6

川の方に視線を向けると、少し行った先に橋が建っているのが見えた。

いつ作られたものだろう。

遠目からでもかなり古いものだとわかる。

別に変わった形をしているとか、特別目を引く何かがあるわけじゃないのに、妙に気になる。


「危ないので渡ってはいけませんよ」


あまりにじっと見ていたからか、白枇さんが隣に来て言った。


「あんな乗っただけで壊れそうな古い橋、わざわざ渡ろうとは思いませんよ。ただ見てただけです」

「そうでしたか」

「白枇さんは俺を好奇心旺盛な子どもか何かとでも思ってるんですか」

「子どもだとは思っていませんが、素直な方だとは思っていますよ」

「素直って……」


ぐぅぅー。

自分の言葉に重なるようにして腹が鳴った。


「例えばそういうところです。ちょうどお昼時、健康的で正確な腹時計ですね。そろそろ戻りましょうか」

「…………」


選りに選ってどうしてこのタイミングで鳴るんだ俺の腹!

……まぁ自分の意思でどうこう出来るものでもないし、鳴ってしまったものは仕方がない。

朝から歩き通しで腹が減ってきたのは事実だ。

でも旅館に戻るには、またあの藪の中を通らなければならないのか。

心の中で一人気合いを入れ直し、歩き出したところで白枇さんに肩を軽く叩かれた。


「わざわざ遠回りする必要はありませんよ」

「え?」

「あちらを」


そう言って白枇さんが手で示した先、崖の上、木々の間から覗くように、見覚えのある屋根の一部が見えた。


「あれってもしかして俺たちが泊まってる旅館の屋根ですか」

「はい、そうです」

「え、でも大岩からも結構歩いた気がするのに……」

「今いるこの場所と大岩、旅館を線で結ぶと、上から見てちょうど三角形のような位置関係にあるんですよ。ただ、旅館からは川が死角にあるために見えないのです」


なるほど。言われて納得だ。

白枇さんの言葉通り、旅館へは最初に想定したよりも早く到着した。




旅館には食堂が併設されていて、宿泊客はもちろん、日帰り入浴目的で来た人も利用出来るようになっている。

今はお昼時を少し過ぎていた事もあり、人は疎らだった。

空腹だった勢いのまま注文したカレーライスとラーメンですっかりお腹は満たされたけれど、気になっている事がある。

それは川の中に建つ、あの古い橋の事だった。


なんとなく、本当になんとなくだったから気のせいかとあの時は流したけれど、橋の周りには何か嫌な気配が残っているように感じた。

白枇さんも黒緒さんも特に何も言わなかったし、変なものを見たなんて事もない。

でも大岩よりもある意味パワーを感じる場所だった。

それともう一つ、花畑での白枇さんの言葉。


“さぁ、何故でしょうね?”


あの場所を作ったという旅館の創業者の人は、どうしてあんな人が行かないような場所をわざわざ選んだんだろう。

考えてみても、これだという理由は思い浮かばない。


「……凌河に聞いてみるかな」


確か以前に、全国各地の民話や伝承、ついでに怪談や心霊スポットにも詳しい知り合いがいると言っていたのを思い出したのだ。

メッセージアプリから凌河とのトーク画面を出すと、今日あった事を書いて送る。

あまり期待はしていないけれど、もしかしたら何かヒントになりそうな話くらいは聞けるかもしれない。


その日の夜。

夕食の後、一人で風呂に行った帰りにスマホを見ると、凌河からの返信が来ていた。


「え……?これって……」


内容を一通り読んだ俺は、凌河への返事もそこそこに、二人のいる部屋へ駆け出していた。







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