刹那的快楽

@TheYellowCrayon

前編 青白い景色

今日はもうダメかな、、

繋がれそうな女が見つからず、冴えない気持ちのまま夜の街をぶらついていた。


左腕をホテル街の灯りの方にかざして腕時計に目をやると、時はもう午前4時を回っていた。

今日はダメだったな、、

一晩飲み歩いた記憶を振り返って今日は女はいないと、自分の中で一つの答えに落ち着いていた。


バーを何件かハシゴする中で、今日もバーテンと常連さんに顔を合わせることができた。それが今日の収穫だ。

例え女がいなくても、なんだかんだで一晩楽しめてしまう。だからこの過ごし方がやめられない。最近は毎週末、この街の世話になる。


最近はそういうルーティンになりつつあった。

それが少し怖い。ルーティンに依存してきているのではないか。もはや、今が楽しいというよりかは、楽しかった記憶に囚われて、楽しめる安心を求めてまた同じ場所にやって来てるようだ。


昔はもっと、新しい刺激があったのに、、


週末のこの時間、職場の誰からも干渉される事なく、いろんな感情の渦巻くこの街を徘徊しているひとときが、我の心の声に最も近づけるのだった。歩きたい時に歩いて、浴びたい光を浴びて、必要とあらば酒がおれの感情を引き出すのを後押ししてくれる。それで、目に止まった、はじめましての女の子に話しかけに行けばいい。


そんな夜が楽しかった。初対面だからこそ話しやすいし。何一つしがらみを感じず、楽しさと欲のままにベッドに突っ込む。そういう週末が楽しすぎたあまり、それに依存するようになってしまった。


ふと先月、福岡に転勤した先輩が言っていた事を思い出した。


「楽しいっていう感情がよう分からへんわ。まあとりあえずおれは元気やで。」


その言葉は、おれが「最近楽しんでますか?」と投げかけた言葉に対する返答だった。多忙な毎日で何が楽しいのかもよく分からないという事だった。その時、図らずも「楽しいが分からない」という表現におれは共感を覚えたのだ。


楽しいが分からない。。最近、職場にいる時や、平日帰宅して部屋にいる時によく感じることだ。いや、厳密にはそう感じているのかもはっきりとは分からない。ただ、満たされていないと言えばそうだろう。かと言って向かいたい未来の姿もない。自分の中の自発性を失っているような気持ち。

我(が)を失うのは不幸だ。それは間違い無いだろう。1人で好きな街を歩いている今なら実感できる。しかしそんな実感も常に感じ得るものではなくなってきているようだ。それってヤバくねえか?。。


好きなものも、欲しいものもわからなくなってきた時、心は漠然とした寂しさと不安の虜になっていく。それは半透明な膜に視界が覆われてしまったような感じだ。それが時々波のようにやってくる。


分厚い膜に覆われて、とびきり鈍感になってしまったような感覚。だからそれを脱するために今は欲が欲しい。逆に欲が欲しい。そんな自分が、かつては欲を抑えるので精一杯だった10代の頃と同じ世界線にいる存在だとは、今は受け入れ難い。


そうやって、もの思いに耽っているうちに空の色が変わっていた。外は日が出てきたようで、路地全体が青みを帯び始めていた。この時間帯の街は音が澄んで、よく響いてくる。ホテル街を歩いていると、建物の中から掃除機の音や、ゴミ袋を持って引きずる音が遠くまで響いてくる。


そろそろ帰ろう。部屋でゆっくり寝よう。そう思った途端、一晩飲み屋をハシゴして歩いた体の疲労が込み上げてきた。


ホテル街を抜けて道玄坂に出ると、坂を下って井の頭線の渋谷駅に向かう。通りはクラブから出てきたであろうハイカラな若者達で賑わっていた。その人々の流れのままに、居酒屋やラーメン屋街の道路沿いまで降りる。繁華街沿いに道をゆけば駅のある高架下までは一直線だ。そして高架下の右手に改札口が見えてくるはずだった。しかし改札口はシャッターが下りていて駅の入り口はまだ閑散としている。そっか!井の頭線は始発5時からだ。時計を見ると長い針は10のところに重なる寸前。あと10分か。


駅の入り口手前には数段の段差があり、タクシーの往来が多い道路との区別をつけている。その階段に何人か座りこんでいる輩がいた。泥酔か。まず目の前にいるのは男だ。おっさんじゃない。若いな。横顔がはっきり見えるのでわかる。一晩の盛りが残して行った爪痕みたいに、彼は力なく横たわっている。そのさらに向こうにいるのは、、、


