裏路地あやかし退治屋
柚城佳歩
1
「また落ちた……」
スマホの画面に表示された何十通目かになるお祈りメール。
不景気なご時世、希望通りの就職が難しい事はわかっている。それでも、だ。
こうも立て続けに落ちてばかりいると、気分は下がるし文句だって言いたくなる。
「俺、ほんとに就職なんて出来んのかなぁ……。幸せを願ってくれるなら、俺に仕事をくれよぉーー!」
こうなりゃ自棄食いだ!と財布を開くも、淋しすぎる中身にすぐにそっと閉じた。
現在居酒屋でアルバイトをしながら就職活動をしているものの、生命線であるバイト先が先日不運な火事に見舞われ休業からの実質クビ宣言。
賄いにも頼れなくなった今、早急に新しい仕事を見付けなければならない。
気持ちばかり焦ったってしょうがないとわかってはいるが、この状況で落ち着けという方が難しい。
偶然それを見付けたのは、最早日課になってしまっている就職情報サイトを見ている時だった。
“学歴・経験・年齢不問!
探し物が得意な人募集”
仕事内容の詳細はなく、合否も面接したその場で伝えられるとの事。
怪しい。そこはかとなく怪しい。どう考えても怪しすぎる。“いなりや”なんて会社の名前も聞いた事がないし、普段なら絶対に見向きもしないだろう求人広告だったが。
「応募するだけならタダだし……」
何故だか妙に気になった俺は、連絡先に面接希望のメールを送ったのだった。
* * *
応募したその日のうちに早速メールが返ってきた。
面接日時は翌日になっていて、急な事で驚いたが、俺としては少しでも早く決まれば願ったり、ダメならダメで次に切り替えられるので好都合だ。
形式的な挨拶、日時と場所の記載までは普通の文章だったが、最後の一文はよくわからない言葉で締め括られていた。
“目印は彼岸花。花を辿っておいでください。”
「彼岸花って、あの彼岸花だよな?」
どこか近くに彼岸花の群生地でもあるのだろうか。それか会社のロゴマークにでも使われているのかもしれない。
今ここで考えてもわからないので、俺は早々に思考を放棄する事にした。
目印というくらいなのだから、ともかく行けばわかるだろう。
上下とワイシャツの三点セットで買った安物のリクルートスーツに袖を通し、高校時代から使ってよれてきたリュックを持って家を出た。
「にゃ~ん」
「おぉ、クロ。ごめんな、今日はあんまり相手してやれないんだ」
近所の野良猫がいつものように足にすり寄ってくるのを持ち上げる。
黒い毛ならば多少服に付いたところで目立たないかもしれないが、面接官が身嗜みをどこまで細かく見る人かわからないので念には念を、だ。
代わりとばかりに地面に下ろしてお腹を撫でてやると、クロは気持ち良さそうに目を細める。
特技という特技がない俺の、唯一と言ってもいい取り柄。これだけは自信を持って言える。
なぜか昔から動物に好かれるのである。
野良猫をはじめ、学校で飼育していたウサギ、動物園の触れ合いコーナーのモルモット、ヘビ、その他諸々。
気難しいと評判の
クロに別れを告げて、駅から電車に乗って数十分。
指定された住所を入力した地図アプリに従って順調に歩いていた……はずだったのだが。
「なんか、迷った……かも?」
地図アプリはしばらく前に案内を終了し、目的地への到着を告げた。
しかし見るからに道の途中、何の変哲もない道路の真ん中である。ここが会場なはずがない。
じゃあ全く見覚えのない場所なのかというとそうでもない。
昨日は変な文章に気を取られて気付いていなかったけれど、落ち着いて周りをよく見たらこの辺りは小学生の頃に一度来た事があった。
探検と称した肝試しもどきで。
この場所はいわゆる心霊スポットになっていて、その手のサイトで多数の怪奇現象や目撃情報が報告されている場所である。
俺はそうとは知らずに友達数人について遊びに来て、そこらじゅうをうようよ彷徨っている靄のような影にパニックを起こした。
突然声を上げて泣き出す俺に友達は混乱。
「変な影がいっぱいいる!」
と指差したその“変な影”が俺にしか見えていない事を知ったのはその時だった。
結局友達は誰も信じてくれなかったけれど、幸い両親は信じてくれた。なんでも母方の祖父、俺のじいちゃんがその手の気配に敏感な人だったらしい。
それ以来、街中で影を見掛けても口には出さなくなったし、曰くがある場所には近付かないようにしていたのだが。
「今日はいないな……」
そっと辺りを窺い、小さく息を吐く。
小さい頃の思い出が蘇り、苦い気持ちになるのを振り払って周囲を探索する。
だがやはりこんな寂れた場所に現役の建物なんてありそうにもなく、やっぱりあの怪しすぎた広告はやばいやつか悪戯だったのかと思い始めた頃。
ぽつんと一つ、彼岸花が咲いているのを見付けた。
少し先にまた一つ。
さらに向こうにまた一つ。
誰かが落とした目印のように、不揃いな間隔を開けて花が咲いている。
「……あ、目印ってもしかしてこれか。でもこの花って今の時期に咲く花だったか?」
今は五月。彼岸花はその名の通り秋の彼岸の頃に咲く花だった気がするが、現代の技術なら季節に関係なく花を咲かせる事くらい難しくないだろうと納得した。
花はある方向に進むほどに密度を増している。
そちらに向かって歩いている途中、リンッと軽やかな鈴の音が聞こえた。
鈴の音につられるように顔を向けた先、白と茶色と黒の模様の尻尾が建物の間を通りすぎていくのがちらりと見えた。
人はいなくなっても猫は住んでるんだな、なんてぼんやり考えた時。
「
突然背後から声がした。
いつの間にそこにいたのだろう。
不思議な雰囲気の、髪の長い綺麗な顔の男が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます