破滅欲求

 画面の前の皆さん、はじめまして

 あるいは、お久しぶりです

 私は無より生まれし者、無生ムウです

 ところで皆さんは、ヒトの三大欲求ってご存知ですか?

 食欲、性欲、睡眠欲…

 一般的にこれら三つの欲がヒトの三大欲求と言われています

 しかし、果たしてそれは正しいのでしょうか?

 フフフ…

 人間の欲は千差万別

 百人いれば百通り、億人いれば億通り

 ヒトの欲とは、単純ではないのです


 それでは、今回のヒトの欲を観察してみましょう…




「いってきまーす!」


「いってらっしゃい。気をつけてね」


 今回の主役は母子家庭で育った女子高生、名は佐々木ささき由美ゆみ

 彼女は残り二ヶ月程で高校を卒業し、母親の友人が経営する会社に就職することが決まっています

 聡明で気立てもよく、母親想いの彼女は誰からも好かれていると言っても過言ではありません

 そんな彼女は十歳の時、実の父親が彼女に対する児童虐待の罪で逮捕され、その父親が拘留中に舌を噛み切って自らを殺すことでその人生を終えるという経験をしています

 父親が自分を虐待し、それが発覚したことで父親が自殺するという悲劇的な経験を味わった彼女は、母親と寄り添うようにして育ちました

 彼女は口癖のようにこう言っています


「私が高校卒業したらガンガン働いてお母さんを楽させてあげるから期待しててね!」


 彼女はまさしく、娘の鑑です

 しかし、そんな彼女には誰にも言えない秘密の欲がありました

 まるで抗えない衝動の様に膨らむその欲求は、父親の死をきっかけに爆発し、彼女はずっとその欲を満たすための行動を繰り返してきました

 その欲とは、食欲でも性欲でも睡眠欲でもありません

 なぜなら彼女は、裕福ではないものの安定した生活の中で食事をし、睡眠をし、高校二年の夏に出来た人生初の彼氏との蜜月までも得ているからです

 では、彼女の秘密の欲とは一体、何なのでしょう…

 フフフ…

 それは、彼女自身に見せてもらいましょう…




「おっはよー!」


「おはよう。今日も時間通りだね」


 教室のドアを開けると親友の蓮美はすみが声をかけてきた。蓮美の言った通り、私は毎日ほぼ同じ時間に登校している。

 到着時間から逆算して行動してたらそうなっていた。

 うちの学校は、八時半までに教室に入って着席していなければ遅刻扱いとなるため、私はいつも八時二十分頃に学校へ着くように家を出ている。

 その為にはまず、六時半までには起きていなければ間に合わない。女の朝は男と違って起きて五分でいってきますとはならないのだ。

 それから七時十分に家を出て、七時二十分頃の電車に乗る。その電車が学校の最寄り駅に着くのは八時五分頃で、駅から十三分歩くと学校に着く。学校に着いたら四階の教室まで二分で到着。

 毎日こうしていれば、予期せぬトラブルがない限りはほぼ同じ時間に教室に着く。簡単な理屈だ。

 しかし、私は最近になって週二回、その行動パターンルーティンを一時間半にしている。

 それは、母の友達の雪子ゆきこさんの経営する会社への就職が決まった九月頃から始まり、主に月曜日と金曜日に実行している。

 主にというのは、月曜日が休みの日は火曜日にずれて、金曜日が休みの日は木曜日にずれるからだ。

 ちなみに今日は木曜日で、明日は休みではないから前倒しはしていない。

 この前倒しについて、母には「卒業前に学校でやり残したことをやるために一時間半早く学校に着くようにしている」と嘘を吐いているが、お人好しな母はそれを疑うことなく「朝早くて大変だけど、卒業までにやりきっちゃいな!」と応援してくれている。

 私はその一時間半を使って『見知らぬ人のさせている』。これは、比喩などではなく、私の行動によって実際に人の人生が破滅するのだ。

 その方法は私自身を使った犯罪の誘発と心理的誘導だ。

 先月は痴漢行為と児童ポルノ所持で八人が破滅した。

 痴漢という犯罪の誘発は簡単だ。

 私が獲物となる男の手を掴んで私自身の胸に持っていく。そうするとバカなやつは私を『そういう子』だと勘違いして自ら触り始める。

 そうして男が私を触っている所をスマホで動画を撮影した上で防犯ブザーを鳴らせば『ジ・エンド』だ。

 相手が何を言おうと実際に私の体を触っていた事実がある上に映像まで残る。

 男が弁解をしたところで中高と演劇部の私の演技を見破れる奴はまずいない。

 動画を撮った理由を訊かれた時は、「胸を触られたのが悔しくて証拠を残すために録画した」と言えば大抵は通る。

 動画を撮るくらいなら最初からブザーを鳴らせば済むと言われることがあるけど、その時には「ブザーを鳴らして電車内で人目を引くのが嫌だったから降りてから捕まえようとして証拠を撮った。けど、耐えられなくなって鳴らした」と言えばまず疑われることは少ない。

