Chapter8(Ver2.1)・DDKは女子に名前で呼ばれたいんだ

高一 九月 月曜日 朝 帝東国際学園高等部 正門


 和歌が俺の名前の自然なイントネーションを習得した頃にはもう俺達は学校につく頃だった。最初は何が違うのか良く分からない様子だったが、オデキみたいにデに強勢はつけない、ニキビと同じで無強勢だ、と教えてからの飲み込みは早かった。


「ニキビ英紀、ニキビ英紀、ニキビ英紀……」と連呼して俺の名前の発音を見事に習得したのだった。


 隣で聞いている俺の気分は良いものでは無かったけれど、和歌の表情は至って真剣であったため深く突っ込まなかった。それより幼少期の想い出話でずいぶんと俺への警戒心が解けた様に見えるから良かったと思うべきだろう。


 そんな和歌が校舎に入るところで我に返る。


「あっ、もう着いたの。あなたにはもっと聞きたいことがあったのに」


「それは俺も同じだよ」


「英紀も? 私に? 何よ?」


 俺は今朝の家族の奇行について話して原因に心当たりがあるか聞いた。和歌によると昨日の日本語レッスンの時に父さんに教英先生から預かった資料を渡したそうだった。

 なるほどな、その資料を読んで早速実践に移したって事か。


(でもなんで日本語版のアニメなんだ?)と思って和歌に聞いても「知らないわ」との事だった。この話題が終わる頃には俺達は教室に入っていた。俺達は隣同士の席に着く。


「じゃあ今度は私の番ね――」と和歌が話の主導権を取り戻そうとしたところで先に教室にいた冴上遼さえがみりょうが声をかけてきた。


「おはよう、ルーさん。真鶴さんもおはよう。なんか楽しそうだな、お前らいつの間に仲直りしたんだ?」


「おはよう。ああ、まあな。実は俺達家が隣同士だったんだよ。それに親同士も旧知の仲だったらしい」


「マジで? 何それ! 偶然にしちゃできすぎだろ! で? どうやって一緒に登校するくらい仲良くなったんだよ?」


 好奇心旺盛な冴上が深掘りして聞いてくる。聞き上手な冴上が相手だと俺もついつい自分の恥を忘れて一昨日からの出来事を話してしまった。クラスの人気者が楽しそうに笑う声に自然と注目も集まる。


「それにしても真鶴さんも元気になったようで良かったよ。そう言えばまだ挨拶してなかったな。俺は冴上遼。ルーさんとはサッカー部繋がりで中一の頃からの付き合いだよ。よろしく」


「ああ、あなたが。英紀から聞いていたわ。心配ありがとう。一昨日は緊張していたの。私の名前は和歌でいいわ。あなたは遼でいい?」


「え? ああ、いいよ。じゃあ和歌さんて呼ぶね」


 名前呼びを一瞬の戸惑いを見せた後に受け入れた冴上の様子を見て、俺の中のいたずらっ子が男子スクールカースト頂点のイケメンを弄りだす。


「こいつめっちゃモテる長身のイケメンなのに意外と初心なんだぜ。あと冴上遼って名前はホストみたいだけど本名だから。源氏名じゃないよ」


「止めろよルーさん。これ以上弄ると俺もルーさんのあだ名の由来を和歌さんにばらすぞ」


「いいよ。和歌には昨日もう話したし」


「ちょっと英紀も遼も待って! 早すぎて何を話しているか分からない! イケメンって何? あとホストって英語のホスト? なんだかどんな意味で使ったか分からないんだけど。あと源氏名って何?」


「ごめん、スラングだらけだったか。イケメンはな、まずこいつ、冴上はイケメン、クリスティーン・ロナードもイケメン、俺はイケメンじゃないって言ったら分かる?」


「ああ! 分かったわ! かっこいいの意味ね!」


「分かるなよ! それ俺が不細工ってことじゃん! 失礼だな」おどけながらツッコむ俺。


「あなたが自分で言ったんでしょう! じゃあホストは?」あきれ顔の和歌。


「ホスト? そもそも英語の意味が分からんからな? 冴上説明できる?」


「そうだな、ホストって職業は確か日本にしかない気がするぞ。そうだ和歌さん、ホステスクラブって分かる? お酒の席に女性が付いて一緒に飲んだり喋ったりする。 あれの男版がホストクラブかな」


「おお、流石No1だけあってホストには詳しいな!」


「ちょっとルーさんは黙ってろ。それで? 和歌さん分かった?」


「なんとなく分かったような分からないような」


「まあなんだ、冴上みたいなイケメンが女の客をおだてながら酒飲ませるのがホストクラブだよ」


「そう、分かったわ」


「分かったのか! 和歌さんひどいな。頑張って説明したのにルーさんのクソみたいな説明に負けるなんて」


「へへっ、クソがたまにイケメンに勝ってもいいじゃん。で、最後! 源氏名は夜のお仕事の時だけ使うあだ名みたいなもんだよ」


「ふぅん、じゃあ遼の名前が本名なら源氏名じゃないじゃない」


「そこ! 源氏名じゃないから面白いの! 冴上遼って本名が典型的なホストみたいな名前なんだよ」


「余計なこと教えんなルーさん! キラキラネームみたいで気にしてんだからな」


「ごめんごめん、でもホストだと金欲しそう、女欲しそう、名誉欲しそうだからどっちかというとギラギラネームって感じかな」


「キラキラネーム?」


「キラキラネームは米沢アダムみたいな恥ずかしい名前だよ」


「えっ! bizarre baby namesのこと? そうなの……」和歌は冴上を憐れみの視線で見つめる。


「ちーがーうー! キラキラはしてない! 和歌さん勘違いしないで!」


 真に受けた和歌の様子とツッコむ冴上の様子が面白くて笑ってしまう。二人も俺につられて笑い出すと更にクラスの注目が俺達に集まった。


 そして、男とは単純な生き物で、この会話を聞いていたDDKが(俺も美少女と名前で呼び合いたい!)とばかりに次々に会話に加わろうとしてくる。一昨日の様に人だかりができるとまた和歌が取り乱すかと俺が内心身構えたその時……。


「男子! もうチャイム鳴るから席に着いたら?」


 苛立ちを孕んだ女子の声が教室に響いた。姫野穂奈美さんだ。アイドルさながらの整った顔立ちとモデルの様なスタイルを伴った容姿で文武両道、更に女子のカースト最上位でもある彼女が注意したことによって、他の女子達からも和歌に話しかけようとしていた男子達を咎める声が上がる。


 始業チャイムが鳴る中、場の雰囲気を察した冴上が女子達に詫びると同時に自ら率先して座席に戻る。それに続いて男子達もばつが悪そうに座席に戻っていく。


 間もなくして教室にやってきた式部先生が持ち前の明るさでホームルームを取り仕切ると、まるで何事もなかったのように日常に返るのだった。


Ver2.0 旧Chapter2を廃止して、冴上の紹介エピソードを本Chapterに統合しました。

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