盗っ人だ! 誰か捕まえろ!」
「またアイツか、早く殺してしまえばいいのに」
考え事に浸っていたら近くの八百屋から叫び声が聞こえた。
盗人が現れたらしいが殺してしまえというのは物騒すぎないか。
まあ関係無いし素通りでいいか。
「痛っ⋯⋯! やめてっ、離して!!」
「暴れるなっ⋯⋯誰か、叩くもの持ってないか!?」
今度は何かに抵抗する子供の声が聞こえた。
子供を叩くなんて、この世界の人達は情がないな。
仕方ない、酷い様だったら僕が仲裁に入ろう。
ボクは素通りする予定だったはずの八百屋に立ち寄る。
八百屋の前まで来ると沢山の人だかりと、頭に獣のような耳が生えた少女が複数の大人に取り押さえられていた。獣人というやつだろうか。
獣人少女は前髪が目にかかる程長い桃色の髪に紅い瞳をしていて、服装は所々が破れている、ボロ布一枚を纏っている。
「おらっ! お前に食わせる物なんてないんだよ!」
「痛いっ! やめてよ、取ったものはもう返したじゃないですか!」
「獣人が口聞くんじゃねえよ、暴れんな!」
取り押さえられ抵抗する少女に中年の男が木材で頭を叩いた。
相当な勢いだ。
いくら盗人とはいえ、少女はまだ幼い。
歳の頃は十代前半という所だ。理由はどうあれ暴力を振るっていいわけがない。
それに「獣人」、というワードに差別の匂いを感じた。
八百屋の前に人だかりだできているが、皆面白い物を見るようで、止めようとする者はいない。
「勇者様コレはうちの野菜を何度も盗んでいます。どうか然るべき罰を⋯⋯」
「それは大変でしたね! 処刑しましょう!」
八百屋の男が「勇者様」と言うと、人だかりの中から見知った顔の男が剣を携えて出て来た。
リュウオウさんだ。彼は、問答無用で取り押さえられている少女に剣を向けた。
「幾ら何でもこんなのおかしい⋯⋯」
さっきから展開がおかしい、急すぎる。
獣人と言うだけでただの街人が暴行を加えることを許されていて、皆面白がって見ているだけ。
虫を殺すように「処刑」と幼い少女に剣を向ける大の大人。
偽善者ぶる訳じゃないけどボクは何があっても、差別される側の人間の味方でいたいと思っている。
理由は単純明快、ボクが誰かにそうして欲しかったから。
「後始末が大変だから血はあまり飛ばさないようにしないとな!!」
「ひっ⋯⋯やめて、助けてっ⋯⋯そんな野菜位で⋯⋯」
リュウオウさん、いや、リュウオウは少女に剣を向ける。
少女の懇願より後始末の事を真剣に考えている。
コイツなんで勇者に選ばれたんだ?
不愉快だ。ボクは我慢出来ずに、リュウオウと人だかりの前に出た。
「待ってください、リュウオウ。どうして女の子に剣を向けるんですか?」
「ノエル、こんな所にいたのか。そりゃあ獣人は汚らわしいから始末しておいた方がいいだろ?」
「っ⋯⋯⋯⋯」、汚らわしいと言われ、少女は何も反論出来ずに、暗く落ち込んた顔をした。
ボクも昔、男の癖に気持ち悪いと言われて言い返せなかった。その時既に、言い返せる程の自己肯定感はえぐり取られていた。
ただ反論できずに、言葉を受け入れるしか無かった。
勝手に少女と自分を連想してしまう。そのせいかな、余計に見放すことが出来ない。
「ボクはこの女の子の処刑に反対です。この子お腹空いているみたいですし、食事処に連れていくので、リュウオウついて来ないで下さいね」
「は? 処刑に反対だって、どういう風の吹き回しだよ。ノエル、周りを見てみろよ!」
リュウオウの言う通り、周りにいる人達はボクを異端の目で見ている。
「あのお嬢ちゃん、何を訳の分からないことを言っているのかしら」等と小声で言い合っている。
そう、ボクは知っている。
ここでボクがいくら怒っても、熱弁しても、一度凝り固まった差別や偏見はそう簡単に覆らない事。
少女には気の毒だが、言うだけ無駄だ。
自分の常識はそう簡単に覆らない。だったらコイツらの常識も覆すことは難しい。
「お姉ちゃ⋯⋯なに⋯⋯?」
「ボクは勇者ノエルです。貴女の味方ですよ」
状況の掴めない少女に軽い自己紹介をする。
少女の身体は服の上からでも分かるほど痩せ細っている。盗みをする程だから、ろくに何も食べられていないんだろう。
似た思考を持つ多数派は、考え無しに少数派を殺そうとしてくる。今だって少女の心と身体は、どちらも殺されかけている。
ならボク達少数派に出来ることは一つ、殺られる前に殺れ。
「この少女に手をかけるなら、ボクは貴方たちを殺します」
「ノエル、お前何言って⋯⋯。勇者としての自覚が無いのか!」
「あなたこそ、勇者が少女を手にかけて良いとでも?」
「ソイツは獣人だ! とにかく、そこをどけ!!」
話の通じないリュウオウは少女目掛けて斬りかかろうと飛び込む。
咄嗟に杖を振り、先程覚えた炎魔法を放って牽制する。
「炎っ!? ノエル、俺を敵に回す気なのか!?」
「ボクはもうとっくに貴方のこと敵だと思ってたんですけど」
周囲の視線は「あの子本当に勇者なの?」、とボクにヘイトが向く。納得いかないけど、この人たちからすればボクが可笑しいんだろう。
そして流石に人数差がキツイ。
リュウオウ以外が手を出してきたら、流石にどうにもならない。
ふと八百屋の入口にホウキが立てかけてあるのを見つけた。
あれに乗って空を飛んで逃げる事はできないんでしょうか⋯⋯。
そう思ったボクは咄嗟にホウキを手に取り、混乱する少女の手を引いて二人でホウキに跨った。
「お願い、飛んでください!!」
この窮地を脱するために一か八か、賭けに出るしかない。
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