14
最初に人魚の肉を食べた男の体に、突然鱗のようなものが生え始めた。
治った目と足を中心に、それは日を追う毎に少しずつ広がっていき、やがて全身を覆い尽くすまでになった。
そうなるともう陸では呼吸さえまともに出来ない。だが不思議と海に入ると呼吸が出来た。
唯一の対処方法は海に入る事。
ただでさえ不気味な姿なのに、陸では暮らせない。これはもう人間とは呼べないのではないか。
その様子を見ていた仲間たちは、口にこそ出さなかったものの、次は自分の身に同じ事が起きるかもしれないと内心怯えていた。
どうにか出来ないかと考えた時、万病の薬とされている人魚の肉を食べればよいのではないかと、残された片腕の肉を少量削ぎ落としてその男に再び食わせてみたが、今回ばかりは全く効果が見られなかった。
そのうち別の男にも同じものが現れ始める。
この男も、以前刃物で指を切った際に人魚の肉を食べていた。
ここからどうなるのかは自分の目で見ている。
怖くなった男は耐えきれず、自ら死を選んだ。
もう一人、興味本意で人魚の肉を食べた男がいた。こちらもまた鱗が全身に広がっていったが、前の二人と違ったのは、この状況を楽しんでいた節があるところだ。
元来好奇心旺盛だった男は、人の体では息が続かず到底行く事の出来ないような深さまで潜っては、見た事のない深海魚を獲ってきて仲間を驚かせた。
今度は最初に変化した男も連れて、どこまで遠くへ泳げるかを試すようになったが、ある日を境に二人とも戻ってこなくなった。
仲間のうちの三人がいなくなった。
残された男たちは怖くなって、以前人魚を囲っていた洞窟に祠を作り、残された人魚の腕を入れて祀った。
そのおかげかは定かではないが、以降誰かの体に鱗が現れる事はなくなったという。
「……いやいや、普通に現れちゃってますよね、鱗」
「俺が見た記録に書いてあったのはここまでだ。その後の事までは知らない」
「じゃあどうするんですか!黒緒さんが読んだ話が本当なら、凌河たちもやばいじゃないですか!」
「お気持ちはわかりますが、一先ず落ち着いてください。手掛かりが全くなくなったわけではありません」
「え?」
「黒緒の話の中には出てきたのに、実際にはなくなっているものがあるでしょう」
「実際にはなくなっているもの……。あ、人魚の腕!白枇さんが感じた匂いが以前そこにあった人魚の腕のものだとするなら、実物はどこに行ってしまったんでしょう」
「単なるコレクションか、売ろうとしたのか、
「本当ですか!……あ、でも肝心の場所がわからないんじゃどうしようも」
「町長の家」
「え」
「町長の家にあると思うぞ、人魚の腕」
「黒緒さん、一体何をどうしたらいきなりそんな具体的な場所の候補が出てくるんですか」
「どうしたらも何も、俺が見た記録の管理と所有者が町長だったからだ。もしかしたら記録を書いた漁師の子孫かもしれないな」
「ここの公民館ってそんな重要そうなものまで普通に展示されてるんですね。だったらもっとこの話を知ってる人がいてもおかしくないのに、なんで全然知られてないんでしょう」
「誰でも見られる場所には置いてないからじゃないか」
「いや普通に展示されてないってんなら黒緒さんはどこで見たんです?」
「地下の保管庫」
「へぇー、そんなとこまで見せてもらえたんですね。どうやって交渉したんですか」
「交渉はしてない。鍵を開けて入った」
「あぁなるほど」
あまりにもさらっと話すから、重要な部分を普通に聞き流すところだった。
「……あの、鍵を開けて入ったって言いました?」
「そうだ。こんな内容、他人に知られるのはまずいから隠してるんじゃないか?出る時はまた鍵を掛けたし、別に何か盗ってきたわけじゃないから大丈夫だろ」
「いやいやいや!物理的には確かにそうかもしれませんけど、しっかりがっつり情報を盗んできてますから!しかも不法侵入ってやつじゃないですかそれ!」
「赤幡さん、これからもっと大胆な事をしようとしているのに、それくらいで怯まれては困ります」
「白枇さんまで!というかもっと大胆な事って、何しようとしてるんです?」
「もうお忘れですか。言ったでしょう?腕を祠に戻せば鱗も消えるかもしれないと」
「……それってつまり」
「町長の家を調べて、本当にそこに人魚の腕があるのならば私たちの手で取り戻しましょう」
「デスヨネー……」
いつもと変わらぬ白枇さんの微笑みに、俺は引き攣った笑いを返す事しか出来ない。
「善は急げです。今回の件は特に猶予がありません。早速部屋に戻って着替えてきてください。あ、そうそう、あの足の状態で大浴場には行きづらいでしょうから、ご友人の皆さまにはどうぞこちらのお風呂をご案内してあげてください。赤幡さんは着替えたら私たちの部屋へ来てくださいね。正面から出るのは目立ちますから。長湯になってしまいました。そろそろ上がりましょう」
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