「月蝕楽園」北園陽

@Talkstand_bungeibu

「月光」

姉は雨戸の閉め切られた一筋の光も差し込まない和室に寝かされていた。

「お父さま、お母さま、身寄りのない私を今日まで育ててくれて感謝しております」

弱々しい声で言葉を継いだ姉を両親は見つめていた。

枕元に置かれたろうそくの火が風もないのに揺れている。

わたしは年老いた父と母の背を直視することができなかった。二人の表情は見なくても容易に想像がついた。


姉は月の光を浴びる度に体が透けていく病に罹っていて、わたしたち家族は方々に手を尽くしたが医者はおろか巫に診てもらっても病を治す手立てはないとのことだった。原因も分からない病に姉の姿は日を追うごとに薄くなっていった。

月光が彼女の体をゆっくりと蝕み、死の足音は確実に近付いている。

月の光を浴びずに生活をしていても姉の病は進行していった。満月の日が一番病の進行が早く、三日月や新月の日はいくらか体調は良さそうに見えた。

昔から姉には月のうさぎが見えていた。わたしは月にうさぎなんていない、見えないと主張したが姉はうさぎの表情や目の色までも見えると毎回言っていた。

「私は目がいいのよ」

なんて姉は言っていたがその頃から体調を崩して寝込むことが増えていった。


「竹から生まれた私の故郷はあの夜空に浮かぶ青白い月なのです、月が私を呼んでいるのです」

姉が消え入りそうな声で呟いた。

「お父さま、お母さま、ありが…」

最後まで言い終わらぬうちに姉の体は燐光を残して消え去った。

両親のすすり泣く声が和室に響いていた。

わたしはその声に耐え切れず和室を飛び出して縁側から夜空に浮かぶ月を、姉を連れ去った月を見上げた。

見上げた先の月には何百と言ううさぎがいて楽しそうに何かのお祝いをしていた。

目を凝らすと多くの景色が月の上に広がっていて、そこは楽園のように美しい世界だった。


驚いて自分の手を見つめるとわたしの手も既に透け始めていた。

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