糸
メガネ様
第一章 本の糸
僕が通っている学校、私立咲良高等学校には教室の三十倍以上ある大きな図書室がある。そこはとても静かで、定期テストの勉強や貯蔵されている本を読むために訪れていた。
校門から昇降口にかけてある桜の木が緑色に染まってきた頃。ある一冊の本を探すため、今日も図書室に来ていた。
「斉藤、佐々木、佐藤……あった、佐戸口。」
本の作者は佐戸口リカ。
この佐戸口さんは、僕の親戚で、この学校の卒業生らしい。
先月、彼女の家に訪れた時に
『私、自分の作品を母校…つまり君の学校ね、そこに寄付してるの。よかったら読んでみて。面白いかも。』
と綺麗に微笑みながら自慢げに話していた。
本の題名は『心』
佐戸口さんの作品の自称愛読家という母の話によると、主人公の男の子と女の子が事件の謎を解きながら愛を育むという物語らしい。母は口下手で話の内容があまり見えてこなかったが、興奮しながら話している様子からこの作品が好きという気持ちが伝わってきた。僕は少し心を弾ませながら、図書室の中央にある勉強机の椅子に座った。
「旅人さん、待って…行かないで…」
彼女は、綺麗に泣いた。声も出さず鼻もすすらず、たった一滴のつぶが落ちた。
だが、その旅人は美しい彼女に背を向けてゆっくりと歩いた。
そして「ごめん」とたった3文字呟いた。
『完全下校時間です。活動している部は帰宅の準備をして下さい。また、特別教室や図書室等を利用している人は下校しましょう。』
第14章432ページ目
僕は、ぼろぼろと涙を流した。
母の様子からハッピーエンドとばかり思ってたが、まさかのどんでん返しでバットエンドなんて。この終わりは悲しすぎる…
眼を腫らしたまま、本をもとの場所に戻して図書室を出た。
「母さん!!何あの本、学校でめっちゃ泣いちゃったよ!!」
「柊は、すぐに泣いちゃうもんね。昔から涙腺ゆるゆるだもん。」
母はリビングに入った瞬間怒りの声をあげた僕に驚きもせず、笑いながら答えた。「でも、面白かったでしょ、私が激押しする理由わかった?」
確かに面白かった…でもそれを今の母に言うのは何か気が引ける。
「べ、別に!?」
ふっと笑いながら「そう?」と言ってきた母に怒りを覚え、早足でリビングを出た。
自分の部屋には、縦1.5m、横1mの少し大きい本棚が3つほどあり、そこにはぎっしりと本が詰められている。
小3の頃、好きだったアニメの原作小説を読んだのがきっかけで、文の面白さに魅せられた。小説は絵がない代わりに、登場人物の声色や見た目を好きに想像することが出来る。まるで、文を映像化しているかのような楽しさがあった。
「この世にこんな楽しい遊びがあったなんて…」
という興奮を味わえた。
それから早7年、元々物欲が強かったのもあり本の冊数は500を超えた。小さい頃は増えるのが嬉しくて週に3回は冊数を数えていたが、最近は数える気が無くなる程、多くなってしまった。
僕は勉強机に座って、上に置いてあった参考書に手を伸ばした。実はこの参考書、好きな作家さんがテレビの取材で話していたものなのだ。解説が分かりやすく、受験の時、沢山助けてもらった。受験後も毎日勉強4時間を心掛け、自分なりに努力している。それもこれも、本に出会ったお陰だと考えると、なんだかとても嬉しくなる。
「ほんとに本はすごいなぁ。」
ふふっと笑いながら、小さな声で呟いた。
今日、こんなにも機嫌がいいのはおもろい本にまた出会えたからだろう。
不味い、時間がなくなってしまった。勉強をさっさと終わらせてしまおう。
そう思い、シャーペンを取った。
✡⃝✡⃝✡⃝
「あー!」
「えっ、何?どうしたの?」
いきなり声を上げた私に、これからの予定を話していた明紗子が驚いて少し後ろに仰け反った。
「晴菜先生から貰った過去の文集資料、図書室に置いてきちゃった。」
部員の子達の前で叫んでしまったことと、皆への申し訳なさで少し赤くなった頬を撫でながら、小さな声で言った。
「それじゃあ、来週から文集作りできないじゃない…」
