第2日目 英検

「 今日は英検の勉強をしたいです。

あともうすぐで英検なんですね。勉強が足りるかが不安です。

 ところで先生は英検を持っていますか?

持っているのなら、何級まで持っていますか?」


『僕は、英検2級まで持ってます!

準2級以上は、面接もありますよ!頑張れ!』



「お? あいつ、英検受けるのか。確か……」


 帰ってきてすぐに、上着も脱がずリビングのテーブルに向かった親父が呟く。

 昨日と同じ場所に、淡いウグイス色の表紙が特徴の例の交換日記が開いたままで無造作に置かれている。

 

「英検なんか、俺受けたことねぇなぁ。今は、英検何級かを持ってるか持ってないかで大学受験のときとか有利なんだっけ?」


 そうなのだ。親父は英検に対してだけでなく、最近の教育事情にはとんと疎いのだ。娘の行く学校や習い事も、すべて妻に言われるがままにしてきた。娘が、今まで何を勉強し何の試験に望んできたのか全くと言っていいほど分からない。


「確か、英語だけは得意中の得意だったから心配ねぇだろ。それより、漢字が苦手だから漢検のがいいんじゃないのか?」


 こんなことは、口が割けても娘や妻の前では言わないし言えない。妻が教育熱心なので、娘に幼い頃から何かとさせてきたのだ。そして色々チャレンジしたなかで、唯一続いていたのが英語だけ。


「ま、得意なもんが1つでもあれば、いいってことさぁ。俺にも、何かあったか?」


 しばらく考えて天井を仰いだ親父だったが、空をみるばかりで何も思い浮かばず考えることを止めた。


「俺の得意なことは、嫁さんのほうが知ってるか。明日になったら、聞いてみよ」


 前向きな考えになった親父は、今日も機嫌のよい足音を立ててお風呂へ向かった。


 次の日、親父自身でさえ思いつかない自分の長所を妻が答えられるわけもなく、怒らせた挙げ句に


「朝の忙しい時間に聞く質問じゃない。1つもない!」


と一喝され、同じ質問を娘にも尋ねてみると、


「ウザイ!」


と言われただけだった。


そう、娘は順調に反抗期の真っ最中である。


そして、妻は順当に更年期の真っ最中である。



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