 この国の社会は女子供は庇護するものであり、特に痴漢などの猥褻事件の被害者が女子供ならば、男は絶対悪になる。

 私はまだ女子高生だ。女になりつつありながらも法律上は子供でもある。

 そんなの私の言葉に対し、きっかけは私だとしても下心があって私に触った男が勝てるわけがない。

 心理的誘導である児童ポルノ所持はもっと簡単だ。

 私自身が撮った昔の自分の猥褻写真を見知らぬ人間の鞄や見知らぬ家庭のポストに『一言添えて』いれてやるだけでいい。もちろん私の顔は隠してある。ただし、これだけでは写っている私の年齢もわからないからどうとでもいいわけが出来る。けど、その写真に実在する学校の学生証と顔写真が一緒に写っていれば一気に現実味が増してくる。その写真と手紙が家族や同僚に見つかった時、それを持っていた男が破滅へ向かうことがある。

 ちなみに、その学生証は、実際にそういう犯罪をした奴等が闇サイトへ流したデータを使用して偽造した物で、闇から闇へ消えてしまった私とは一切面識のない小中学生の物だから私が疑われることもない。

 そもそも、知人や家族の持ち物からそういう物が出てきた時、人は警察に伝えず、内々で済ませようとするから私にリスクはほとんどない。

 この送り付け行為は、痴漢を誘発させるよりも簡単な分、破滅の確率は下がるものの、人間は確証よりも心証を優先しやすいが故に人間関係を壊す確率は高い。況してや家族となればより一層そうなりやすい。

 ある日、旦那宛に手紙が届き、その中身が児童ポルノ禁止法違反となる写真で『恨み言』でも書かれていたら嫁はどう思うのか?

 旦那がどんなに弁解したところで悪い印象が残ることが多い。そうなったらこっちのものだ。

 次は旦那の留守中にその家へ行き、嫁に直接会えばいい。旦那は留守なのだから言い訳すら出来ないまま私の言葉により嫁は疑心暗鬼に陥る。

 こうして私は何人もの男の人生を破滅させてきた。

 去年の八月に彼氏が出来る前は放課後にそれをしていたけど、彼氏が出来てからはそれをする時間がなくなり、私は一年以上我慢していた。でも、卒業まで後半年を切った頃、抑えていた欲求が爆発し、苦肉の策として朝にそれをした。

 それが正解だった。

 朝の通勤通学の時間帯はとなる男がいくらでもいるのだ。

 そう言えば、先月のニュースで獲物にした男が報道されていた。

 その内容は痴漢で捕まったことで会社をクビになり、嫁に離婚されて親権も失い、離婚に伴う慰謝料を請求された末に自殺したというものだった。

 信用を失った末に自殺する。まさしく破滅だ。

 このニュースを聞いた時、私は笑いが止まらなくなった。父と同じだからだ。

 そう、私の父は児童虐待で逮捕された末に自殺している。

 児童虐待の内容は性的虐待だ。けど、父は私にそんなことはしていない。

 全て私が仕組んだものだ。

 その方法は単純だったけど、大人達はあっさりと騙された。

 その日は母が雪子さんと旅行に行っているため父と私は二人きりだった。

 そして、その日の夜に父は私に性的暴行をしたとして現行犯逮捕され、拘留中に舌を噛み切って自殺した。

 その日、私は父がお風呂に入っている間に当時流行っていたアニメのオモチャのステッキを使って自分で処女膜を引き裂き、膣の中に父の精子を入れると下半身を露出したまま泣きながら交番へ駆け込んだ。交番にいた警察官は当時十歳の私がそれを自作自演したとは思わず、すぐに父は逮捕された。

 その時使用した父の精子は、その計画を思い付いた日である事件の三日前、家のごみ袋を漁って見つけた使用済みのコンドームを冷凍庫に入れて保存し、事件当日に解凍したものだ。