頭を抱えながら下を向いてしまった明紗子に申し訳なさがたった。図書室は、明日から緊急改造が行われるらしい。もう建てられてから50年以上もたっている。壁紙が剥がれたり、床が時々軋んだりしているため、大リニューアルは仕方がないことだろう。晴菜先生は来週から産休に入るらしいし…副顧問の諏訪先生にでも相談するしかないか。
「取り敢えず、今日の部活はこれでおしまい。皆、帰りましょ。」
さよならとお辞儀をした後、自分の鞄を手にして明紗子に駆け寄った。
「明紗ちゃん、ごめんね本当に。諏訪先生に私が言っておくから。」
「当たり前でしょ。まったく流歌は相変わらずね。とにかく帰ろ。」
呆れた顔をしながらも優しい声で言ってくれた、明紗子に心が温められた。
明紗子はここ、文芸部の部長で2年と1年合わせて4人しかいない部をまとめてくれている。 3年は1人もいないため、必然的に2年である私と明紗子が部の最高学年だが、「ドジで、直ぐに横道に逸れる流歌には任せられない。」と言い、部長を受けよってくれた。いつも1人で頑張ってくれているのに、こんなにも迷惑をかけるのは流石の私でも罪悪感が生まれる。本当に申し訳ない。
「なに下向いてるの?早く行くよ。」
私は頷いて、先に歩き出していた明紗子の隣に走った。
「あの、諏訪先生は何処にいるか分かりますか?」
諏訪先生の担当クラスである3年4組の廊下で先輩方に聞いた。職員室にも、教室にもいなくて、とても困っているのだ。広い校舎を1人で探すのは時間が惜しい。
「教室と職員室は見た?もしかしたら、バレー部の体育館にいるかも。」
ありがとうございますとお礼を言って、バレー部の体育館、第3体育棟へ向かった。ここからならそこまで遠くはない。だが、何故第3体育棟にいるのだろうか。バレー部の顧問や副顧問をしているというのは、聞いたことがない。とりあえず行ってみないことには解決しないと思い、足を進めた。
今日はあいにく雨で、渡り廊下が結露で濡れていた。目の前にある第3体育棟は4つある体育棟の中で最も大きい。下から順にバレー、バスケ、卓球、ジムと階ごとにコートや施設がある。余りスポーツに興味が無い私とは縁のない場所だ。
体育棟の1階の扉を開けた途端、バレー部の声がものすごく大きく聞こえた。キュッキュッと足音がなり、ナイッサーといった掛け声が響いていた。運動音痴の私には到底出来ないであろう、長打のスマッシュやへにゃへにゃと曲がるサーブに見とれてしまった。
「凄いだろ。やっている人達は必死で、汗だくで、なのにとても美しく見える。私はバレーの観戦が趣味でね、時々来ているんだよ。」
突然話し掛けられ、少し驚いた後、その人が諏訪先生だと気付いた。
「部長から聞いたよ、過去の文集の資料を図書室に置いてきてしまったのだろ。しかし、今日の朝、柚結先生に聞いたが紙などは落ちていなかったらしい。その日、図書室に来た生徒はたったの2人で、貴方と、同じクラスの漣柊さんだけらしい。もし、図書室以外に心当たりがないなら、聞いてみるといいよ。一応、複製できないか晴菜先生に連絡しておくけどね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
明紗子、先生に話してくれたのか。本当に優しいなあと感動しながら、教室へ向かった。
✡⃝✡⃝✡⃝
俺は今、いわゆるモテ期というものに直前している。中学の頃は野球をやっていて、坊主だったからか全く持ってモテなかった。噂すらなかったのだ。だが、今はどうだ。いきなり高校でバレー部に入ったら、才能が開花。全国までいったことのあるちょっと強豪の咲良高校、訳して咲高で3ヶ月後レギュラーを張ってしまった。それから約1年、後輩たちにモテにもてまくっている。
『進藤先輩へ
このあいだの丘一高との練習試合の勇姿を見て、好きになってしまいました。
直接話したいので、昼休みに校舎裏で待ってます。
安藤柚 』
本当に下駄箱に手紙を入れる人がいるのか、というのが初めに浮かんだ感想だった。バレンタインの日には沢山のチョコが入れられるのでは、と少し心配になる。
「どーったの?」
クラスメイトの神代がそう言いながら、俺の手元を覗き込んだ。
