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「白枇さん!黒緒さん!これってやっぱりただの旅行じゃなかったんですね!」

「おや、ばれてしまいましたか」

「やっと気付いたのか」


戻ってきて開口一番告げた俺の言葉に、二人は隠すでも驚くでもなく、至っていつも通りの調子であっさりと明かした。


「凌河に……、正確には凌河の知り合いに教えてもらいました」


時は少し前に遡る。

創旅館の事や川にあった古い橋について、凌河はすぐに知り合いに聞いてくれたようだった。

高校時代の部活の先輩というその人は、土地土地に伝わる風習や民話、伝承を聞いて回るのが好きで、年中各地を飛び回る生活をしているらしい。

好きが高じて今は民俗学の研究をしているともあった。


余所者はあまり歓迎されないような地域でも、凌河曰く天性の人懐っこさでもって、するりと懐に入り込んでしまうんだとか。

そういう所で聞いて集めた話の中には、時折幽霊や妖怪の類いの話も混ざっていて、今回俺が気になった橋についても、何年か前に調べた事があるそうだ。


まず、創旅館に座敷童子が出るという噂について。一昔前はテレビでも取り上げられたりしてそれなりに有名だったらしいけれど、白枇さんも話してくれた通り、ここ何年かは姿を見たという話は出ていない。

入れ替わるように徐々に注目を集め始めたのが大岩のパワースポットだという。


でも、俺の目を引いたのはそのどちらでもない。


旅館からそう遠くない位置にある川と橋。

ずっと昔、あの辺り一帯には小さな村があった。

様々な事情で集まった人たちが、山を切り拓き作物を育て、慎ましいながらもそれなりに平穏に暮らしていた。


けれど大きな問題が一つ。

年に一度か二度、雨の日が続くと川が氾濫するのだ。

畑の場所を移したり、柵を作ったりしてみたけれど、雨がたくさん降った年には家が流された事もあった。


そこで、誰かが提案した。

“人柱を立てよう”と。

現代よりも神々の存在が身近で、生け贄の効果が信じられていた時代だ。

川が氾濫する度に、村から一人、人柱が選ばれた。


その後、長い年月を経る間に、大きな地震や土砂崩れが何度もあって、その影響で地形も少しずつゆっくりと変化していき、川が氾濫する事もなくなっていった。


詳しい記録は残っていないため、最終的な犠牲者が何人いたのかはわからない。

でもそこで幾人もの命が不条理に奪われたのは事実で、面白半分に橋を渡った人が足を滑らせて怪我をしたり、川や橋の近くで人影を見た、呻き声を聞いたという人もいて、一部では心霊スポットとして知られているという。

俺が古い橋を見た時感じた嫌な気配は気のせいじゃなかったという事だ。


「……あの時白枇さんが危ないから橋を渡るなって言ったのは、古いからって事じゃなく、そういう曰くがあったからなんですね」

「どちらの意味合いもありましたが、渡らなかったのですからいいじゃないですか」

「結果的には確かにそうなんですけど、危険がある場所なら先に言っといてくださいよ!」

「初めにサプライズだとお伝えしたでしょう?」

「サプライズって、旅館の事じゃなかったんですか」

「橋の話も含めてサプライズです」

「仕事の事は忘れて気楽にって言ったのは」

「何事も変な先入観を与えてしまっては良くないと思いまして。それに真っ新な状態での反応も見たかったんです」

「…………」


温泉旅館に行けると聞いて浮かれて喜んでいたけれど、考えてみれば滞在に期限を決めないという時点で何かあると疑うべきだったのだ。

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