閉じ込められた私。

柊さんかく

この狭い世界の真実。

ずっとずっとこの家から出させてもらえないの。


 私は物心ついた頃からこの家の中で生活を強いられている。けれど、この生活は何不自由ないものなの。私のコンシェルジュのような存在のロボットが身の回りの世話も全てしてくれるし、食事だって決まった時間に提供されるし。

 

 けれど考えてみればおかしいと感じることがたくさんあるの。

 この一軒家は窓が一切なく、外に出ることは一切許されていない。この家の中には、私とそのロボットがいるだけである。

 これが普通の生活なの?

 そう思うことがこの頃増えてきたような気がする。なぜだろう、昔はこの生活に何も思わずに楽しく暮らせていたのに。

 

 私の一日はいたってシンプルなんだよ。

 朝の8時になったらロボットが起こしに来てくれるの。

 ロボットは、車のように車輪が付いているのと、4本の足によってどこにだって自由に動くことができるんだ。人間と同じように腕だって生えている。人間でいう顔の部分にはモニターがつけられており、映し出される顔によって表情も知ることができる。だからこの子が何を考えているのかもなんとなく分かるの。

 朝起きたら、クローゼットから今日の洋服を取り出し着替える。もちろん、この洋服も全てロボットが洗濯からクローゼットへの収納まで行ってくれるんだ。便利でしょ?

 リビングに行けば、とっても美味しい日替わりの食事が待っている。この朝食で私の一日は始まるの。

 それからは私の自由時間。この家の中には私を飽きさせないようなアイテムで充実している。その中でも、私の一番のお気に入りは大量の本だよ。私は本が好きなんだ。特に歴史や科学についての本が好き。

 それから12時に提供される昼食、自由時間、夕食、自由時間、就寝の時間が順番に。これが私の日常というか毎日の営みだよ。

 

 私がこの生活に疑問を持ち始めたのはやはり本の影響かな。本の中には知らない世界が広がっているみたい。

 なんで、私は一人っきりでこの家の中に閉じ込められているのだろうか。その答えだけはどの本を読んでも書かれていなかった。

 退屈なわけじゃない。何となく、ただ疑問が浮かぶだけ。「私はなぜこの家の中に閉じ込められているのか」。最近では、常にその1文に私の頭は支配されてるの。

 もちろん、その疑問にこのロボットが答えてくれるはずもない。ロボットは私との会話も可能だが、日常生活の会話が中心で何かを教えてくれるわけでもない。けど、私の生活の全てを担ってくれるこのロボットには感謝しているし、大好きなんだ。


「夜ご飯の準備ができました」


 無機質なロボットの声が聞こえたから、リビングへと向かったよ。今日の夜ご飯は色とりどりで美味しそうだったなぁ。

 食事の間は沈黙が流れる。ちょっと気まずい。このロボットは一緒に食事をとってくれるわけではなく、他の仕事に行ってしまっている。つまり、一人で黙々と食事をするしかないんだ。

 本で読んだテレビ。別に欲しいわけじゃないけれど、それがあったら私の生活も何か変わるのかな、と思うこともある。

 私は、食事を終えて食器を片付ける。

 それから、自分の部屋に戻ってベッドに横たわり天井を見つめる。


 なんでこの家に閉じ込められているの?


 いや、そもそもなんで閉じ込められたと思っているんだろう。これじゃあ、無理やり連れてこられたみたいじゃない。別にこの生活に不満を持っているわけでもなく私にとっては、「普通の生活」なのに。

 記憶を呼び起こしてみる。すると、思い浮かぶのはいつもあのシーンだ。

 私にもお母さんとお父さんがいたんだよ。それは間違いない。けれど、一緒にいた記憶は一切なく、私をこの家の取り残して2人が消えてしまった光景。これだけがずっと頭の中に残っている。

 なんで2人は私をこの家に置いて行ったんだろう。

 たまに私は感情をなくしちゃったの?と思うこともある。だって、普通だったらこの記憶のせいで2人を恨んだり、悲しんで泣いたりするでしょ?でも、泣いたことは一度だってなかったんだよ。あれ、私はお母さんとお父さんのことが嫌いだったのかな?あれ、嫌いってどんな感情だったっけ。


 そんなことを考えながら今日も夜を過ごしていく。頭はごちゃごちゃしているのに、毎日決まった時間に眠れてしまう。


 次の日、いつもの今日がやってきた。「いつも通り」を過ごしていたが、1つだけ違うことがあったの。

 それは、書斎で本を漁っている時間に起こったの。

 今日はどの本を読もうか選んでいる時に、見たこともない生物を目にしたの。それは、ネズミだったんだ。最初はその素早さにびっくりしちゃった。けれど、気持ち悪いなんて感情はなかった。だって、私が目にした人間以外の初めての生物だったから。手にしていた本なんて投げ捨てて追いかけたんだよ。でも、すぐに本棚の後ろへと隠れちゃった。

 私は頑張ってその隙間に手を入れようとしたんだけれど、隙間が小さすぎてそれ以上追いかけることはできなかったの。

 私は落胆したが、きっとまた会える。そう思ったの。だって、ネズミはしつこい生物で家のどこで生きているのか分からない、と書かれていたから。むしろ私にとっては新しいことで何だかすごく楽しかったの。