階段に体育座りをして顔を伏せている人がいる。長く垂れた黒い髪が顔を完全に隠している。多分、女の子。いけるか、、。改札へ向かう歩調のまま、その子の方へ向かう。その子の周りにはその泥酔大学生しかおらず、視線も感じない。余裕があるな。


「大丈夫ですか?」


ワンパターンな呼びかけじゃないかと危惧しつつ、

でも率直に感じたことを言葉にした。

こんなところで若い女が1人塞ぎ込んでるんだから。


「ぅぅんーー」


「お姉さん大丈夫?」


顔は下向きのまま少し左を向いた。やった!女の子だ。黒髪ロングで肌は白い。髪の毛は末端に行くほど少しバサついていた。


「1人でここにいるの?」


「ぅうーん」


言葉がおぼつかない様子だ。まさに寝込んでいたのだろう。


「電車を待ってる感じ?」


「、、、」


「おれも電車乗ろうと思ってたんだけどまだ空いてないんだね」


「ぅん」


「うん。

お姉さんずっとここで待ってるの?」


「うーんさっきまで飲んでたんだけどー

友達が来るっていうからそれで待ってたの」


「あそうなんだ!

じゃまだ友達とは会えてないのか。」


「そう、連絡してるんだでどねー」


そう言いながら彼女はスマホを取り出した。ラインのトーク画面を開いたと思ったら、スマホを持つ手が力尽きたように膝の前でぐったりと垂れ下がる。同時に彼女は顔も伏せてしまった。泥酔というか疲労にも見える。


「大丈夫?気持ち悪くない?」


そう言って、背中の真ん中にスッと手を乗せる。

いいぞ近づいた。ビクッとした反応もこわばる感じもない。一緒になった。

この感じがいいから、こういうのは辞められない。


「んー」


喉からかすかに出てきた声の方へそのまま顔を少し近づけると、彼女は再び顔を上げてきた。そのまま口づけ。

特に抵抗ももなく、2人の顔は同時に近づいた。


少し冷たい。そして暗い。唇が。

本格的に日が出る直前、まだ街の景色は薄暗い青白いフィルター越しに見えているような具合に見えていた。

彼女の肌、唇の色はそれに溶け込めそうなくらい色が似ていた。少し生気がないというか、、。


「ねえ一緒に待とう?

