Chapter29(Ver1.1)・治姉も手伝いたいんだ
高一 九月 日曜日 朝 米沢家 英紀自室
もともと寝覚めが良いのも手伝って、俺はいつも通りの時刻に起床していた。家族全員がまだ寝室に籠っているのをよそに、独りで台所に置いてあるチョコチップ入りのクロワッサンを一つ手に取ってかじると、玄関に届いていた宅配牛乳の瓶を手に取って自室に戻る。勉強机に着いてノートを開いたところで時計を見るとまだ七時だ。開いたのは無論昨日先生との作戦会議の内容がメモってあるノートだ。
昨日真鶴家から帰宅してすぐにでも対策を考えたいところではあったのだが、帰宅するやいなや治姉に呼び出されて俺と和歌それぞれのレッスン内容のすり合わせに時間を要してしまって叶わなかった。時間を費やした分、俺と先生で話し合った方針で米沢家全員を納得させられたのは良かった。
「よく考えたのねあんた。後は行動あるのみよ。和歌ちゃんを助けてあげ……違うわね。和歌ちゃんの良さをクラス全員が受け入れたくなるようにプロデュースしなさい。アイドルゲームで慣れているでしょう?」と言った治姉はきっと俺のことを褒めていたんだと思う。
「さてどうプロデュースしたものか……和歌のいいところは分かっちゃいるつもりなんだけどな」
人見知りしないで親切で、人の内面を理解しようとする姿勢があって、間違いは恐れずに指摘する勇気もある、それに……まあ可愛いところもある。でもこれらがことごとく裏目に出ているからな。米沢家と真鶴家で方針の一致は見たものの、肝心の無視の現場にいる俺と和歌が女子達の不評を買っている現状だ。
「やっぱり俺だけで考えるのはまずいな。式部先生には明日相談するとしてやっぱり頼るべきは冴上か」
まだ早すぎるかなとは思ったがMineで今日会って相談できるか送ってみると、待ち時間中に済ませようとしていたスマホゲームのデイリーボーナスを全て取得し終えるまでもなく返信が返って来た。
「おっ、早いな」独り呟きMineのメッセージを開く。
『おはよう。今日はバスケ部の試合を応援しに行くからその後ならいいよ。俺も真鶴さんの無視は止めたいからさ』
(バスケ部か……ということはうちのクラスのカースト上位が揃い踏みだな。これはちょうどいいかも)
冴上だけでなく他の男子達にも協力をあおげれば女子達にもっと影響力を発揮できる作戦を練られるかもしれないと思い、もっと積極的にメッセージを返す。
『応援だったら俺も行くよ。時間と場所は?』
『九時から多分正午くらいまでだよ。場所は蒼山学院の体育館。お前んちからなら近いだろ?』
『ああ、自転車でも行ける』
『自転車って真鶴さんは連れてこないのか?』
『そのつもりだよ。チア部の女子がいたらまた和歌が男ばっかりと一緒にいると誤解されるかもしれないから俺だけで行こうと思う』
『確かに、よく考えているな』
『そうかな、姫野さんには調子に乗っているとか空気が読めていないとか言われているけどな』
『仕方ないだろ。俺も女が何を考えているか分からない時の方が多い。じゃあ後でな』
そのメッセージの直後に冴上から少年漫画のキャラクターが手を振っている絵柄のスタンプが送られてきてMineのメッセージ交換が終わる。俺もお気に入りを返して応えたかったが、持っているスタンプはどれもアイドルゲームの物ばかりなので『ありがとう。じゃあ後で』とメッセージを返して終えた。
7時半を回った頃だろうか、階下からTVの音と話声が響いてくる。朝の番組にしては異様に勇ましいBGMが聞こえるところからして父さんが英語版のロボットアニメDVDでも観だしたのだろう。
「そうだ、俺も日課をこなさないとな」
自分のポータブルDVDプレイヤーを手に取るとモンスターアニメのDVDを入れて続きを見始めた。
***
朝のノルマ分を見終わる頃には朝に弱い治姉も起きたようで、階下からは家族三人の声する。俺はつい先ほど作った今日の予定を家族に伝えるため一階に降りてリビングに入る。
「はよー、母さん。今日俺これから出かけるから。遅くても三時くらいには帰ると思う」
「あら、どこに行くの?」
「蒼山学院高校、バスケ部の試合を見に行く」
「治佳の母校じゃない。サッカー部なのにどうして?」
「うん、ちょうどクラスのイケメングループがいるからさ、応援するついでに和歌の問題を解決するために相談しようと思ってさ。冴上も応援で行くって言うし」
「あらそう、分かったわ頑張りなさい」
すんなり納得して家事に戻る母さんに対して、それまではソファーでクッションを抱いてボーっとしていた治姉が興味を抱いて話しかけてくる。
「英紀、それ何時から?」
「9時からだよ。だからもうすぐ出る」
「私も行く」
「なんで?」
「和歌ちゃんを助けるための相談でしょ? また男だけで相談して失敗しないように女の私がいた方がいいでしょ?」
「いやそりゃそうかもしれないけどさ……。もう十九歳だろ? 制服は撮影と間違われるぞ」
「なんの撮影よ! それに制服なんか着て行くわけないでしょ! OGなんだから普通に私服で行くわ」
「じゃあ夢かわワンピならいいよ」
「誰が着るか! まだ知っている後輩がいるかもしれないのよ!」
「ごめん、弄って悪かったって。でも来てどうすんの? まさかOGなのにこっちのベンチ側で応援しないよね?」
「冴上君が来るんならあんたのクラスの男子カースト上位層が来るんでしょ? その子達に直接アドバイスしたいじゃない。てか妙に私が来るのを嫌がるわね。私がいたら不都合なことでもあるの?」
「う、鋭いな……。応援に来てるチア部にうちのクラスの女子がいるかもしれないから目立つことをしたくないんだよ」
「なに! いじめている子も来るの?」
眉間に皺を寄せて不快感をあらわにする治姉、性格が分かりやすすぎる。
「ほら! そうやって女子相手に噛み付きかねないだろ? だから連れて行きたくなかったんだよ。仮に治姉の狂犬病を抑えても俺と一緒にいると悪目立ちしそうで嫌なんだよ。家に来たサッカー部員が米沢の姉ちゃんは美人だって言いふらしたから、来たら絶対にバスケ部達も興味もつぞ」
「分かった。女子に噛み付かないって約束する」
「本当に?」普段とは立場を逆転して俺はジト目で治姉を見据える。
「もう、疑り深いわね。じゃあ試合が終わる頃に行くわ。それならいいでしょう? で? 何時に終わるの?」
許可を求めておきながら承諾を得ぬまま立て続けに時間を確認される。だめだ、もう場所がバレている以上はどんなに止めてもついてくるだろう。俺はしぶしぶため息とともに答える。
「はぁ、分かったよ。野放しにするくらいなら首輪付けておいた方が安心だ。一緒に行こう八時半までには出るから準備して」
「人を狂犬みたいに言うな!」
唸る猛犬のような表情で俺を一括すると治姉は早速身支度のために二階に上がって行った。だめだ、嫌な予感しかしない。
「You are a son of the Yonezawa family and you will go down in glory! Yon will not die for nothing! Go Hideki!(お前とて米沢家の男だ! 無駄死にはしない! 行け英紀!)」
それまでロボットアニメを観ながら話を聞いていた父さんがやけに得意気に英語で声をかけてきた。発言の前にBDレコーダーを巻き戻していたところから察するにアニメの名台詞で激励してくれたのだろうが、あいにくロボットアニメを知らない俺は苦笑いを返すだけで精一杯だった。
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