 状況証拠と物的証拠、そして泣き叫ぶ子供の言葉は説得力抜群だった。

 私は実質的に父を殺したのだ。

 それ以来、私は父のように破滅する人間を見るのが堪らなく好きになった。


「…………ねえ、聞いてる?どうしたの?ぼーっとしちゃって」


「えっ!?あ、うん。聞いてる聞いてる。タピオカスパゲティの話でしょ?」


「もー!ぜんっぜん聞いてないじゃん!」


 私は急に話し掛けてきた蓮美に対してテキトーに返した。実際は急じゃなく、私が聞いていなかったのだろうけど、少なくとも私にとっては急だった。

 木曜日の昼休みはいつもこうだ。

 私は金曜日あしたの計画を練るために上の空になっている。


「ちゃんと聞いてよね」


「わかったわかった。で?なんの話?」


「うん。じゃあ改めて───」


 蓮美は耳打ちするかたちで周りに聞こえない声量で私に彼氏の愚痴を言った。

 蓮美の愚痴はいつものことではあるものの、その内容はいつもよりも深刻だった。

 どうやら、蓮美の彼氏が『児童ポルノ好き』かも知れないと言うのだ。


「………あー、彼氏の部屋からヤバめの写真が出ちゃったと…まだ見ぬ蓮美はすみの彼氏はロリコンだったのかあ。…どうりで蓮美はすみと付き合っているわけだ」


「いや、どうりでって…酷くない?てか、さすがにそこまで貧乳じゃないし」


「そうだね。わかってるよ。…で?どうしたいの?」


 私は蓮美に答えを訊いた。

 蓮美が愚痴を聞かせてくる時は自分自身の中で答えが決まっている時なのだ。しかし、蓮美はこちらが訊くまでは絶対に答えを言うことはない。


「…はっきりさせたい。本当はどんなことがあっても信じたいけど、隠すように引き出しの奥に仕舞ってあったから信じきれない。…だから、はっきりさせたい。明日、直接会いに行く」


「…そっか。それじゃあ、蓮美はすみのしたいようにしなよ。何かあったら私が聞いてあげるからね」


 私はその話を聞きながら心の中で蓮美に「ごめん」と言い続けていた。

 結果として蓮美の彼氏の手に渡ったみたいだが、その写真は蓮美の彼氏の物ではない。

 それは、蓮美の彼氏の父親の物となるはずだった物で、蓮美の彼氏は私の獲物に選ばれた男の家族なのだ。

 恐らく、蓮美の彼氏は遅刻したか臨時休校かで、私が朝早くポストに入れた父親宛ての写真と手紙を母親よりも先に発見し、隠したのだ。そして、蓮美が彼氏に内緒で浮気調査の名目でしていたところ、写真を見てしまったのだ。

 私は心の中で繰り返し蓮美に謝りながら、一方では蓮美の彼氏の父親の破滅を想像し、それを願っていた。

 例え蓮美の彼氏の父親が破滅したとしても蓮美は破滅しない。そう考えた時、私は蓮美の彼氏がどの獲物の家族なのかを聞き出さずにはいられなかった。

 そして、私は蓮美から彼氏の顔写真を見せてもらった。その写真から蓮美の彼氏の父親の顔を連想し、それがどの獲物なのかすぐにわかった。

 翌日の朝、私は蓮美の彼氏の家に行ってその母親に私の昔の写真を叩きつけ、その父親が行為を事細かに説明して恨み言を言ってから登校した。

 これで今日の放課後、蓮美が彼氏を問い質しに行けば破滅は間違いないと感じた。

 私の獲物は破滅し、その一端に私の親友の蓮美も絡んでいる。

 そう考えたとき、私の中にあるさせるという欲求は、かつて無いほどに満たされていた。

 そして、私は昔を思い出したように確信した。

 赤の他人を破滅させるよりも自分が関わる誰かを破滅させた方が満たされる。

 そう…だからこそ私はあの時、父を冤罪に陥れ、大好きな父を、大好きな母を、そして当時の私自身の生活を破滅させたのだ。


「ごめんね、蓮美。…でも、蓮美の彼はきっと大丈夫だから。その彼のお父さんはどうなるかわからないけど……」


 その日の放課後、蓮美が彼氏の家に着く頃になって私は思わず呟いた。蓮美の彼氏の父親の破滅を感じながら、私は次に破滅させる獲物のことを考えていた。

 その時、一番最初に浮かんだのは私自身の彼氏の顔だった。




 …如何でしたか?

 彼女は自身の聡明さと立場を最大限に発揮し、他人を破滅させました

 そして、その他人への破滅欲は最終的に自分の親しい人物の破滅こそが一番だと感じ初めました

 え?

 彼女は狂人なのか、ですか?

 フフフ…

 ヒトは皆、生まれながらにして狂気を抱いています

 そう、欲望という名の狂気を…

 さて、彼女がどんな結末を迎えるのか気になる方もいると思いますが、残念ながら今回のお話はここまでです

 では、また次回、お会いしましょう


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