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黒緒さんの話の続きを纏めるとこうだ。


縄に繋いだ生き物、人魚の世話はお互いに信頼の置ける仲間数人でする事になったが、世話といっても人魚に与えるだけの食べ物の余裕があるわけではなく、顔は人とそっくりでも言語での意思の疎通も出来ない。

初めのうちは頻繁に様子を見に行っていたものの、段々と間隔が空くようになり、しばらく経つとその存在を忘れるようになっていた。


再び思い出す切っ掛けになったのは、ある時島に商売に来た船乗りの話だ。


「半分は人で、半分は魚の姿。人魚の肉は万病に効き、大量に食べれば不老長寿にもなれる」


話をした商売人は与太話の一つと思っていたようだったが、聞いていた方は以前自分たちが捕らえたあの生き物こそ正にその人魚なのではないかと瞬時に思い至った。

その場では話に笑って合わせつつ、商売人が去った後すぐに例の洞窟へと向かった。


もうとっくに逃げているかもしれない。

そうでなければ長い事放置していたのだ。

さすがに生きているはずはない。

けれど人魚はそこにいた。かなり窶れてはいたものの、確かに生きてそこにいた。


その晩、今度は仲間を連れて人魚の元へ行った。

驚く仲間たちに商売人から聞いた話をすると、まずは一人、子どもの頃に高熱によって片目の視力を失った男が試しに食べてみる事になった。

暴れる人魚を押さえ付け、ほんの欠片ほどの肉を抉り取る。

食べた男も、見守る男たちも、どうなるのかと待っていたが結局その日は何も起こらなかった。

やはり嘘だったかと誰もが思ったが、翌朝、肉を食べた男が「目が治った!」と嬉しそうに語った事で事態は一変する。


失明した目が再び見えるようになった。

さらには、人魚の体も抉ったはずの部分が元通りになっていた。

人魚の肉は確かに万病の薬になる。

ならば不老長寿の話も本当に違いない。

そう判断した男たちは、人魚をより人目に付きにくい島の奥の洞窟へと移し、その肉を霊薬として売る事にした。


普段あまり人が近付かない場所とは言え、偶然誰かが見付ける可能性は充分にある。

それ以上に、そんな場所に頻繁に通っていると知られたら怪しまれるだろう。

人魚の存在を無関係の人間に知られると厄介だ。

だから林側からも行けるように秘密の通路を作り、評判の術師を呼んで目眩ましのまじないまで掛けてもらった。


商いが盛んな場所では様々な情報が飛び交っている。

男たちは漁で獲れた魚を近くの村や港へ売りに行った際に、腕利きの医者を探しているという金持ちの噂を聞けば、直接会いに行って交渉をした。

似たような事を何度か続けていると、そのうちどこからか話を聞いてきたという薬の購入希望者の方からこちらにやって来るようになった。


しばらくは順調そのものだった。

効果は実証済みで、多少値段を吹っ掛けても買う人間はいる。

抉る量を間違えなければ人魚の体はすぐに再生したし、だからこそ収入源がなくなる心配もない。

死なれては困るから、今度は丸っ切り放置はせず、一日置きに魚数匹を食事として与えもした。

人魚さえいればこの先も楽をして稼げる。

でもそんな旨い話がいつまでも続く保証はどこにもあるわけがない。


終わりは唐突に訪れた。

洞窟から人魚が消えたのだ。

縄に繋がれたままの片腕だけを残して。


その日を境に異変が起き始めた。

まず、漁に出てもほとんど魚が獲れなくなった。

次に海が荒れる日が多くなり、まともに舟を出せなくなった。

ただ幸い農業で生計を立てている家が多かったため、食べる物にはそれほど困らなかったらしい。


そしてこの先が凌河たちに今起きている現象と繋がってくる。



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