後日談~初回公演の日の夜に~

本日は元第一王子ウィリアムの出演する舞台の、初回公演の日です。


第二王子レオと元第一王子ウィリアムは、影の部隊を使って今もやり取りされているそうで、チケットはウィリアムから送られてきたものです。


最近、レオは私に一切隠し事をしないので、そういった裏事情も教えてくれます。



レオが隠し事をしなくなったのは、私の怒りが後から爆発したことがきっかけでした。


婚約破棄騒動で騙されていた事に、当初は驚きが勝り私もすんなり許しましたが、後からフツフツと怒りが湧いてきました。


その度に第二王子が心から謝罪してくれて、「私の人生で1番大切な存在である君を手に入れために必死だったんだ」と釈明してくれて、ベタベタに甘やかして下さりました。


そして「もう一生、ロージーに隠し事をしない!」とレオは約束をしてくれたのです。


お陰で今は王宮で2番目にラブラブのカップルと言われています。



本日は劇場の改修工事も無事終わり、初めての公演とのことで、チケットは今回のみ特別半額で販売したそうです。


そうは言っても、初回公演は特殊なドレスコードがあると聞いていたので、そんな条件で観客が入るのかと私は心配していました。


しかし、レオと共に劇場について驚きました。会場は満員御礼だったのです。



新築の木の匂いのする、立派な劇場を見渡し、レオが転ばないようにエスコートしながら私は、チケットの指定席に向かいました。


特殊なドレスコードがあるお陰か皆さん自分のことで精一杯のようで、お忍びで来ているレオと私に気づく人はいませんでした。


どうやら初回公演が半額だったお陰か、平民の方も多く劇場に来ているそうです。



私達の席の隣には、ピンクのドレスを着て茶色い三つ編み姿の大柄な方と、灰色のスーツを着た小柄な方が座りました。



幕が開き、いよいよ劇が始まります。



劇の演目は有名な喜劇です。


おどけた登場人物達の様子に、会場中があっという間に笑いで包まれます。隣の席のピンクドレスの方も、席が揺れるほど大笑いをしています。


私は笑いながらも、ウィリアムがどんな役で出てくるのか、ワクワク待っていました。しかし、なかなか出てきません。


すると、私の耳元でレオが囁きました。



「アレが兄さんだよ」



私は目を疑いました。


しかし、言われてみれば声がそうです。



なんと、元第一王子のウィリアムはお転婆なご令嬢役をやっていたのです。声が低いご令嬢だなぁと思ってましたが、驚きです。


レオが続いて、私の耳元で囁きました。レオが近づくと花の香水が香ります。



「あの王子役がティアラ嬢で、乳母役が用務員だったステファンだね。男性が女性役、女性が男性の役をやっているんだね。面白いな」



レオの言葉に、私はまたしても驚きました。


確かに登場人物の皆様、男性が小柄で、女性の声が低いと思ってましたが·····そうだったのですね。


そう分かると、喜劇がより一層面白く、そして劇が一層深い内容に思えてきました。



ラストに近づくにつれて、ウィリアムが演じるお転婆令嬢と王子の勘違いによる面白ハプニングが畳み掛けるようにあり、会場中が笑いで揺れました。


そしてどんでん返しのハッピーエンドを迎え、幕が閉じました。



会場中が拍手と笑顔に包まれています。


カーテンコールで再び舞台に出てきた、ウィリアムはこれ以上ないほど満足気で晴れ晴れとした表情をしていました。



私は手が痛くなるほど拍手しながらも、隣の席の方が気になって仕方がありません。



ピンクのドレスを着て、大笑いしていた方が笑いすぎて呼吸困難になっていたからです。


灰色のスーツのお連れ様が、必死にドレスのコルセットを緩めています。



ピンクのドレスが緩まるとその方は三つ編みのカツラを取って、ダンディな声で、灰色のスーツのお連れ様に向かって言いました。



「はー、苦しかった。お前はいつもこんな苦しい思いをしていたのだな。いやぁ、今日は貴重な体験ができた」



「あなた·····」



ピンクのドレスの方と、灰色のスーツの方は微笑み合いました。



そうなのです。本日劇場に入るためのドレスコードは、男性は女装、女性が男装というものだったのです。



もちろん私も、男装の黒スーツです。


そしてレオは紅茶色のドレスです。女装したレオはとても美人なのでもっと華やかな色のドレスが似合うと言ったのですが、私の髪色のドレスにしたかったそうです。


レオはなんと、ハイヒールに香水までつける徹底ぶりです。


このまま女装癖がついてしまうのでは····と心配してしまうほど似合ってましたが、「こんな苦しい思いは今日限りでいい、ロージーもこれからなるべく苦しくない格好で過ごしてほしい。コルセットの存在を断絶できないものか」とレオはブツブツ言っていたので、杞憂のようです。



