おんぼろ学校の美少女たち

ねも

第1話

私は、自分の学校が嫌いだ。だから夏でも制服の上にパーカーを着て電車に乗るし、他校の友達に聞かれても大したとこじゃないからきっと名前聞いてもわかんないよ、とごまかしている。親にも妹にも口止めはしてある。高校生にとっては高価なお菓子と土下座でなんとかした。


今は絶賛文化祭の準備期間。私はクラス対抗のパフォーマンスであるダンスの係に当たっていた。初めての学祭だが、私の気持ちは憂鬱だ。太陽が女の子の敏感な肌を焼き殺さんばかりの季節に外で運動なんて、ばかげていると思う。

「くっさ…」

トイレの個室から出て土埃のついた両手を洗おうとすると、下水道から腐ったような臭いがした。急いで手を洗い、髪を整えようと鏡を見た。

(今日も私、かわいー。それに比べて…)

私がこの学校を嫌うのは、ずばりその汚さが原因だった。校舎の壁には穴が開いてるし、トイレには鳥が入ってくる。虫も多いし校舎のあっちこっちはつぎはぎだ。こんな学校に通っている自分が恥ずかしくて仕方がない。

「…もっとキラキラした高校生活のはずだったのに。」

この学校に対してか、それとも第一志望校に落ちた自分へか、どっちつかずの苛立ちに顔が歪む。慌てて目をぱっちりと開け、最適角度の笑顔を作る。やっぱり女の子はきれいでかわいくなくちゃね。そう思ったと同時に扉が開き、にぎやかで蒸し暑い空気がトイレになだれ込む。

「まじ、学祭楽しみだわー」

「ね、ダンス楽しすぎてやばい!髪ぐちゃぐちゃなんだけどw」

「いやそれな?オレもアホ毛やばい。」

クラスメイトだった。水道の前に並んだ二人のその額には汗がにじんでいて、臭い。

「あ、リンちゃんお疲れ!」

鏡の中の私に気づき、私に向きなおって笑うショートカットの山下さん。顔のパーツをぎゅっと真ん中に寄せたしわくちゃな笑顔。

「おー、お疲れ~」

その隣には、山下さんの頭に顎をのせにやっと片方の口角を上げて笑う宮崎さん。

「お疲れさま。」

私が返事すると二人はふふっと笑って手を洗い始める。

「もー、ゆか頭に顎のせるのやめて!」

「えーいいじゃん。別に減るもんでもないし。」

「ただでさえ低いのにこれ以上身長縮んだら困るでしょ!」

「え、それ信じてたの。」

二人の仲よさげな声を尻目に私はトイレからでて、ほっと息をつく。ぼろ臭い校舎も、彼らの汗も、どうしようもなく鼻につく。人が必死に生きている、そういう臭いは昔から生理的に無理だった。世間の出来事どこ吹く風、何にも翻弄されず自分の道を歩く。そんな優雅な人生を私は送りたいと、思っていた。必死に生にすがりつく人間ではありたくなかった。


なのに、二人の汗のにおいがまだ鼻腔でくすぶっていた。どうしようもなく嫌なその臭いを振りほどくこともできず、さっきまでのダンスの練習風景が思い起こされる。

「~♪」

口ずさむ音楽に自然と腕がリズムを取り始める。ワンテンポごとに高揚感がせりあがり、結びなおした髪に汗が浮かんだ。私が一人トイレの前でそんなことをしていようと、学校全体が浮つく心持ちの今、誰も気に留めなかった。

ふいに後ろのドアが開いて二人がでてくる。私はあわてて口を閉じ腕を下す。気まずさで目をそらす私に、二人は一瞬呆けたがすぐに顔を見合わせ、笑った。

「~♪」

二人が歌いだし、リズムを刻みながら歩き出した。

「ほら、一緒に練習行こ~」

宮崎さんが振り向いてにやっと笑って言う。私は少しだけためらった後、二人の一歩後ろについていく。二人は私を真ん中に挟み、歩き出す。少し負けた感というか、一種のくやしさはあったけれど、二人につられて私もリズムを刻んでしまった。

「ねぇ、リンちゃん、その笑顔すっごいかわいいよ!」

「へ?私、笑ってた…?」

「うん。俺もそっちの笑顔も好きだなー」

気が緩んで笑顔に気を遣うのを忘れていた。慌てて頬に手をあて、一番のかわいいを作り直そうとする。かわいくないはずの顔をかわいいと言われたせいか、動揺して少しうまくいかない。

「…なんか、ありがとう。」

リンちゃん照れてるー、と二人に笑われる。照れてない、と否定し溜息をつく。また二人に笑われる。相変わらず校舎も汗も臭いし、きっと今の私に余裕の一つもありはしない。でも、その臭さも悪くないのかもしれない。だって今、隣にいる二人は今に必死で、馬鹿で、人間らしくて、とてもかわいいから。

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