巡り会う魂たち

けなこ

1:人の記憶~現~


人の記憶が、僕には鮮明に視える。

それが僕の死神としての業務に必要な能力。

人々がこの世を去る時に、

憎悪な記憶が残っていないか確認が必要だから。

安らかに死後の世界へ向かい、

また清く明るく新たな命として輪廻する為に。



僕は存在した時から死神で、

更に死神としての記憶も曖昧。

僕は自分の記憶は持てないらしい。


存在した時から20代の身なりで、

存在した時から今住む屋敷に住んでいる。

存在した時から与えられた業務をこなしていく、

そんな毎日。


業務は屋敷の中の特別な部屋に届けられる。

その部屋には大きな鏡があり、

そこへ死亡予定の顔や人名、時刻、原因、

死亡時の様子などが映し出される。

その人が魂になった時に迎えに行き、

この部屋へ連れて来て鏡の前に立って貰う。

そうすると彼等の増悪な記憶が消え去る。

きちんと消えたかどうかの確認する為、

僕が彼等の身体に触れ、記憶が残っているか

確認するのだが、大抵綺麗に消えている。

そして天国へと続く扉から逝くのを見送るのだ。


大抵、人間とは話さない。

自分の死を受け入れられない人間が殆どだけれど、

鏡の前に連れてくれば、穏やかになる。

そんな彼等を慰めるような経験や知識もなければ、

天国や来世への希望を持って逝ける彼等に

贈る言葉もない。

ただ言える事は、「良かったね」だろうか。

…幸せな記憶は持ったままで、良かったね。

それが人の、1番の宝だと思う。


……人の記憶は、奇跡のような軌跡で、…宝物だ。





今日の最後の仕事は6歳の女の子を見送る事。

鏡の前に立つと、柔らかな笑顔で見上げてきた。


「ねぇおにいさん、

わたしはもうママにあえないの?」


「…さぁ、どうかな?…会いたいの?」


「あいたいな…また、ぎゅってしてほしいもん」


「…ママもキミに会いたかったら……

えっと、神様に頼んでおくよ。

キミとママが会えるように」


彼女の頭を優しく撫でた。

すると僕の瞼の裏、目を開いていても目の前に、

彼女の記憶が鮮明な映像で現れる。

記憶の中で幸せそうに微笑む母親。

…母親も、彼女に会いたかったら、会えるはず。

けど、そうは彼女に伝えられなかった。

もしかしたら会いたいと思わないのかも知れない。

彼女の死因は、母親による虐待だったから。




仕事以外では、ほぼ出歩かない。

いつも静かな屋敷の中、落ち着く自分の部屋で

なぜか屋敷に置いてある本を読む。

本の中の人物と、自分を置き換えてみたり、

見送った人間の記憶と、自分を置き換えてみたり…


死神は僕の他にも沢山いて、

数人とは同じ業務を一緒にこなす事もある。

そしてその仲間と話して知った事実、

'大罪を犯した者は死神となって罪を償う'

……僕は、何をして死神になったんだろう。


死神の身体は何不自由無いはずなのに、

時々苦しくなって痛む胸。

記憶も持たず、ただ繰り返す日々。

いつ買ったのか、自分で用意したのかも分からない

洋服や身の回りのもの。

冷蔵庫の中や台所にある食材、飲み物。

着心地の良い服を着て、

野菜を簡単に調理して食事し、酒を飲む。

…酒だけが、騒つく胸を落ち着かせてくれる。



女の子を見送った後、

食事をする気はないけれど酒が飲みたくて

重い足取りで台所へ向かった。

特別な部屋から台所へ向かう途中、

何故かリビングのテレビの方から音がする。


「…やっうわっ…こいつ強いなっ、

こんなの実際に会ったら秒殺なのにっ」


…人の声までする。

いや、けど、人間は絶対に僕の屋敷に入れない。

…悪霊か?


声がする方へ進むと、電気も付けず暗い中、

僕のソファで寛ぎながら

僕のテレビで知らないゲームをしている男がいた。

…人間、のようだけど、幽霊なはず…


「…うわっ!!な、なんだよ!ここは俺の家だぞ」


僕に気付いて、驚く男。


「…そんなはずは無い。ずっと僕が住んでいる」


「いやいや…不法侵入…俺、契約済だし…

って、お前、幽霊だな?

俺は人間と契約してここを買ったから、

ここに住み着いていたとしても出て行って貰う。

出て行かぬなら……倒すまでだが」


ゲームで使っていたような重そうな剣が急に現れ、

それを軽々振り上げて僕に向けて構える男。

人間でない事は確かなようだ。

けど、その男の瞳から

悪霊のような、おどろおどろしい邪悪な影は無い。


「…そんな剣など出して…何者だ?

お前が幽霊だろう?」


「俺は…幽霊だか、

その辺の幽霊と比べられては困る。

成仏出来ないまま半分人間のような生活をして…

人間を助けた事だってあるし悪霊も倒してきた」


振り上げていた剣をゆっくり動かし、

僕の喉へ向けてきた。


「…成仏させてやろうか?僕は死神だ」


「出来るものならやってみろ。望むところだ」


挑発されたのか、

今度はゆっくりと男が顔を近づけてきた。

こいつと戦って負けたら

出て行かないといけないのか…とか、

特別な部屋はどうしよう…とか、

少しだけ心配をしていると、間近で固まる男。


「……」


「……」


「……お互い干渉しなければいいか…」


「は?」


「部屋は沢山あるだろ。

…とりあえず追い出しはしない。我慢してやる」


「いやいや…人間との契約なんて、

どうとでもなるだろ?ここじゃなくても…

もとの住処に戻るとか、もっといい屋敷が、」


「…そんなにすぐは見つからない…

お前、どうせ1人で住んでいるんだろ?

俺も1人だ。こんなに広い屋敷なんだから

お互い少し我慢すれば済む話だ。って事で、

俺はゲームの続きをするから、勝手にしてくれ」



少ない記憶を辿っても、

誰かと一緒に住んだ事などないのに、

急に現れた人間のような幽霊という男が

僕よりもリビングで寛いでいる。


静かだった屋敷に、

楽しそうにゲームをして騒ぐ男の声が響く。

僕は静かにベットで横になっても

ソワソワしてなかなか寝付けない。



「…僕もゲームしようかな…」




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