柳生三厳 両名を『柳十兵衛』とする 1

 幕府に仇なす怪異あやかしを取り締まる老中直属の役職『怪異改め方かいいあらためかた』。その候補に選ばれたのが柳生宗矩やぎゅうむねのりが長男・柳生三厳やぎゅうみつよしであった。

 三厳は改め方に就くための修練に励み、とうとう最終試験にまでたどり着く。そして彼は今宵見事ここ江戸城大広間横にて行われた最終試験を突破した。


 そんな三厳に大上段から労いの声をかけた者がいた。

「見事だ、七郎(三厳の幼名)!良いものが見れたぞ!」

 三厳は慌ててひざまずき額が白洲の砂利に触れるほどに深く頭を下げた。それもそのはず、声の主は現将軍・徳川家光であったからだ。本来将軍はこのような催しには参加しないのだが、三厳と縁がありかつ無類の武術好き故に無理を言って見学をしに来たのだ。そして今仕合いを終えた三厳に対し興奮からの労いの言葉をかけたというわけだ。

 ただしこれに三厳は返答できない。通常一家来が将軍と会話することなど許されてはいないからだ。確かに三厳は家光の小姓であったが、中奥ならまだしもここは大広間である。三厳はさらに深く頭を下げることでこれの返事とした。家光は少し残念そうに鼻を鳴らすが一応立場を自覚してかこれ以上は何も言わず、他の小姓と共に素直に奥へと帰っていった。家光が下がると他の旗本たちも各々案内の坊主たちに連れられて城内へと消えていった。


 江戸城は防犯のために大門は暮れ六つ(日没時、午後6時前後)に、そのくぐり戸は九つ(午前0時頃)に閉門する。閉門以降は誰であれ城内への出入りはできない。そして今宵の閉門時間はとうに過ぎていた。そのため必然今宵の関係者各位は江戸城内にて一夜を明かすこととなっていた。

 家光以降位の高い者から順に案内役の坊主に連れられて城内へと消えていく。そして程なくして宗矩と三厳にも声がかかった。

「柳生様。どうぞこちらに」

 宗矩と三厳。二人は親子ということで同じ部屋に通された。そこは特別広い部屋でもなかったが朝までひと眠りするには十分な部屋だった。

 ふすまを閉めるとさすがに緊張の糸が解けたのか三厳はふぅと息を吐いて腰を下ろした。宗矩は苦笑したがそれを咎めるほど狭量でもなかった。

「ふふっ。さすがに疲れたか。今宵はよくやったな、七郎」

「あ、いえ、失礼しました。いやまさか上様の前でお披露目するとは思ってもいなかったもので」

「ああ、まぁそれは確かにな。私も話を聞いた時は耳を疑ったものだ」

 宗矩もぼやく。今回の上様上覧はそれはそれは多くの人の思惑が働いた結果だと聞いた。想定外の大舞台。そんな中で下手をしていれば一気に柳生家お取り潰しなんてこともありえたかもしれない。宗矩は改めて背すじに冷たいものを感じた。

 三厳もまた緊張をしていたが、一仕事終えた今ではもうすっかり気が楽になっていた。

(だが逆に言えばそれだけ思惑うごめく中で見事結果を出したのだ。これならば俺の、そして柳生家の名声も上がったことだろう)

 そう三厳が内心自賛しているとそれを見越したのかすぐに宗矩から小言が飛んできた。

「しかし見誤るなよ、七郎。新陰の剣はただ切るにあらず。切った先に何を生かすかだ。今回は確かにうまくいった。しかし次も同じようにして上手くいくとは限らないのだからな」

「それは……重々承知しております」

 三厳は頭を下げつつ苦笑した。全く厳しい父上だ。

 とここで三厳に少しいたずら心が湧いてきた。三厳は半分冗談めいた口調で宗矩に尋ねてみた。

「父上はやはり未だに私が改め方に就くことに反対なさるのですか?」

「……はぁ」

 宗矩はあからさまに嫌そうな顔をしてため息をついた。三厳は笑いをこらえられそうになかったため「過ぎた質問でした」と頭を下げて口元を隠した。


 実は宗矩は三厳の怪異改め方就任に終始反対をしていた。もちろん立場上あからさまにではないが折に触れては小姓仕事の重要さや、つつましく剣を振るうことの大切さを三厳に説いていた。

 そうする父・宗矩の気持ちはわからないでもない。今の三厳の役職・将軍の御小姓など一旗本の子が付くには分不相応なまでの役職なのだ。親からしてみればそこで堅実に禄を積んで大きくなってほしいものなのだろう。

 しかし不遜ながら主人の後に続きちまちまと雑務をこなす小姓の仕事は、血気盛んな三厳にとってはいささか退屈なものであった。そんな折に打診された怪異改め方というお役目。地位血縁だけでは決して就くことのできない、腕っぷし一つでその身を立てる役職。それは武士にとって、あるいは男児にとって一つのあこがれであった。それに魅力を感じ飛びついた三厳に後悔はない。

(大丈夫。俺の剣ならばやれる。剣で身を立ててこその武士だということを父上にも認めさせてみせようぞ!)

 三厳は静かに座していたがその体からは自信と闘争心が沸々と湧き上がっていた。それを見ていた宗矩は何か言おうとしたが結局諦めて口を真一文字に閉ざしてその日は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る