「げっ、またラブレター貰ってる。これで何枚目だよ、俺なんて人生で1枚も貰ったことないのに。」
「べつに何枚も貰って嬉しくないよ。捨てにくいし、どうせ呼ぶなら直接来てくれた方が嬉しい。」
「ケーッ、モテ男がそういうこと言うか?クズだなクズ男。」
軽蔑するような顔をつくって、茶化すように言った。本当に、嬉しいものではないのだけれど、あまり言わない方がいいだろう。また昼休みの時間が減るな。そう思いながら、教室へ向かった。
「ごめんっ。俺、好きな人がいるんだ。」
いきよいよく頭を下げ、申し訳ない顔を作る。ちょっと経って顔を上げると、目の前の子は泣いていた。
「そうだったんですね…いきなりすみませんでしたっ。」
涙を拭いながら、結構なスピードで昇降口側に走っていってしまった。
教室に戻るなり、神代が
「やーい、サイテー男ー」
と茶化してきた。
「最低男って神代、お前な…俺だって申し訳なく思ってるよ。てか、購買は?何買えた?」
机に突っ伏しながら、声を高めに聞いた。
「メロンパンとプリン」
大きくて食べ応えのありそうなメロンパンとトロトロでツヤツヤなプリンが目の前に置かれ、目を輝かせた。
「俺の大好物じゃんか!!」
好物に飛びつこうとしたら、いきなり隠された。
「でも、これは俺の。お前、俺もこの2つが大好きだって知ってんだろ、手に入れるのにどれだけ苦労したことか。お前のはこれな。」
そう言って目の前にぶら下げられたものは、見るからに油こってこっての焼きそばパンだった。仕方なく受け取り、袋を開ける。
「匂いだけで胃もたれしそう…」
そう言いつつも、空腹に負け大きく口を開けて食べた。
その後の授業中に胃もたれを起こし、見せびらかすようにメロンパンとプリンを食べていた神代を呪ったのは、言うまでもない。
「来週から、新入部員勧誘期間だ。もちろん今年も、インターと春高で全国行くつもりだから、死ぬ気で部員掻き集めろ。それじゃ、今日は終わりっ。」
おーすっ、あざしたーっ
体育館中に響き渡った声を聞いて、監督とコーチは満足そうに微笑んだ。
去年、相変わらず監督の笑顔こえーなという先輩の話を聞いてから、意識して見てしまう。 確かに、ヤクザみたいではある。でも基本は優しくて、練習メニューもしっかりこなせば試合で負けても怒らない。いい部活の雰囲気をつくっている人だと思う。
「来週からだな、勧誘期間。」
キャプテンであり、中学時代に天才セッターと呼ばれていた笑顔がトレードマークの由紀先輩が言った。
「そうっすね、1年に凄腕の奴がいるって聞いたんで声掛けようかなって思ってます。」
「あっ、俺もそいつ聞いたことあります。なんかめちゃ強のアタッカーらしいっすよ。」
同じ学年の多月悠夜が後ろから俺の肩に腕を伸ばし、先輩に笑いかけた。
「いってぇ」
俺は悠夜の腕を軽く殴り、振り払った。こいつはいつも距離が近い。
悠夜は、「つれねぇの」と口を尖らせて少し離れた。こいつは気に食わないと直ぐに口を尖らす癖がある。まあ、気持ちが表情で直ぐに伺えるので、わかりやすい。悪い奴ではないし、寧ろ場を盛り上げるムードメーカーだ。
「それじゃ、そろそろ俺帰ります。」
悠夜を宥める由紀先輩に言って、体育館の出口へ向かった。
「えっ、もう帰んの!?ちょっと待てよ。」
悠夜の声が聞こえたが、こういう時は無視をするのが1番いい。
「ったく、お前ってほんとにひでーのな。クラス離れて俺、めっちゃ寂しーのに。」
部活のあと昇降口で捕まり、結局一緒に帰ることになってしまった。不運なことに、悠夜の家は俺の家と同じ地域にあり、小学校からの付き合いだ。
「俺は離れられて嬉しかったけどな。てか今日は冷えるな。」
手を擦り合わせていると悠夜が制服のジャケットを羽織らせてきた。
「っ、ありがと…」
こいつは小さい頃から俺が寒がっていると何かしら羽織らせてきた。高校生でされるのは少し恥ずかしいが、結構嬉しかったりもする。
赤くなった頬が悠夜にバレないようジャケットで顔を隠しながら、家路を歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます