7:霊の記憶~現~


霊の記憶を微かに見てしまった翌日、

いつも通り早起きで迎えた朝。

仕事に付いてくると昨晩強引に言い出した霊を

無視して置いていくはずだったのに、

僕より早く起きて身支度など全て済ませていた。


「おはよう!」


「…おはよう…なんで起きてるの?」


「あ…昨日寝る前に話したが…忘れたか。

アンタは記憶が無くなるからな。なるほど。

ゴホンッアンタの仕事について行く。

なにかあったら助けてやる」


「…その必要は無いと思うけど…

あ、離れた所で見てて?そして

気が済んだらいつでも帰っていいから」


「?分かった」


なんだか偉そうな態度だし曖昧な返事だったけど

言っても聞かなそうだから半分諦められたし、

記憶がすぐに無くなる僕を、こんなにも普通に

受け入れた事に少しだけ嬉しくなった。



霊も一緒に本日見送る死者の死亡現場に到着。

くっ付くように常に斜め後ろにいる霊。

仕事を一緒にする死神仲間は、連れて来た霊に

やはり驚いた様子で固まってしまった。


「…コイツの事は気にしないでくれ。

各自決められた業務を確実に」


「はい…けど、え、幽霊…」


「なんだ?死にたいか?」


死神仲間に偉そうな態度…死にたいか?と脅す霊。

また大きな剣を振り回しそうな勢いだ。

仕事場で揉めるのは許さない。


「おい!」


「……」


「あ、えっと、死亡時刻がたまに変わる人が…」


「その人は僕が担当するよ…ッておい!」


死神仲間からの報告を受けていると、

霊は後ろから僕の肩を片手で抱き

頬をくっ付けて死神仲間を睨みだした。

頬なんかくっ付けてくるから

昨日のように唇まで重ねてきそうだ。


「離れッ…」


「…俺はコイツと一緒に住んでるし、

キスだってする仲だぞ」


「おい!'する仲'って!

それはお前が勝手にしたからッ…」


「嘘はついてない」


「'する仲'じゃない!'した仲'かも知れないが、

これからはそんな予定は…」


肩に回した手でクイッと僕の顔を無理矢理動かして

覗き込むようにキスをしてきた。

…かなりスムーズな動きで思考が止まる。


「予定は未定で'する仲'が正解だ」


「!!」


霊に断言され、驚く死神仲間…と僕。


「…ッ!」


けど、もう過剰に反応しない事にした。

出来るだけ、もう、相手にしない…

振り回されない…


僕から離れずに仲間へ偉そうな笑顔を向ける霊。

…振り回されないようにと思っても、

頬が熱く…赤くなってしまうのが分かる…


「コホンッじゃあ、各自持ち場で待機」


「ぇ、ぁはい」


「ん?あ、もう誰か死ぬのか?ん?どいつかな?」


「…帰って?」


「え?なんで」


後ろから僕の肩を抱いたまま離れない霊。


「…死神仲間達の噂の的になりたくない。

もう遅いだろうけど…はぁ…」


「…死神って事は悪い事した奴らなんだろ?

アンタを守ってるんだぞ?ありがたいだろ」


耳元で囁かれる声を出来るだけ無心で聞く。


「へぇー…僕も大罪犯した奴だろうから、

怪我しないうちに離れた方がいいんじゃない?」


「お前は根がいい奴だからいい」


「…そんな事…言い切れないだろ」


「わかるぞ。霊をなめるな」


「……」


無心になろうとしても心臓は跳ね出すし、

霊の言葉で、犯したはずの大罪への不安が

不思議と慰められたような気分になった。

無心…無心…

肩に置かれたままの霊の手。

落ち着かなくて摘んで払い除けた。


「イテテテテテテ…」


「離れろ」


「はいはい」


それでも僕の斜め後ろで

ずっと楽しそうに死神の仕事を監視してきた。



現場から天国へと続く特別な部屋へやってきた。

死神としての仕事する部屋。

仕事仲間であるAは自分の屋敷に帰り、

それぞれ決められた死者を見送る。

僕は僕が担当する亡くなったばかりの死者を

鏡の前に立たせ記憶を消そうとしている最中、

大人しく少し離れて見ていた霊が

突然僕の後ろに立って話しかけてきた。


「おい、死神」


「え?どうし…」


振り返った僕の唇に、食い付くようなキスを…


「ッ…ちょッ」


抵抗しても僕の首の後ろに手を添えてきて

力強くキスを続けてくる。


「…ッ、おい!」


意味が分からない。

死神の仕事を見て頭がおかしくなったか?

実質的な苦しさもあって死神を押し返すと

やっと霊が唇を離した。

唇に付いて垂れそうな唾液を拭う。

同じく霊も唇を満足そうに拭いながら笑顔を僕に…

そしてその笑顔を連れて来た死者にも向けた。

…何を考えているんだ。

何も考えていなそうだけど、それはそれで怖い。


「ハァ……では、いきます」


「ぁ…はい」


大きな溜め息をついた死者に手を伸ばし

頭に触れると悲しみや怒りの記憶は消えている。

そして、さっきまでは僕の側を離れなかったのに

自ら死後の世界へ行くと言い、離れていったので

あっけに取られた返事をしてしまった。

笑顔で死者に手を振る霊に

湧き上がる僕の怒りをぶつけなければ。


「今のは何?」


「あの女の人、変な目でアンタを見てて…

ああでもしないとあの人、

アンタにストーカーする悪霊になってたぞ?」


「そんな…」


「実際、俺達のキスを見たらすぐに行っただろ」


「そうだけど…」


…僕は助けられたのか?

そしてあの死者の事も結果的に助けた?

その為にキス?


「次はどんな仕事?」


「…今日は終わり。はぁ…やっとゆっくり話せる」


「ん?俺とゆっくり話したいのか?

礼ならいらないぞ」


「礼?…まぁ僕を助けてくれたのなら

感謝はするけど…いくらなんでも…し過ぎだ」


「し過ぎ?し過ぎ…フフッ

そうか?別に減るもんじゃないし…」


「減るわけじゃないけど…」


「けど?」


「なんでお前は簡単にするんだ?」


「…簡単ではないけど…」


「じゃあなんで。

お前にそこまでして守って貰わなくても結構だ」


「…アンタが、愛だの恋だのするんなら、

その相手は俺、とか…」


「お前とか?」


「俺…」


「…お前…僕とお前が、愛だの恋だの…?」


「……」


さっきまでのふざけた笑みを消して、

特別な部屋で立ちながら話している僕達の距離を

ジリジリと詰めてくる霊。

…跳ねる心臓の動きがさっきよりも大きくなる。


「けどっ…お前の愛しい人に似てるけど、

僕はその人じゃない。確かに凄く似ているけど…」


「似ているけど…??何か見たのか?」


「…記憶…お前の記憶が少しだけ…」


「見えるのか?殿下の顔を?

記憶が?どうやって?」


「…お前には触れたくらいじゃ見れなくて…

キスなら少し…昨日も、今も…」


「へぇ」


「だから!そんなに簡単にするな」


近づいてくる霊を何気なく避けるように

書類を片付けようと棚を向き霊に背を向けた。

それでも後ろにそっと近づかれた気配が…


「…知りたくないか?俺の事」


「…別に…なんで」


「知って欲しい…俺に、興味を持って欲しい…」


後ろから覆い被さるように棚に手を付いてきて

顔が今にも付きそうな密着度。

かなり至近距離で見つめ合う羽目に…


「…お前がどれほどその人を愛してたかなんて

知りたくもない…」


「ああ、ヤキモチか」


「違う!…」


「ふぅん…」


「…違うからな…興味がないだけで、

お前の過去を知るのなんて怖くない。

お前が傷つくのを見るのも、

お前がその人を愛する姿を見るのも…」


わざわざこんな事を言う僕は

強がっているようにしか見えなかったかも…

失敗したような、けど心臓の動きで動揺してるから

どうしていいか分からず

急に泣きそうな感覚にまで陥ってしまった。

そんな状況の僕を

まじまじと間近で見つめてくる霊は

唇をゆっくりと…


「怖いか…俺はアンタを傷付けてしまうのかな…

アンタは優しいな…」


近づいてくる唇に重ねる事しか選択肢がなかった。

近づく唇を待ち切れなかったほどかも…



…引かれ合あうように重なる2人の唇。

柔らかく熱い息と混り絡む唇。

棚と霊に挟まれれたまま深くなっていった。





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