始発までに、友達も来るかもしれないし」


ほんとは一緒に2人だけの場所に行きたい。

だから「一緒に」は嘘じゃない。


また彼女はスマホを手にした。

そしてここに至った経緯を語りはじめた。


「ずっと1人で飲んでたの?」


「そう。

飲んでまわってたんだけど、

でも最後の店で結構お金使っちゃったの。。

行きつけなんだけど、

友達来るって言ってて来ないし、

今日はお金つかいすぎちゃったな。。」


「そっかぁ

それで結構飲んだ感じかー」


「うんー」


また顔を近づける。

今度はもっと長く、

さっきのをもっと。


いいぞ、、

つながりそう。

もっと深く。

彼女が一緒にここを離れるのを許せるくらいに。


「お名前は何ていうの?」


「、、ゆうか」


「ゆうか、、

ゆうかちゃん

ゆうか友達来るかな」


「わかんないー」


彼女の手に乗るスマホに目をやると、トーク履歴にコールのキャンセルが並んでいた。何度もかけたがだめだったようだ。


、、、


彼女の背中に置いたおれの手に少し力が入り、近づきながらもっと抱き寄せてみる。


「おれ、2人でいたいな、、」


照れくさいので視線を下に向けたまま、そっと言ってみる。彼女に応答はない。

だが、抱き寄せてみると彼女は首をこちらにもたれかけてきた。


「この感じいいな笑

2人で居たい」


伝わって欲しいからもう一度言葉にした。


「こくっ」


彼女が頷く。

心地がいい。体を丸めて座り、抱き寄せる自分の胸にしっくりと彼女は収まった。

抱き寄せたまま長いさらさらな髪の毛を流れの通りに撫でおろす。何度も、ゆっくりと。少しぼさついた髪の毛を整えてみるように。

密着してソワソワする。


「ねえゆうか、

一緒にいく?」


またコクッと頷いた時、今度は静かに「うん」と言ったのが聞こえた。


「うん、、

行こっか」


そう言っておれは先に立ち上がり、ゆうかの手を引く。

彼女は相当酔っていて、立つこともおぼつかないらしい。直立した瞬間によろめいている。

だから手をゆっくり確実に引き、泥酔していた現場から離れ始める。


隣の大学生は完全に夢の国。

目撃者なし。

人目が気にならないのはいいな。


その時、すぐ後ろから男の声に呼び止められた。

「あのーっすいません。

自分、友達なんで!」


1人の男がゆうかと自分の背後からそう言って、立ち去るのを遮った。青年だ。背は高い。パッと見、世代は近そうだ。


一瞬、呆気にとられた。


うわ、呼んでた友達か、、

来ちゃったか。


終わったなと思い、冷めた。

今後の展開クラッシュ。


「俺友達で

彼女迎えに来たんで」


「あっ

友達っすか、、

ゆうか、友達なの?」


ゆうかに振ってみる。


「ぅんーー」


とりえず説明してここに留まる。


「さっき彼女ここで寝てたんだよね。

それで心配だし一緒にいこっかって、、」


「あーもういいです。

友達なんで」


だんだん不機嫌そうに、そして焦るようにそう繰り返してくる。

なんだ?


その時、ゆうかが自分の腕をぎゅっと引き寄せてきた。

こいつは違うんだな。


「あー悪いね」


そう会釈して俺は離れようとする。


「ああっクソ」


相手はそう吐き捨てて、目も合わせず引き返していく。

偽りか。

しかも待ち伏せ。

俺よりも先に離れたとこから様子を伺ってたのだろうか。で、後からふらっときた俺に横取りされたと。


「ビックリしたね」

後ろを見るのをやめ、ゆうかの方を向いて言った。


「あれヤバイ人だった〜」


「俺マジでゆうかの友達かと思っちゃった。

迎えにきたのかなって。

あれ多分待ち構えてたんだね

ゆうかのこと」


「こわい」


「ぶっちゃけ安心したよ。ほんとにゆうかの友達だったらゆうか連れて行かれちゃうじゃん笑。」


「ふふっ」


話しながら歩く彼女の足取りは不安定だった。


「あーどーしよ

タクシーのろっか

ホテルまでタクシーで行こ!」


「こくっ」


居酒屋とラーメン屋が並ぶコーナーの正面に停車していた個人タクシーに乗り込む


「お願いします

道玄坂登ってもらって」


しかし、ドライバーは


「ああ?

道玄坂いうて

もうここが道玄坂きとるがな!!」


!?

明らかに威圧的、、

不機嫌そうなドライバー。

実際のところ、道玄坂は目の前の交差している道路だ。


おれが何か不快なのか

泥酔女を拉致ってるから?

あなたには関係ないだろう。


ゆうかは奥に座ると、シートに吸収されるように、首までタクシーの座席にだらんともたれかかっていた。


「ぅんんー」


酔いが眠気に変わっていきそうだな。それも一気に。


「あそっか!

じゃあそこの信号右でお願いします。」


「ここ?ここでえんかい!?あ?」


いいよそこだよ!笑

クラブホテル街を突っ切る一本道に入る。ホテル街に入る手前で、降りた。この車にずっと乗っていたら行きたい場所から遠ざかるような危機感に駆られていた。


ゆうかの手を引きタクシーから脱出。

空き部屋を早く見つけないと!

でも、でかい通りのホテルはもう満室かもしれない。


タクシーを降りた場所は丁度ホテル街の奥へ続く細い道との交差点だ。車がほとんど通らない細い道の方を行ってみる。と、曲がり角が見えてきた。それを曲がった先はもう何もない路地裏だと知っていた。


まずいな。相変わらず彼女はベロベロで長い距離を歩かせるには限界があるように見えた。気持ちが変わるのが何より心配だ。望んで一緒に来てくれている感じはあるものの、路上の泥酔女という初めてのパターンにおれは少し動揺していた。


突き当たりを右に行けば路地裏だ。しかし、左にも行ける道を見つけた。いや、それは少し奥まった所にあるホテルの入り口だった。行けるか?、、

入り口まで、地下に続くタイル張りの短い螺旋階段が伸びていた。


彼女の手を引いて体を密着させながら降りていく。中のフロアは赤かった。壁面が。でも体感的には空間全てが赤ワインみたいな妖しい赤に包まれていた。

空いてる部屋はフロントと同じ階で、フロントからたった数メートルほど廊下を進んだ所にあった。


部屋の扉に手をかけると思いの外、勢いよく扉は開いた。扉が軽い。大抵ラブホならライオンズマンションの扉くらい重くて分厚いんじゃないのか。

もうちょっと外と分けて欲しいな。でもムードは壊れてない。


部屋でも同じ赤い壁が続いていた。

ワインレッドの閉じた空間は、特に記憶に染み付いた。

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