初回のみドレスコードを設定してくれたのは、私達の顔をよく知る貴族達が来にくくなる為にと、私達がお忍びで来やすいように特別に設定してくれたのだと思ってました。


しかし本当は劇のコンセプトが、ドレスコードの理由だったのかもしれません。



劇が終わると共に会場のあちこちで、夫婦やカップルで男女の相互理解が進む様子がありました。




※※※




初回公演の日の夜の執務室。



そこには宰相と国王、2人の姿があった。



宰相が、少し赤い顔の国王に問いかける。



「本日は公爵との会食で、だいぶお酒を飲まれているのですから、もうお休みになられた方が良いのでは?」



国王は、眉間に皺を寄せ厳しい顔で答えた。



「ふん。公爵め!酒を飲ませれば儂の口が軽くなるとでも思ったか!」



「ふふふ·····陛下は外では、お酒を飲む程に口数が少なくなりますもんね。·····本当はお酒を飲むと陛下はとても素直になってしまわれるのですよね。それを隠すために、あえて口を開かない様に堪えているのを知っているのは、私くらいですかね」



「そうだ。本当の儂の姿を理解してくれるのは、お前一人だ」



急に真顔になって、国王が見つめてくるので、宰相は少し顔を赤らめた。



「そう言えば、今日がウィリアムの初回公演だったそうですよ。見に行けなくて残念でしたね」



「ふん。別に見に行きたくなどない。·····だが、お前が見に行きたいだろうと思い、次回公演のチケットを2枚手配してあるから、今度一緒に行ってやってもよい」



「陛下がたまに沢山お酒を飲まれると、これだから·····」



いつもの国王らしくない言動の数々に、宰相は頭を抱えた。


その宰相の横で、酔っ払った手つきで国王は執務机から立ち上がり、書棚に向かった。



その途中で国王がふらついたのを、宰相が抱きとめた。


そして国王は、近づいた宰相の顔を両手で掴み、宰相に口づけをしたのだった。






※※※





「陛下!執務室では、私を宰相として扱うという決まりにしたはずです!」



宰相兼王妃であるメアリは顔を赤らめ、国王から離れた。


国王はしょんぼりとして言う。



「お前には本当に苦労をかけたな。当時は誰も信用できない状況だったからと言って、宰相業務まで任せてしまい·····大変だっただろう。そんな中、息子達を立派にも育ててくれて、本当に感謝しているのだ」



国王のらしくない態度に、メアリは眉尻を下げた。



「陛下は、そうとう酔われているようですね。宰相業務は私も好きなので問題ありませんよ。息子達は立派に育ってくれたのでしょうか·····私が教育内容を変えてしまったせいで、この様な婚約破棄騒動に繋がったのではと思い、反省もしているのです」



項垂れたメアリの髪を撫でながら、国王が言った。



「いや、儂も教育方針の変更は納得の上での事だ。お前だけの責任ではない。·····王家の人間は本来、国王となる事が1番の尊いことと教えられる。だから国王の座を兄弟で競わされる羽目になる。そして、国のため国民のためを第一優先に考える人間になるよう育てられる。·····確かに、今回の婚約破棄騒動はその教育方針を曲げた影響とも言えるだろう。だが、お前は·····子供達に幸せになって欲しかったのだろう?


自分の気持ちに正直に、自分にとっての1番大切なものを見つけ、それを守って生きてほしかったのだろう?」



国王の優しい問いかけに、メアリは微笑み返した。



「そうなのです。好きな仕事をする幸せや、好きな人と一緒になる幸せを子供たちにも知って欲しかったのです。私がそうである様に·····」



「儂にとっての1番の幸せは、君を妻に出来たことだな。·····それにしても1番の役者はお前かもしれないな。宰相役も王妃役も母親役も見事に演じ分けている」



「あら、私は演じている訳では無いわ。場面と相手で使い分けているだけで、全部ありのままの私よ」



「なるほど、そうきたか。·····さて、今日の執務はおしまいにして、隣の寝室に行くとするか」



国王とメアリは微笑みあい、手を取り合って執務室の隣の寝室に向かったのだった。




~おしまい~

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婚約破棄の日の夜に 夕景あき @aki413

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