 ん?何かの視線を感じたけれど一体。

 振り返ると、そこは扉が開いているだけで何があるわけでもなかった。あれ?扉は閉めていたはずなんだけれどな。


 次の日、また「いつもの今日」がやってきた。と思っていたのに、なんだか様子が違う気がした。

 今日用の洋服に着替え、リビングへと向かうといつもは用意されているはずの朝食が置かれてなかったの。

 私は不思議に思って、ロボットを見つめたの。すると、ロボットは無機質な声でこう言ったんだ。


「ついに真実を伝える時がきました・・・」


 真実?どういうこと。一瞬で今日は「いつもの今日」ではない!って思ったの。

 それから、私は話すことすら許されず、そのままロボットは話続けたの。


「あなたはもう15歳となります。真実を説明する時がやってきたのです。しっかりと聞いて理解してください」


 私は、息を飲んでロボットの声を聞いた。

 

「まず、この家の外の世界には生物は一切存在していません。あなたが外に出てもすぐに死んでしまうのです。この世界には私とあなただけしか存在しないのです。つまりは、この家の中がこの世界の全て。そしてそれをあなたに伝えるのが私の役目・・・。」


 ロボットにだんだん元気がなくなってきたのがわかったの。

 私は叫んだ。悲しいなんて感情ではない。その続きを知りたいから。私はなんのためにこの家の中に閉じ込められたのか。お母さんとお父さんはどうしたのか。

 気がつくと、ロボットを掴み前後に振っていた。すると、ロボットが最後の力を振り絞って声を出した。

 

「これが、地下室の鍵です。書斎の本棚の裏に行けば真実がわかるでしょう。」


 そういって、ロボットは動かなくなった。顔のモニターにも何も映っていない。もはや充電切れになったということだろうか。

 

 私は真実が知りたい。

 

 こんなに意志を持つことなんて今まであったのかな。そして、同時に「怖い」という恐怖の感情が湧いてきたのが分かった。今、私は感情を持っている。これだけは何となくわかる。

 それから、ロボットに言われた通り書斎の本棚を調べてみたの。その本棚は、動かす方向に気をつければ、簡単にスライドして横にズレた。そして本棚の裏側から木でできた扉が現れてびっくりしたわ。

 木には小さな穴が空いていた。どうやら昨日のネズミはこの穴の中から出てきた見たいね。私は、ロボットから受け取った鍵を使って扉を開けてみた。

 そこには地下へと続く階段が存在していた。先は暗闇でどうなっているかなんて分からなかった。私は、懐中電灯を持ってきて、ゆっくりと地下へ降りていった。

 

 何が待っているんだろう。

  

 もちろん、恐怖はあったよ。けれど、真実を知りたいと思いが勝ったの。

 突き当たりには大きな扉があったの。その扉を力いっぱいに押してみた。そこに広がっていたのは、どうやら実験室みたいな部屋だったの。


 何、ここ。


 見たこともない機械ばかり。たくさんの本。たくさんのロボット。

 部屋の中を探索していると、部屋の角に設置されていた机の上に置かれた封筒を見つけた。なぜだか、他のどんな機械よりも気になったの。

 恐る恐る中を開いてみた。中には、2つ折りの手紙が入っていたの。何枚か入っていたけど、最後の署名の部分を見ると、それはお父さんから私への手紙のようだった。

 手紙にはこのように書かれていたわ。



 ついにお前にこの世界の真実を伝える時がきたのだ。

 ロボットから一部は聞いていると思うが、この世界は大昔に滅んでしまったのだ。人間たちの大規模な戦争のせいでこの世界に人間は1人もいなくなってしまったのだ。

 私たちは、その事実、それから人間が作り上げた文明を次の世代へ伝えるために作られたロボット。お父さんもお母さんも、もちろんお前もロボットということだ。

 どうやら、お父さんもお母さんも15年ほどしか動けないようだから、お前を作って真実を伝えているわけだ。

 本当なら、お前が楽しく暮らせるように人型のロボットも作りたかったのだが、お父さんとお母さんの寿命では、お前と簡単なロボットを作ることしかできなかった。

 寂しくさせていたらごめんな。

 これが世界の全てだ。つまり、これからお前がすべきことは、自分の寿命が来る前に、次の世代に真実を伝えるためのロボットを作り出すことだ。

 私たちがやっていることに意味があるのかどうか。それは考えてはいけないよ。全ては人間がその目的のためだけにロボットを作ったことから始まったことなのだから。

 つまり、また人間が生まれる時代まで延々に続く作業なのだ。

 この部屋には、ロボットを作るための方法は全て詰め込んである。そして、この家の本を読めば人間の作り出した文明を理解することもできるはずだ。

 さあ、この手紙も時期に終わる。お前もロボットとしての使命を全うしてくれ。



 父からの最初で最後の手紙は一瞬で読み終えてしまった。

 

 私は手紙を握りしめあたりを見渡した。これが今私がやるべきこと。

 お父さんとお母さんがやり遂げたことを私で止めてはいけない。相棒のロボットも寿命を迎えてしまったが、私にしかできないのだからやるしかない。

 お父さん、お母さん見ててね。使命を果たすよ。

 私の「いつもの今日」は今日以来なくなった。そう、本当に1体としての新しい日々。


 握りしめていた手紙をそのまま落とすと、紙はバラバラに散った。そこには私が読んでいなかった続きの1枚があった。


 そこにはこう書かれていた。


 P.S. の1が 生2れ く3せ そ4か 来5前 い6く

 父さんから親愛なる娘へ。


私がその手紙を見つけ、その意味を知るのはもう少し先の話だった。

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閉じ込められた私。 柊さんかく @machinonaka

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