カササギの橋
小枝芙苑
右近の橘、左近の桜
一面の雪景色だった。
朝陽が射しこむ内裏の庭は雪が高く積もり、なめらかな絹のように輝いている。
御格子を上げに簀子へ出ていた右京大夫は、雪を踏む足音に気づいてそっとふりかえった。
「──あ、資盛どの」
「おはよう、右京。会えてよかった」
宿直を終えたところなのか、腫れぼったい目蓋に、萎えた白い直衣姿で現れた年下の恋人を、右京大夫は照りかえす雪よりもまぶしく見つめた。
資盛の手には、積もった雪をそのままに手折った枝が、大切そうにかかえられている。
「なにを持っていらっしゃるの?」
「うん、橘なんだけど……」
右京大夫の問いに、もじもじと資盛は視線を落として答えた。
それから、えいっと手にしていた枝を右京大夫へ捧げるように持ちあげ、頬を紅潮させながら言った。
「いつか、この橘をぼくのゆかりだって、いつもそばに立ってるからって、そう言えるように頑張るから! いまは、まだ侍従だけど……」
白く化粧をした橘を受けとった右京大夫は、資盛の手の冷たさに驚いた。
足もとへ目をとめてみれば、どれだけ歩きまわったのか、その周囲だけ雪が踏みしだかれている。
宿直明けで眠いだろうに、右京大夫が出てくるのをずっと待っていたのかと思うと、胸の奥がくすぐられたようにさざめいた。
「資盛どの……」
けれど、その想いを表に出すのも気恥ずかしく、つい意地悪が口をついて出た。
「そんなことをおっしゃって、左近衛府のお勤めになったらどうなさいますの?」
「──!」
昇進して兄と同じ右近衛府に勤めるのだと、無邪気に思い描いていたらしい資盛は、しゅんとうなだれた。
その顔があまりにも可愛らしく、右京大夫に笑みがこぼれる。
資盛は口をとがらせてため息をつくと、すぐに機嫌を直して右京大夫へ片目をつむってみせた。
「──いいよ、じゃあ春になったら、ふたりで北山の山荘へ行こう。そこで、右京と桜を見るんだ。ぼくのゆかりになるかもしれない桜をね」
「まあ、きっと約束してくださいね」
「もちろんだよ。右京も、今日のことを忘れないでよ」
そう言って資盛は、白くまばゆい庭へ溶けこむように消えていった。
ふたりの様子を陰から見ていた女房たちに囃し立てられ、右京大夫は恥ずかしそうにうつむく。
ふっと熱のこもった吐息をつくと、橘に積もった雪がじわりと融けた。
◇ ◇ ◇
立ちなれし みかきのうちの たち花も
雪と消えにし 人やこふらむ
ことゝはむ 五月ならでも たち花に
昔の袖の 香はのこるやと
了
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