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「でもここで過ごして何日か経ちますけど、今白枇さんが言ったような事は全く、気配すら感じませんでしたよ?」

「それはやはり私と黒緒がいるからでしょうね」

「……あ」


そういえば、そもそも俺が雇われる事になった理由というのが、二人が強くなりすぎて肝心のターゲットに避けられてしまうからというものだったのを思い出す。


「て、事は……」

「はい、そこで赤幡さんの出番です。実際に訪れて確信しました。宿の方が言う怪奇現象を起こしている何かがいるのは確かなようです。私の予想ですが、件の橋や座敷童子が姿を見せなくなった事とも関連があるかもしれません。さて、依頼内容もお伝えした事ですし、今夜私と黒緒は外で待機していますから、上手く誘き出してくださいね」


こういう展開には慣れてきたものの、本音を言えばあんな話を聞いた直後では気が進まない。

それに、上手く誘き出せと言われてもどう頑張ればいいのやら思い浮かばないというのもある。


「えーと、具体的に俺は何をすればいいんでしょう」

「特別何かしようと思わずとも大丈夫です。赤幡さんだけならばそのままでも向こうから近付いてきますよ」

「それはそれで思うところがあるんですが……。あと気になってるのはそこだけじゃないです。もし順調にいったとしてですよ、その後はどうすれば」

「その点もご心配なく。以前お渡ししたお守りはお持ちですね」

「はい。今も首から下げてます」

「何かあればそちらを通して感知できますし、離れると言っても旅館が見える範囲に待機していますから。あとはよろしくお願いしますね」



* * *



「白枇さんと黒緒さん、ちゃんと近くにいてくれてますよね……」


広い部屋の真ん中に敷かれた布団に寝転がる。

ここって、一人だとこんなに広かったのか。

いつもなら静かな方が眠りやすく思うのに、今はこの静けさが落ち着かない。

よろしくと言った後、引き止める間もなく二人は窓から出ていってしまった。


普通にしていればいいと言われたけれど、どうしたって身構えてしまう。

今だって、カーテンの後ろから何か出てくるんじゃないかなんて、いつもなら考えないような事まで考えてしまう。

けれどそんな緊張が長く続くはずもなく。

目を閉じているうち、いつの間にか眠ってしまっていた。




なんだ?足が冷たい……。

足先に感じる冷たさで意識が浮上する。

ぼんやりしていた意識が次第にはっきりしてくると、冷たいのは足だけじゃないのに気付く。

腰から下が全部、水に浸かっているみたいに寒い。

いや、“みたい”じゃない。実際に濡れている。


ハッとして目を開けると、俺は何故か荒れた川の中に立っていた。

轟々と流れる川は、周りのもの全てを飲み込んでしまいそうだ。

水の中にいると自覚した途端、寒さが一気に全身に広がった。体が震えて歯が噛み合わなくなる。

早く陸に上がらないと。そう思うのに体が動かない。それもそのはず。俺はどこかに縄で縛り付けられていた。

そうでもしないとこんな荒れた流れの中、まともに立っていられるわけがないのだ。

気付いたところで状況は変わらず、どうにかして抜け出せないかと体を捩ってみるものの、相当きつく縛られているようで、全く緩む様子がない。


「だ、誰かいませんか!助けてください!お願いします!」


叫んでみるも、声は水の音に簡単に掻き消されてしまう。

その間にも川の水の量はどんどん増えて、すぐに首の辺りにまで上がってくる。


「誰かー!うわっ、ごほごほっ」


顔に水が掛かる。息をするのもやっとになってきた。冷たい、苦しい、怖い。

嫌だ、このまま死にたくない……!

そう強く願った時、体がふわりと浮く感覚がした。


「……え?」


あんなにきつく体を縛っていた縄は消え、代わりに何かに右腕を強く掴まれている。

隣に視線を向けると、着物を着た小さな女の子と目が合った。



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